07.距離感
王立学園に入学して、半年が経った。私は公爵家の共有馬車で学園へ通っている。公爵家が支援している者の家や孤児院を回るもので、要は通学バスのような存在だ。
ようやく基礎学が終わり、試験を挟んで、来週から実技や貴族に必要なダンスの授業が始まる。基礎学は、魔力の種類や成り立ち、歴史を学ぶ授業だった。
(やっと終わった⋯⋯)
「ミリーには勝てんな?」
第一王子ディゼロア殿下が、張り出された順位表を見て呟く。
「まあ、ロアは俺にも勝ててないけどね?
何位だったかは、聞かないでおくよ」
ディゼロア殿下とヒーロム様は幼馴染み。寮でもルームメイトだし、殿下とヒーロム様の妹ディアンナ様は婚約者。結婚すれば、親族になる。
(ディゼロア殿下とヒーロム様のじゃれ合い、尊い⋯⋯!)
「ロア、来週からのダンスはどうするんだ?」
(来週から始まるダンスの話をしてるみたいだけど、聞いちゃ悪いかしら?)
「母さんに、ミリーを見てやるよう言われてる。残念だよ。
――ふふふ、ははっ。急に笑い出してごめん。
平民とか身分以前に、その、ミリーが壊滅的だからさ」
自分の名前が聞こえ、思わずドキリとした。
「え? あんなに勉強できるのに?」
「な?」
「ミリーにも苦手なものがあったんだな」
(もう、笑わないでください!)
そう言いたかったけど、ヒロイン仕様の甘ったるい声で言ったらヤバイことになる。そう思って、ぐっと堪える。第一王子は攻略対象じゃないけど、できるだけ、リスクは避けたい。
◇◇
翌日の午後。
「も、申し訳ありません」
俯きながら、何度もヒーロム様に向かって謝る。顔を上げて、ヒロインスマイルに惚れられたら困る。
「謝るな、お前が悪いわけじゃないだろ?」
(優しい⋯⋯でも、他の女の子だったら、ため息ついてそっぽ向くんじゃない?
私がヒロインで、しかも聖女だからよね?)
「今日は、早めに切り上げるか?」
(見限られた!?)
「わ、私、頑張りますから! もう少しだけ、時間をください!」
「必死だな⋯⋯」
(そりゃ必死にもなるわよ。できれば、隣国の王子様にでも見初められて、国外脱出したいんだから⋯⋯)
「もう少しだけ付き合おう」
足を踏んでばかりで申し訳ないけど、正直ほっとした。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫だ。気にしないでくれ。初めは皆そんなものだ」
(本当に優しいなぁ。もう、この人、何で攻略対象じゃないのかしら。ああ、疲れてきた? 身体がちょっと怠いかも?)
「もしかして、緊張してるのか?」
(あれ? 緊張なの? ああ、だからいつもより疲労が激しいの? そういうこと?)
「そ、その、ヒーロム様と踊ると、どうしても緊張してしまうみたいで⋯⋯」
「力を抜け」
「でも、今まで何度もヒーロム様の足を踏んでしまって⋯⋯
また踏んでしまうんじゃないかって、それが怖くて」
私は、正直に思ったことを口にした。
「ははっ、俺もだ。お前を転ばせずに、どう躱せばいいのか、緊張しっぱなしだよ」
「え?」
(躱す? どういうこと?)
「いつまでも、足を踏まれる愚鈍な男だと思われたくない」
「ふふっ、ふふふふっ⋯⋯」
思わず声を立てて、顔を上げて笑ってしまった。
(攻略対象者じゃないし、まさかこれで惚れられちゃうなんてこと、ないわよね?)
「目指せ、大神官」10.距離感にヒーロム視点公開中です




