第17話 接触
手紙を手に、コユキは『タチバナ荘』へ向かう。隣にはスイが着いてくる。緊張感さえ漂わせないように、あくまで自然にコユキは振る舞う。くれぐれも己の目的を勘付かれないように。
「スイさん。最近の畑の様子はいかがですか。」
他愛もない話題をふる。するとスイは人差し指を頬へ当てて、不満そうに呟く。
「バッチリ。でもね、ひとりでトマトだのきゅうりだの収穫するのは億劫かなぁ。」
「大変ですね。私も時間があればお手伝いしますよ。」
「いーよいーよ。コユキちゃんは女将として、うちは農家として。神官様に与えられた役目があるんだからさ!」
広げた手をひらひらとして提案を断る。彼女の反応は含みなど一切なく、心の奥底から思っている様子だ。それが一層、コユキにとっては胸の突っかかりに繋がる。赤の他人を騙して『つくも様』とやらの贄にしているというのに、スイの調子は変わらない。言えた義理ではないがしかし、人間の命を軽んじていると思える友がコユキは少し恐ろしかった。
だがそれと同時に友は友。スイを突き放せるほど非情にもなりきれず、中途半端な位置に着地してしまう。
「………お身体には気を付けて下さいね。」
「もっちろん!コユキちゃんもね!まぁ、うちが育てた野菜食べれば心配いらないけどね!」
胸を張る友に後ろめたさを覚えつつ、コユキは歩く。彼女の鼻に潮の香りが届く。世間話をしていたら海岸に到着したようだ。白い砂浜と褐色の地面の狭間。そこに『タチバナ荘』は建っていた。築何年か、歴史を感じさせる古さの建物は海の運ぶ香りを木材に染み込ませて今日も人間を迎える。
コユキは鍵のかかっていないドアへ手を伸ばし、開こうとする。その直前、声が聞こえた。
「おや。君は確か…この間すれ違った子かな。」
振り向くと、首元から足首まで伸びるロングコートを着た少女のような少年のような人物が立っていた。彼、彼女は区別のつかない声でコユキを下から上まで眺める。着物が珍しいのか、ジロジロと無遠慮な視線が袖の端まで及ぶ。
「こんにちは。貴方は『タチバナ荘』のお客様…ですよね。私、『かざぐるまの宿』を営んでおります、コユキです。」
「コユキさん。これはどうもご丁寧に。」
選択肢を誤らないように、コユキは一度唾を飲み込み次の言葉を発する。
持っていた手紙を彼女、彼に差し出す。
「実はより多くのお客様に来てくださるよう、此方をお配りしているのです。これを貴方に。」
「おやおや。ありがとう。」
相手はにこやかに手紙を受け取る。幸い彼、彼女は手紙を開けずに懐へ入れようとしている。これでコユキの目的は達成した。と思われたが、沈黙を貫いていたスイが唐突に口を開く。
「ねぇねぇ、その中、何入ってるの?今、見ないの?」
「ふむ。すぐに開けるのも無粋だと思ったのだが…。」
「別にいいでしょ。ね?コユキちゃん?」
「…………はい。構いませんよ。」
コユキの言葉を聞くと彼、彼女は手紙をしまうのをやめて白い封をきる。
中には黒字で書かれた一文と紙切れが入っていた。その内容は『かざぐるまの宿にてお待ちしています。』といった変哲もない中身だ。そして、紙切れはというと、宿近く『ヨモの湯』の入浴券であった。
手紙を覗き込んだスイはそれらを確認して、驚きと安堵の混じった顔をする。コユキは伺った顔色が決して悪いものではないと感じひと息つく。あらかじめ見られても問題のない文章にしていて良かったとしみじみ思った。
「……それでは、私はこれで。」
「あぁ。ありがとうコユキさん。機会があれば宿を訪ねるとするよ。」
「はい。……是非。」
祈りを含んだ返答が果たして彼、彼女に届いたかは定かでない。しかし、どうかこれをヒントに籠目島の異様な信仰に気づいてくれることを願い、『タチバナ荘』を去るのだった。




