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第19話 告白

 宿泊客用のお椀を買ったコユキは空を見上げる。気付けば日は傾き、空は赤く染まっていた。彼女は隣のスイへ話しかける。


 「スイさん。付き合ってくれてありがとうございました。私、そろそろ夕飯の用意をしなければ。」

 「そっか。もうこんな時間だもんね。名残惜しいけど、じゃあね!また今夜!」


 繋いでいた手を離してスイは走り去る。雑木林を抜け、ひとり、『かざぐるまの宿』へと繋がる道を歩く。影が不要に伸びるのを眺めながら、コユキは今夜行われる儀式について思いを馳せていた。

 一日に一度行われる『(にえ)の儀式』。そこで今日の昼、命を奪ったコウガを『つくも様』に捧げるのだ。普段通りであれば、コユキは頭を垂れて顔をしかめつつも儀式を行っていた。しかし、今日は違う。ひとりでにある決心をしながら、彼女は『かざぐるまの宿』にたてかかる看板を見る。消えかかった黒字を眺め、そろそろ書き換えなくてはなんてことを思う。それと同時に、おかしくなって笑ってしまった。


 今夜の儀式で彼女が無事でいられるはずなんてないのだ。コユキがこれから行おうとしているのは、それほどのことだ。故に、宿の前にある看板のことなど気にする必要はない。それでも気になってしまうのは、女将という役割が板についてきたからなのだろうか。

 己の中で答えのでない問いを押し込め、宿に入る。従業員用の暖簾をくぐり、夕食の用意をするのだった。


***

 夕飯の片付けを終えたコユキは厨房に置いてある包丁を手にする。刃には革のカバーを付け、そっと帯揚げと帯の隙間にねじ込む。あまり膨らんでしまうと不自然なので、あまり大きな包丁は持っていけない。だが、獲物は持っていきたいと考え、妥協する。

 外はすっかり暗くなりあと1,2時間もしないうちに日付は変わる。その前に、コユキは『(にえ)の儀式』へと向かう。途中、スイと待ち合わせをしていたので合流して2人並ぶ。


 「はぁ。にしても、お社遠いよねぇ。うち、畑仕事のせいで腕もパンパンなのに足も痛いよー。」


 溜息をつくスイに、コユキはやや腕をまくり言う。


 「なら、私がおぶっていきます?」

 「あはっ。無理でしょコユキちゃん。大根も抜けないんだから、無茶言わないの。」

 「むっ。分かりませんよ。抜けるようになったかもしれません。」

 「どーだろうね?ははっ。」


 灯りのない夜道を照らすのは月と星だけ。そんな中を2人は歩く。コユキのゆったりとした足取りにつられてスイも歩みを遅くする。一歩一歩、踏みしめるような足取り。それは、コユキの躊躇いが所以するものでもある。これからの行いを恐れていない訳では無いからだ。が、今更やめにする選択などはない。いや、たった今、逃げ道を塞ぐ。そのつもりだ。

 組んでいた腕をさらりと解いてコユキは立ち止まる。願わくば、このままスイとただの友人として駄弁っていたい。儚い自身の思いを打ち砕くために口火を切る。


 「…………スイさん。……貴方を友として想っています。」

 「…?いきなりどーしたの。コユキちゃん。」


 コユキの様子を不思議がり、スイは立ち止まった彼女の方を振り向く。その前に、コユキは帯に手をかけて帯揚げとの間にしまった包丁を取り出す。

 ゴツン。鈍い音が虫の音と共に鳴る。包丁の固い持ち手がスイの後頭部に当たったのだ。コユキは刃の部分を持っていたが、革製のカバーが幸いして傷付きはしなかった。


 「………私はこれから、『(にえ)の儀式』に参加している神官をこの手で止めます。『つくも様』信仰を扇動する彼を殺せば、もう、生贄は不要になるはずですから。」

 「コ、ユキちゃん、なに、いって、」


 朦朧とする意識の中、精一杯の力でスイは友の行いへ疑問を投げかける。何故、無謀な挑戦をしにいくのか。何故、自身を攻撃するのか。何故、辛い顔をしているのか。

 全ての疑問が口を出ることはなく、コユキの独壇場となる。


 「ですから、どうか、次に目覚めた時は生贄のことなんて考えないでください。もう、スイさんが頑張る必要はないんです。私が、そうしますから。」

 「ま、って、」


 地面に伏したスイは去りゆくコユキの後ろ姿へ手を伸ばす。月が昇る空に吸い込まれるように、友は行ってしまう。どうにか、届くように、引き留められるようにと願うが叶わない。

 

 「…………さようなら。スイさん。」


 彼女の別れの言葉は相手に届くことなく、ただ暗がりに溶けてしまう。コユキは構わず、己の目的のために『(にえ)の儀式』に向かうのだった。

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