08.病気
学園に入学してからの私は、3年で卒業するために、必死に学んでいた。4年もいたら、第2王子に出会う確率が上がる——それは避けたい現実だった。
学園には公爵家から通っている。本来は平民用の寮に入るべきなのだが、公爵家の配慮で学ばせてもらえることになった。
授業は朝から夕方までびっしり。休日にはディアンナお嬢様とマナーやダンス、お茶会の練習をして過ごす。
特に私が好きなのはダンス。決して上手ではないけれど、月に一度ヒーロム様と踊るチャンスがあるからだ。
(攻略対象じゃないから気楽なのよね)
攻略対象は、第二王子以外だと、将来彼の側近になる者ばかり。できるだけ、出会わず、関わらず、出会いの芽を潰したい。
「ミリー、だいぶ上達したんじゃないか?」
ヒーロム様が近くで微笑む。彼はいつも、私の嬉しくなる言葉をくれる。とても褒め上手だ。
彼の言葉だけで、頑張れる気持ちが湧き、微笑まれるとついこちらも微笑み返したくなる。
前世でも今世でもあまり褒められたことのない私は、「次はどんな風に褒めてもらえるのかしら?」とワクワクした。
(⋯⋯何だろう、私、病気かしら?)
しばらくすると、たまに胸が苦しくなることに気づいた。先日はヒーロム様とのダンス中、ギュッと掴まれるような胸の痛みが出て、思わず踊るのを中断してしまった。
今日は日曜日、ディアンナお嬢様と庭の四阿でお茶会中。
(また胸が痛んだりしなければ良いけど⋯⋯)
「お嬢様、私、最近変なんです。胸が急にギュッとなることがあって⋯⋯病気なんでしょうか?」
「え? 困るわ。すぐに、ニコじいに見てもらいましょう」
ニコじいとはクローバー公爵家の専属侍医、ニコラス・サンターギュ様のこと。元王宮筆頭医師で、一度引退したのだけど、諸事情で今は公爵家で働いている。
「いえ、今は何ともないので、ニコラス様に見ていただくほどでは⋯⋯」
やんわりと断る。
「でも、あなたのご両親は病気で亡くなったのでしょう?
手遅れになってはいけないわ!」
ディアンナお嬢様は口元を抑え、俯く。
(あぁ、何て可憐で優しいんだろう。私が両親と同じ病気で死んでしまうと思ったの?)
「平民の心配をなさるなんて、お嬢様は、聖女のようですね」
「え? してないわよ」
意外な返答に、私は一瞬言葉を失った。
「ん?」
「だから、ミリーの心配なんてしてないって言ってるの」
(??)
私はディアンナお嬢様の言葉の意味がわからなかった。
「今、早く医者に見せなさいって言いましたよねぇ?
両親が病死したから手遅れになっちゃいけないって。
――心配してくれたんですよね?」
「あぁ、もう。ミリーは、いつまでも頭の中がお花畑のお子様なのね。困るのは私!」
(⋯⋯)
ディアンナお嬢様の言葉に絶句する。
「だいたい、そんな状態で屋敷の中を歩き回ったら、本当に困るわ。皆に移したらどう責任を取るつもり?
それとも、私を道連れにしようとしてる?
悪意しか感じられないわ。あなた魔王の生まれ変わり?」
「あわ、あの、えっと、その⋯⋯」
何て答えて良いかわからず、口をパクパクさせる私。
「口元を抑えなさい! 黙ってその場から動かない!
今、ニコじいを呼んでくるわ」
今まで見たことのないキツイ口調だった。ディアンナお嬢様が立ち上がる。
(まさか⋯⋯ディアンナお嬢様がそんなことを思っていたなんて。
口元を押さえてたのは、菌を吸い込まないようにってこと?)
原作とは異なり、今世では、愛らしく、優しくて使用人の誰もから好かれていたはずなのに⋯⋯。
それに、聖女の私を魔王扱いするなんて!!
今日ほどお嬢様が「魔王様」に見えたことはなかった。




