第15話 2人目
流しそうめんを終え、片付けに取り掛かるコユキ。無論コウガも彼女を手伝う。組み立てた竹の解体と洗浄をするつもりだ。竹は手洗いらしく、使用したのとは別の桶に水を張って洗剤を入れる。泡立ててから竹に付着したそうめんの欠片を優しく落とす。それからコユキに貰ったヤカンを傾け熱湯をかける。
あとは日が当たらない場所で自然に乾燥させるだけだ。半割の竹の表面に新聞紙を敷いて、庭の日陰へ移動させる。
「コユキ殿ー!終わったでござる!」
食事処を出て廊下をつっ切った先、暖簾のかけてある部屋に呼びかける。そこが、従業員のみ入れる厨房らしい。
コウガが入口で待っていると中から暖簾を掻き分けてコユキがやって来た。洗い物をしていたらしく、布巾で手を拭きながら顔を見せる。
「ありがとうございますコウガ様。」
「こちらこそありがとうでござる!初流しそうめん、楽しかったでござるよ!」
「…………それは良かったです。」
良かった、というのに彼女の表情は陰がある。一度ばかりではない。共にヤナキ捜索を進める中、何度も見せた表情。コウガはそんな彼女を気になりつつも、やはり、違和感を覚える島に対して警戒心は薄れない。そのため、むやみ矢鱈に踏み込むことはしない。
しかし、停滞を選択した彼とは反対に、コユキは一歩近寄り口を開く。
「その、コウガ様は、まだヤナキ様をお探しするつもりですか。」
「勿論でござる!」
「それは何故です。」
理解不能と突き放すような態度ではない。未知であれども、知りたい。そんな反応を見せたコユキに対してコウガはやや迷った末に、己の言葉で話すことにした。
「………拙者、生まれが日本ではないでござる。だから、今まで受け入れられることはあまりなかったでござる。でも、ヤナキ殿は違った。それが嬉しかったでござるよ。」
「そう、なんですね。」
いつもとは打って変わった真面目な様子に面食らう。彼の僅かな言葉に、コユキは内で震える。
コウガを受け入れたヤナキは、もう。
失われた命はどうしようもない。ならば彼女に出来ることはなんだろうか。ひとたび目を瞑り開く。そして、決心する。真実を告げることを。
弱々しい表情から脱却し、コウガの瞳を見る。
「………コウガ様。私、ヤナキ様の行方を知っています。ついてきて下さいますか。」
「ホントでござるか!行くでござる!」
喜ぶ姿に胸がいたむ。そんな権利はないというのに。
コユキはコウガを連れて宿を出る。向かった先は山だ。『ヨモの湯』を素通りし、更にその奥へと進む。一歩踏み出し、現場に近づくごとに彼女の鼓動は喧しく音をたてる。唇の震えは増していく。後ろを歩くコウガは何も口にしない。それが、コユキの歩みを重くする。だが決めたことだ。彼女は止まることなく進む。そしてついに、辿り着く。
「っ。この、血は、」
足元の草に絡みつくよう、べっとりと赤黒い血がついている。乾いていてもこれが絵の具だなんて呑気な発想は出なかった。
「ヤナキ様は、ここで亡くなりました。………はじめはコウガ様がターゲットだったのです。『つくも様』の贄として。けれど、それに気付いたヤナキ様は貴方を守ろうと立ち向かい、そして…。」
「………………ヤナキ殿は拙者の為に………。」
真実を噛み締めるコウガ。コユキは彼の次なる言葉を待つことなく、提案をする。
「彼の敵をとるなら、私を。………そうでないならこの島を離れる方が良いと思います。お手伝い、致しますから。」
沈黙が2人を包む。昼間だというのに、木々に阻まれ陽の光は届かない。暗い中、じっと地面を見つめるコウガがどんな顔をしているのか、コユキには想像出来なかった。無力感、怒り、困惑、一体どんな感情が彼の顔を染めているのだろうか。今の彼女にはそれを確かめるほどの度胸はなかった。
ヤナキの死を知ったコウガの顔を拝む前に、他でもない彼自身が返答をする。
「拙者は、敵うちもしないし島からも出ないでござる。」
「………………どうして。」
「ヤナキ殿はもう居ないからでござる。だからせめて、ヤナキ殿のように誰かを守りたいでござる。………白鳥として、羽ばたくためにも…。」
コウガはそう結論付けた。コユキの話から、『つくも様』の贄とやらはひとりやふたりで終わるものでもないのだろう。こうして何も知らない人間を犠牲にするのを止めて、守る。そうすれば、コウガは守ってもらった命を、恩を、返せる気がした。そして何よりも、もといた場所から離れた彼が変われる予感がしたのだ。
「コユキ殿。拙者はその、『つくも様』の犠牲者をなくしたいでござる。協力してくれるでござるか。」
「私、は、」
コウガの愚直なまでの瞳。彼女は幾度も後ろめたくなった。だが、彼の提案に乗ればこんな思いもせずに済むかもしれない。贖罪になるかもしれない。
伸ばす彼の手を取ろうとした、その瞬間、
「あのさぁコユキちゃん。言ったじゃん。バレたんなら殺しなってさぁ。」
昨夜と同じく、声が聞こえた。かと思えば、手を取ろうとしたコウガの頭には平鍬の刃が刺さる。声と同じく、刃が一度離れたかと思うと再び頭に振り下ろされる。
「あ、ぁ、コウガ、様、」
唖然としているコユキに構わず、動かなくなったコウガを見下ろす人物。その人は農家の少女、スイであった。
「コイツは『つくも様』に無礼をはたらいた。だから、殺す。分かってたことでしょ?」
スイはそれだけを言い残してその場を去る。コウガを抱えて。
コユキはまた、スイを止めることが出来なかった。僅か2日で2人もの人間を見捨て、犠牲者へとした。彼女は昨夜のように、しゃがみ込み涙を流す。
なんてことは、しなかった。
ヤナキ、コウガ、そして今まで『つくも様』に捧げてきた人間。彼女は共犯者だ。彼らの命を奪ったのはコユキ自身でもある。だから、もう、逃げない。真っすぐな瞳の彼らへ贖罪する為に、少女は立ち上がるのだった。




