22.心
私は今日も、神殿に祈りにきた。でも、いつもと違い、礼拝が終わってもなかなかその場を離れる事ができなかった。
余計な真実を知ってしまったからだ。
先日、アナスタシア様に2人目のお子様が産まれ、ディアンナ様とお祝いに伺った。
「まぁ、リプライ様に似て可愛らしい男の子ですね。お名前は?」
「ミルナートと言うのよ。リプライ様の前世の名前が「港」とおっしゃって、そこから頂いたの」
「!?」
(前世? リプライ様が港?)
私の思考が停止した。
「たしかディアンナ様とヒーロム様の前世のお名前は、杏奈様と、大夢様でしたよね?」
「いい加減、お兄様も、ミリーに好きだと伝えれば良いのに、ね?」
(いい加減好きだ?)
「⋯⋯」
(え? その前に⋯⋯あ、あんな? ひろむ⋯⋯? つまり別人。転生?)
「ちょ、ちょっと待って下さい。何なのですか、そのお話は?
つまり?」
(いや、原作にそんなオチ無かったわよ?
ディアンナ様が倒れてから、また魔王化しないように私が色々仕掛けていたのは無意味だったの? 別人て何よ)
私は混乱のあまり、言葉を紡げず、そのまま倒れた。
薄れゆく意識の中で考える。
(これ、ヒーロム様に真実を知ってしまったとお話するべきかしら?)
結局、神殿で祈っても何も解決しないし、心のモヤモヤは残ったままだった。
◇◇
また、ヒーロム様から手紙だ。
『本日、君が祈っていた時の表情が、少し気になった。
何か、あったか? もし答えたくなければ、返事は要らない。心配している。』
(あはは、顔に出てたのね⋯⋯)
『ヒーロム様へ
ご心配おかけしました。実は、ディアンナ様と一緒に、アナスタシア様と赤ちゃんにお会いしてきました。ミルナート様という素敵なお名前を頂いたとのことで、とても嬉しく思いましたわ。
けれど、その名が――リプライ様の、かつての「前世の名」からとられたと知り、驚きました。
アナスタシア様は、私がディアンナ様やヒーロム様の事情を全て存じ上げていると思い込んでいて、自然に話してしまわれたのです。
知らなければよかった、とまでは思いません。でも、知ってしまった以上、どう接するべきか何か悩んでしまいました。あの日も、誰に聞かれるかわからない外での会話は難しく⋯⋯』
(一応返事は書いたけど、これからどんな顔して会えば良いのかしら? それに、私も「転生者です」って、打ち明けるべき?)
◇◇
一ヶ月後、礼拝のために、私はまた神殿に訪れた。なんだか、真実を知ったからと礼拝に赴かないのは違う気がして、習慣として訪れた。
それに、いい加減、彼の気持ちを真剣に受け取らなくちゃいけないのかもしれない。
「久しぶりだね。元気にしてたかい?」
ヒーロム様が、声をかけてきて、庭園の散歩に誘われた。
(真実を知ってしまったことについて、何か話したいのかしら? 誰かに暴露したりなんてしないわ。私の身が危ないもの)
「何も違いなんてないのにね」
私もあなたも、2人とも転生者。
心の声がそのまま出てしまった。
「ん? 何のことだ?」
「あの。いい加減、私のこと好きになりません?」
私は、冗談めかして、言ってみた。
「あははっ、そんな言い方をしたら、相手が本気に取ってしまう。俺も昔、冗談で大神官を譲れと言ったばっかりに、この通りだ」
「そうくるんですのね。私から、正面切ってお伝えすればと思ったのに⋯⋯卑怯ですわ!」
今まで自分だって、適当にあしらっていたのに、ヒーロム様への怒りが湧いた。
「面倒ね。ようやく何の障害もなく、想いを通わせてもいいと思えたのに⋯⋯」
「ミ、ミリー? 面倒って? いやだって、俺の前世は、三十路超えた社会人だったし、年齢だけなら、今の俺と君じゃ、倍以上違う。その上、神殿でやらなきゃいけないこともまだ。
君が俺なんかといて、幸せになれるのか? そんな訳ない」
(あれ? 私、心の声が出てた?)
「それを決めるのは、あなたではなく、私です」
「でも、俺の気持ちだってある⋯⋯」
(あら、そ。それじゃあ好きにしたらいいわ)
「準備ができたら、迎えに来て下さい。それまで、もう二度と会いませんわ!」
「そんな事言ったって、いつなんて約束できない⋯⋯」
「大丈夫です。待っていませんし。そもそも、世の中、殿方があなたしかいない訳ではありませんもの」
「だ、だよな。俺も、素敵なご令嬢は、君だけじゃないし、よく考えてみるよ」
結局、売り言葉に買い言葉。喧嘩腰に別れてしまった。それ以来、月に一度訪れていた礼拝も止めた。
(女に二言はありません)
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