第2話 かざぐるまの宿
砂浜を離れて、田畑の広がる地を通る。その先にはたばこ屋や駄菓子屋が点在するちょっとした居住地が広がっていた。無論、店番をしているのは子供ばかりであったが。
島に対する僅かな疑念と共に、ヤナキはコウガの後を追う。すると、これまた古い木造の宿が見えた。建物の前には『かざぐるまの宿』と、消えかかった黒字で書いてある木製の看板が立てかけてある。
コウガはそこへ入っていく。
「あらあら。お帰りなさい。早かったですね。」
出迎えたのは着物を着た少女だった。普通であれば女将あたりが出迎えるのであろうが、ここでは幼い子供がその役割を担っている。
「ヤナキ殿の体調が優れないみたいで、少し休みたいのでござるよ!」
「まぁまぁ、それは…。」
少女と目が合う。視線には敵意も何も感じられなかった。考えてみれば当然か。たかが旅行客にどうして敵意など向ける必要があるのだ。ヤナキは己の気張った心を緩めるように、息を吐き出す。
「その、俺の泊まる部屋ってのは何処にあんだ?」
「ご案内しますね。どうぞ此方へ。」
靴を脱ぎ、ヤナキとコウガは少女について行く。軋む階段を登り、通されたのは畳の敷いてある慎ましやかな部屋であった。
「ではごゆっくり。」
お辞儀をして少女はドアを閉める。中々古いようで、ドアはギィと不気味な音をたてて少女とヤナキ達を遮断した。
「ん…?コウガ、なんでお前、寝っ転がってんだ。」
「なんでって、拙者の部屋でもあるからでござるよ!」
「同室なのかよ…。」
一人静かに休みたいと考えていたヤナキにとっては残念な知らせに他ならない。
肩を落とす彼を見て、コウガは明るく言う。
「元気出すでござるよヤナキ殿!なんなら拙者、天井に張り付いて眠るでござる!」
「…………出来んのか?」
「忍者でござるからね!」
意気揚々とした様子でコウガは壁を蹴る。そして、みるみるうちに上へと上がり遂には天井に張り付いてしまった。中々見事な芸だが、忘れて貰っては困る。ここはあくまで宿。彼らは客人に過ぎないのだ。隣の部屋にも客はいるだろうし、そもそも壁を足蹴にするのは褒められた行いではない。
「すげえけど……降りたほうが良いんじゃねえかな。」
「何を言うでござるか!拙者決めたでござる!これからはこうして眠るでござるよ!更なる精進の為にも!」
「や、宿にも迷惑になるぞ…。」
なんて話していると、ノックも無くドアが開く。そこにはスイカを皿に乗せた少女が立っていた。
彼女は笑顔のまま、口を開く。
「精進ということでしたら、宿の外でお休みになられますか?」
笑顔ではあるが、明らかに怒りが漏れ出している。
そう言えば般若の顔も口元は笑っていたな。どうでもいいことがヤナキの脳裏によぎる。
「え、えっと、これは…。」
弁明を試みようとヤナキは少女の説得に挑戦するが、空気が読めないのかコウガはあっ、と声を発した。
「ま、まずいでござる!降りられなくなったでござるよ!」
「………そのまま落ちれば良いのでは?」
「それじゃあ痛いでござる!ヤナキ殿!助けてほしいでござるー!」
確かにこのまま床に打ち付けられるのは痛いだろう。そう思い、ヤナキはコウガの元へ行こうとするが少女に袖を引かれて止められる。
「ヤナキ様。スイカを切ったんです。あちらで食べましょう。」
「コ、コウガが…。」
「一度は痛い目を見たほうが良い。そう思いませんか?」
戸惑いの中で、ヤナキは当事者であるコウガを見る。彼は未だプルプルと震えながら踏ん張っていた。
「うぅ…お腹も空いたでござる…。スイカ殿…じゃない、ヤナキ殿、拙者に食料を…。」
「人の名前間違えんなよ!」
そうこう言っている間にも、コウガの視線はスイカに注がれていた。この男はどれだけ腹をすかしているのだ。無駄にエネルギーを使うからそうなるのだ。
「………スイカ食べに行くか。」
「そうですね。」
ヤナキは少女と共に部屋を出る。残されたのは天井に張り付いた自称忍者だけ。
「ヤナキ殿ー!助けてほしいでござるー!ヤナキ殿ー!」
コウガの大声が宿中に響くのだった。