17.苦悩
学園を卒業して、2年半が経った。
公爵家でディアンナお嬢様の侍女として生活するのもあと半年だ。先日、グランデ伯爵が無くなり、遺言状で、私がその遺児だということがわかった。
(遅い⋯⋯。私の知ってる内容から、5年遅れてるわ。私が物語より1年早く学園に入学してしまったからなの?
何かを変えれば、大きな揺らぎが起きるのかもしれない)
ディアンナお嬢様が、離れたくないと泣きついたから、次の侍女が決まるまで、とマナーやダンスの復習をしながら、まだ公爵家に留まっている。
ディアンナお嬢様の次の侍女が決まれば、半年を待たず引き継ぎをして出ていく。
(本当は断りたいわよ。でも、断ったら、何されるか分かんないじゃない⋯⋯)
「ヒーロム様、お帰りなさいませ」
ダンスの練習が終わり、視線に気づいて挨拶をした。
(住み込みの神官なのに、この人、ちょくちょく公爵家に帰ってきて、怪しいのよね。それとも公爵令息は特別?)
「だいぶ上達したのではないか?
学生時代より、姿勢が良くなって、ステップが滑らかだ」
「あ、ありがとうございます」
(ヒーロム様、更に褒め上手になったわね)
私は、そう思いながらも、恥ずかしくなり俯いた。
「社交界では、色々な相手と踊らなくてはならない。久々に一曲どうだ?」
「はい。でも、お忙しいヒーロム様に相手をした頂くのは」
「気にするな」
(何だか学生時代のことを思い出しちゃう)
「ヒーロム様? 今、何を考えていたのですか?」
「ああ、学生時代を思い出していた。いつもお前とロアがいて、ダンスして、勉強して⋯⋯楽しかった」
「ええ、私も⋯⋯」
そう言って、自然に微笑みながらヒーロム様の手を取った。ダンスの講師が、気を利かせて、バイオリンを弾いてくれる。
「ミリー、俺の足を踏まないか、また心配してるのか?」
ヒーロム様が、冗談めかして言った。
「いえ、あの⋯⋯」
私は、戸惑った。
「どうした? 何か言いたいことでもあるのか?」
「あの⋯⋯」
「多少の奇抜な発言は、信者からの相談で慣れているつもりだ。解決できるかは別だが、聞くだけなら幾らでも聞いてやるぞ」
(追い詰めないでよ!)
「あの、ダンスを止めても?」
「何だ? 足を痛めたか?」
ヒーロム様がダンスのステップを止め、私の顔を覗き込んだ。
「あ、あの⋯⋯学生時代から、ヒーロム様とダンスして、ヒーロム様に習った問題を答えて、ヒーロム様が好きだと言ったお菓子を食べて、ヒーロム様に貸して頂いた本を読んで⋯⋯幸せでした」
(あぁ、支離滅裂ね。伝えるのって難しい)
「それは良かったが、大丈夫か?」
「も、申し訳ありません。私⋯⋯、あの、ヒーロム様といると、胸がドキドキして、頭が真っ白で。
ヒーロム様⋯⋯」
「感謝してます」そう改めて感謝を伝えようとしたら、慌てて口を手で塞がれた。
(もう! これじゃまるで、告白じゃない!? ただ感謝を伝えたいだけなのに、大失敗だわ)
「ごめんミリー、その話だけは聞かない方が良さそうだ⋯⋯」
(ああやっぱり。完全に告白だと勘違いしてる。
身分が平民から伯爵令嬢になったって、いきなり告白なんてしないわよ。バカにしないで欲しいわ)
少し怒りが湧く。
(だいたい、あなた、何者よ?
公爵夫人は、何で野放しにしてるの? 謎だらけで、恐ろしい。
恐ろしいからこそ、感謝だけでも伝えなきゃって⋯⋯)
「目指せ、大神官」20.苦悩にヒーロム視点公開中です




