09.病気の正体
「どう?」
お嬢様に連れられ、のろのろとニコラス様がやって来た。ニコラス様は、クローバー公爵家の専属侍医だ。だが、長年使えてきたわけではない。
元々王宮の筆頭医師を務めていたのだけれど、高齢になって、往診が難しくなったことから引退を決意していた。その彼を、公爵家がヘッドハンティングしたのだ。私が馬車に接触した時に診察してくれたのも彼。
「今は何ともございませんな」
ニコラス様がにこやかに応えた。
「そう」
ディアンナお嬢様の返事はそっけなかった。
「ところでミリー、どういう時に胸が苦しくなるんじゃ?」
ニコラス様は、再び質問をしてきた。
「あの、それが良くわからないんです」
「じゃあ、質問を変えよう。最近で良い。何をしていて苦しくなった?」
「最近は、ヒーロム様とのダンス中です。ヒーロム様が、ダンスが上手くなったと褒めて下さって、嬉しかったのに急に胸が⋯⋯」
(やっぱり緊張が原因かしら?)
「ふむ、なるほどな」
ニコラス様は、笑顔のまま頷いた。
「今はどうじゃ?」
「えっ? 今ですか?」
(ん~。苦しいような苦しくないような⋯⋯)
「その前は、どんな時じゃったのかな?」
「その前ですか? 学園で質問をされた後です。たまたまヒーロム様に教わったところを尋ねられて。答えられた事にほっとしたのか、その後苦しくなってしまって。
――ダンスのように身体を動かした訳ではないのに⋯⋯。
病気かも? と思ったのは、その時です」
「ふぉふぉふぉっ」
ニコラス様は、相変わらず微笑んだままだ。その全てを見透かすような眼差しに、思わず顔を背けたくなる。
「もう、何かわかったの?」
痺れを切らして、ディアンナお嬢様がニコラス様に尋ねた。
「恋ですな。ミリーは、ヒーロム坊ちゃまに恋しているのでしょう」
「「えっ? え~!!」」
私とディアンナお嬢様の声が重なった。
「こ、こ、こ⋯⋯い」
私の胸がドキンと跳ねた。信じられない。だって、私が物語のミリーなら、恋する相手は第2王子の一択だ。そうならないように、出会わないように避けてきた。
(そりゃ、ヒロインスマイルをくらった相手が、私に惚れたら困る! とは思ったけど、私が?)




