第23話 孤独な目覚め
波のさざめく音。磯の香り。それらが耳や鼻に届き、少女スイは目を覚ます。やや痛む頭へ手を添えて体を起こすと、見慣れない部屋に戸惑う。
くたびれた畳にシミのついた壁。苔が似合いそうな辛気臭い部屋は、彼女の家でないことを証明していた。辺りを見回す。そこで、ズキズキ主張をする脳裏に浮かぶ。スイが意識を失う前の出来事。友であるコユキが自身を殴りつけ、儀式を止めると言い行ってしまったことを。
「っ、コユキちゃん!」
それからは早かった。兎に角、コユキの安否を確かめるために敷布団から飛び上がり、部屋から出る。襖を開けると、見知った少年の顔があった。
「タチバナくん…。コ、コユキちゃん、知らない?」
『タチバナ荘』を営む漁師のタチバナ。彼にコユキについて聞く。彼は眉をひそめると周囲を確認した後、端的に、そして残酷に言う。
「あいつは神官に無礼をはたらいた。今日の贄にでもなるだろう。」
「そ、んな…。行かなきゃ。コユキちゃんを助けなきゃ…。」
タチバナの横を通り、たどたどしく社に向かおうとする。少年は止めようとはしないが、ふらつく少女の後ろ姿へ声を投げかける。
「もう息はない。無意味だ。」
「っ!まだ、分かんないじゃん!確かめなきゃ!」
「俺が殺した。だから、確認はいらない。」
それだけを言って、タチバナは去る。残されたコユキは全身の力が抜け、その場に座り込んだ。もう、何も起きる気力がない。立ち上がっても、何をすればよい。足を踏み出しても、何処へいけばよい。友の、コユキのいない何処に用などあるというのだ。
スイは水浸しになったように体を震わせる。今の今まで、コユキの為に『つくも様』なんて馬鹿馬鹿しい信仰に付き合い、生贄を用意したというのに。結果はこのザマだ。隣にはコユキの姿がない。友が、いない。
そうしてどれくらい時間が経っただろうか。気が付けば廊下の窓からオレンジの夕日が差していた。だが、スイは一向に動こうとはしない。無論、タチバナも口を出すつもりない。
唯一、異様な少女に話しかける人物がいた。
「おや。目覚めたのかい。」
前からやって来たのは少女のような少年のような人間。彼、彼女は肩を回しながら溜息をつき近付く。
「全く。私は筋肉痛で寝込んでいたよ。君を運ぶのは案外大変でね。」
「…………。」
彼、彼女の言葉に返答はない。話しかけられた当の人物、スイは黄ばんだ壁のシミを眺めている。壁に頭を付けて口を半開きにし、ただただ呆然としているだけだ。そんな様子に構わず彼、彼女は言葉を続ける。
「何か褒美が欲しいね。………例えば、この島の信仰についての情報だとか…。」
ちらりと物欲しげにスイを見る。彼女は変わらず虚空を見つめる。
「聞こえてるのかい?君に言っているんだ。もしもーし。」
応答はない。顔を近づけ、手をかざしてみても瞳孔はピクリともしない。
「………はぁ。口をきいてくれないなら、時間が勿体ないね。……君が忍者や侍の末裔というのなら興味がないわけでもないんだが…。」
と、己の趣味を暴露しても相手の反応は変わらず。遂に諦めたのか、興味を失った彼、彼女は捨て台詞さえ吐かずにその場を去ってしまう。深い溜息を残し、孤独に帰還したスイのもとを去る。




