第20話 贄の儀式
スイを気絶させたコユキは山中を歩く。籠目島の中心にある山は四方から奥へ入れるようになっており、『かざぐるまの宿』と『ヨモの湯』を経由する道もある。彼女はひとりで足を動かす。
取り出した包丁を再び帯と帯揚げの間に挟む。もしかすると、『ヨモの湯』の番台の少年が社に向かっているかもしれない。そう思い、周囲を見張るが杞憂だったようだ。彼女の起こした出来事を確認していたのは喧しく求愛を続ける虫だけだった。
緩やかな上り坂を行くと、赤い鳥居が見え、更に進むと社が視界に入る。ここがコユキの最期の場所であり、『贄の儀式』の会場だ。帯に指を這わせ、不意に力が入る。これでは不自然でいけない。コユキは一度立ち止まり、深呼吸をする。
砂利を踏みしめ、参道の端へ移動する。行く先は正面の拝殿や本殿ではない。その左に位置する建物、神楽殿である。通常であれば雅楽の演奏に耳を傾ける場所ではあるが、この時間は違う。そこは『つくも様』へ贄を捧げる場所なのだ。
コユキは敢えてゆったりとした様子で中に入る。ここの神楽殿内部は他と違い、床が木の板で埋まってはいない。その代わり、ステンレスのような灰色の網が一面に張り巡らされていた。唯一木の板が張ってあるのは中央であり、その上には脱力している人間が倒れ込んでいる。今日の主役、贄であるコウガだ。恐らく、彼を殺したあとにスイがあらかじめ神楽殿へ運んでいたのだろう。
「皆揃ったようじゃな。さて、本日の儀式を始めるか。」
集った人間を統率するように音頭をとったのは松明を束ねて持つ少年、神官であった。
彼は最後に入ってきたコユキを見て、言う。
「ん?コユキ。スイはどうしたんじゃ。」
「………少し、疲れていたようで。今週の贄は全て彼女が用意してくれてましたから…。」
「ふむ。そうかそうか。なら仕方ないのう。」
特に怪しまれることなくやり過ごす。そうしていよいよ、神官は松明を掲げ宣言する。
「ではこれより儀式を開始する!皆のもの、儂の元へ!」
言われるがまま、集った島の住民達は彼に近付く。そして数多持つ松明のうち一本を一人ずつ受け取る。炎が揺れるそれを、死体へ投げ込み燃やす。それこそ儀式の手順なのだが、コユキは従うつもりなどない。
列をなして神官から松明を受け取る。前の住民が小さな礼をして神官の前から離れ、遂にはコユキの番となった。
彼女は手を神官へ伸ばさずに、帯と帯揚げの間へ入れる。確かに存在する包丁の感触を感じる間もなく、すぐさま抜き出し刃のカバーを外す。そして、目前の神官目掛けひとふりした。
「っ!?コユキ!お主、何を!?」
胸をひとさししたつもりであったが、浅かったか。鮮血を滴らせ、尻餅をつく神官へコユキは追撃を行おうとした。
しかし、彼女の横から飛び出してきた島民へ阻止される。
「おいおいコユキちゃん。神官様になんてことを。そりゃ、洒落になんないよ。」
覆いかぶさってきたのは漆器を売っていた少年だ。たしなめるような彼の言葉に耳を貸さず、コユキは隙間から少年の捕縛を脱して神官を襲わんとする。
「皆のもの!其奴を近付けさせるな!」
神官のひと声に、周囲の人間がコユキを見る。彼女、彼らを押しのけなければ少女の目論見は達成できないようだ。




