05.地獄への入り口
「?!」
目覚めると、私の顔を心配そうに覗き込むディアンナ様がいた。
(この世界、知ってる――私、ヒロインだ!
私の知る小説の世界だ!!)
ヒロインのミリー・グランデ(私)は、悪役公爵令嬢ディアンナ・クローバーに翻弄されながら、第2王子とのトゥルーエンドを目指す物語のヒロインだ。ディアンナ様は魔力が強すぎて、王立学園の生徒たちから影で「魔王様」と呼ばれている。そんな魔王様を倒すのが聖女である私。
(このままじゃ、まずい──まずいわ)
大量に流れ込む記憶で、具体的な危険はまだぼんやりしている。
でも、前世の私が必死に警報を鳴らしているのは間違いない。
「コンコン!」
部屋をノックする音がして、私は慌てて返事をした。
「はい!」
「ミリーちゃん、少し良いかしら?」
公爵婦人が静かに入ってきた。
「そのままでいいから聞いてね? 実は学園にもう一人推薦したいって伝えたんだけど、7歳だということで学園長が心配なさっていて⋯⋯入学試験を受けてもらいたいの」
「は、はい⋯⋯」
小さく答える私。
(原作と同じだわ⋯⋯)
「あ、家庭教師の先生も手配したから、安心して。明日から来てくださるわ」
「わかりました」
素直に頷く。
(あれ? 私の入学、8歳じゃなかった?
伯爵家の娘だってわかって、迎えが来て――勘違い?
それとも私の知ってる物語は、別の?)
まずは、第2王子との接触を避けて、『地獄のトゥルーエンド』から逃げなきゃ。
物語の私は、いろいろあって第2王子と結ばれる。すぐに子供にも恵まれ、一見順風満帆に見えたけれど、あとがきに恐ろしい一説があった。
――『さて、この後二人は仲睦まじく幸せに暮らしていくのでしょうか? 近い将来、二人目の子供が生まれます。その頃、天候悪化により国内の食物収穫量は落ち、国も次第に荒れていきます。全てが順風満帆とはいきません。でも大丈夫。だって、ミリーは聖女ですもの。様々な苦難を乗り越え、幸せな未来を掴むでしょう。只今、そんな未来のお話を執筆中です。お楽しみに!』――
(いや、いや、お楽しみにって⋯⋯)
続編のタイトルは「光の乙女と本当の魔王」。そこでは私は悪役令嬢に仕立てられ、本当の魔王として虐げられていた。
(絶対に避ける!)
しかも、これがただの小説の話ならまだしも、何故か自分の人生のように実感がある。心臓の奥で、危機がじわじわと迫っているのがわかる。
(人生は長い。一瞬の甘い幸せのために、未来を棒に振るなんて、絶対にできない──!)
目の前に広がる現実と、迫る未来の地獄。私は、必死に心を固めた。




