23.2人の未来
それから数ヶ月が過ぎた。あの日「もう会いません」と宣言してから、ヒーロム様には一度も会ってない。
(会ってなかったのに、いきなり家を襲撃ですか?)
「ミリー、そろそろ結婚を考えている⋯⋯」
(唐突ですよね? 本当にバカ。
あれから、ディアンナ様から逐一報告を受けていたんです。
あなたの気持ちは全てわかってますよ?
でもね、気持ちを本人から伝えるって、とっても大事で、省略して良いことじゃないんです!!)
「それでは、とっておきの秘密を教えて差し上げますわ」
私は、ヒーロム様にお灸を据えることにした。
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げるヒーロム様を横目に、ニヤリと悪い笑いを浮かべ、思い切り溜める。
「――私も、あなたと同じ、転生者ですのよ?」
「えっ? あ、えっ? う⋯⋯」
(あら、思った通りの混乱ぶりね?)
「ふふふっ、25歳のOLでしたの。驚いたでしょ?
その後、ミリーの人生へ転生したんですのよ」
(OLなんて言葉、この世界にはないから、これで信じたかしら?)
OLとは、オフィスレディの略で、働く女性のことだ。
「今まで隠しておく必要、あったのか?
何で、何でだ、何で今なんだ⋯⋯?」
(ずいぶんと甘く見られたものだわ)
「意地ですわ!」
私は、キッパリと言ってやった。
「意地って何だ?」
ヒーロム様は、声を荒げたけれど、全く気にならない。
「だって、前世は30歳のおじさんだったから年齢差があり過ぎるとか、俺にはもったい無いとか⋯⋯
いつまでも煮え切らなくて、本当に腹が立ったんですもの!
私が転生者でなければ、体の良い断り文句だと思って、とっくに身を引いていますわ?
どうせ今だって、いつからだ? とか、どうして気づかなかったんだ? とか、くだらないことを考えていらっしゃるのでしょう? 全く女心をわかっていらっしゃらないんですから!」
一気に捲し立てた。
「く、くだらない? いや、女心って⋯⋯
だからって、もっと早く言ってくれれば、俺は悩まずに――」
ヒーロム様をギロリと睨みつけ、言葉を遮る。
「所詮、その程度だったのでしょう?」
ヒーロム様が息を呑む音がした。
「俺は謝らないぞ!」
「うふふふふっ、あはっ、ふふふっ⋯⋯はははははっ」
(大混乱しているようね。可笑しくて、笑いが堪えられないわ)
「ま、まて。まて、まて、まて。
⋯⋯以前俺に寄越した手紙はなんだ? 『ディアンナ様も、私も、魔王になってヒーロム様を困らせるようなことはありません』って、書いてなかったか?
おい、あれ、まさか、お前何かしたのか?」
「あはっ、あれは気づくかなぁって」
(そうよ。したに決まってるじゃない。
私が本当は物語のヒロインで、聖女だってこと。
そして、2作目では、魔王なのよ?
自ら魔王になりたい人なんていないわ)
「!?」
「うふふふふっ、あはっ、ふふふっ⋯⋯ああ、スッキリした」
「お、おい!」
「とりあえず、美味しい筑前煮でも用意しますわ。この世界のお食事、飽きていらっしゃるんでしょう?」
「それは⋯⋯」
「あら、ディアンナ様から全て聞いておりますのよ?
(言わないであげるけど、あなたが、私にどう想いを伝えるべきか溜息ばかり付いていたこともね)
⋯⋯なんでも、お疲れになる度、公爵家へ転移で戻って、ご自分で生姜入りの豚汁を作ってらっしゃったとか?」
「な!?」
「結婚したいなら、まずは胃袋掴めと言いますものね。ヒーロム様を待つ間、たくさんのお料理を研究してきましたの」
(うそよ。ただの趣味。でも、これくらいかわいい嘘でしょ?
はぁ、本当にスッキリした)
「ところで、結婚の日取りなんだが⋯⋯」
「ダメですわよ?」
私は、即座に返答した。
「まだ、聖水を作る魔道具が完成していないのでしょう?
私、あなたが聖水を作るたびに浄化魔法がかけられているの、知ってますのよ?私は気にならないけど
――でも、あなたは今の作り方が気に入らないんでしょう?」
アナスタシア様が、転生の秘密を暴露してしまったお詫びにと、ヒーロム様の弱みを教えてくれた。
それは、衝撃的な聖水の作り方だった。不純物が混じらないように、浄化魔法をかけられた大神官が、神殿内の「祈りの泉」に裸同然で入って、聖神力を放出して作るんだとか。
どうやらヒーロム様は、すごく抵抗があるみたいで、聖水の製法を変えたくて研究機関を立ち上げたらしい。
「そ、そりゃあ⋯⋯」
(ふふっ、図星よね?)
「じゃあ、私たちの子供に、その製法で作った聖水が原料のお薬を飲ませるおつもり?」
「こ、こども⋯⋯」
ヒーロム様が顔を真っ赤にしてこちらを見た。
(中身が30歳超えのおじさんだなんて、考えられない恥ずかしがりようね)
「いずれは、です」
私もきっと顔が真っ赤になっているのだろうけど、後ろを向き、もう一度念を押す。
「いずれは、ですからね」
きっと、これで私の避けたかった未来(地獄のトゥルーエンド)も避けられたはず。
「目指せ、大神官」33.未来は君ににヒーロム視点公開中です
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご興味をお持ちいただいた方は、ヒーロム視点の「目指せ、大神官!〜公爵令息の聖水作り〜」(連載版)をお読みいただけると幸いです。
お時間ない方は、最終話だけでも是非!!




