16.未来を探せ
「おめでとう」
翌日、学園生活で使った荷物を持って、公爵家に戻ると、ディアンナお嬢様が笑顔で出迎えてくれた。
「ありがとうございます」
私も笑顔で返す。予定通り10歳での卒業だ。3年後にはこのお屋敷での奉仕を終えて、第2王子に見つからないように、こっそり、ひっそりとこの地を去るつもり。その頃には、ディアンナお嬢様が学園に入学し、私の手伝いは不要になっているはずだ。
公爵婦人との魔力制御の学びは、今も続いていた。
「奥様、ミリーでございます」
ノックをして、入室の許可を願い出る。
「お入りなさい」
公爵婦人の柔らかい声が返ってきた。
「只今、学園から戻りました。無事、卒業までご支援いただき、ありがとうございます」
「畏まらないで、ソファーにおかけなさい」
公爵婦人に座るように促された。私は緊張しながらも、会釈をして座る。
(明日からは、公爵家の正式な使用人となるのだから、正式に配属を言い渡されるのよね? まぁ、事前にディアンナお嬢様の侍女だと聞いてはいるけど)
「ミリーちゃん、おめでとう!」
公爵婦人は、向かいには座らず、私の横に腰かけて、抱きついてきた。
「お、奥様、あの!!」
予想しなかった行動に、どう言っていいのかわからず、言葉が詰まってしまった。
「驚かせてごめんなさい。
でも、あなたの卒業が心から嬉しくって」
「ありがとうございます」
「ふふふ。でも、まだ3年後に出ていく気持ちは変わらないみたいね?」
その言葉に慌てて、公爵夫人から身体を離そうとする。
「奥様、まさか私の⋯⋯読んだのですか?」
「あはっ。うふふ。かまをかけただけよ」
公爵婦人は、悪びれずに返答した。公爵家で3年過ごしてわかったことだが、婦人は千里眼を持っていても、自ら使おうとすることはしない。
力が大きく、見ようとしなくても、見えてしまうことがあるようだけど、見た場合の体力消耗が激しいようだ。
またそれは、遠い未来になればなるほど⋯⋯。過去には半日起き上がれないことがあったという。
「ふぅ、良かったです。私ごときの未来を見て、倒れられては心が痛みますので」
「あら、聖女様は、随分と慎み深いのね?」
「奥様! それは、ご内密にと。
――それに、私の力は育ってはおりません!」
「そうなのよねぇ。私とする魔力制御のお勉強は優秀なのに。
魔力を出す方は、からきしなんだもの」
「あはは⋯⋯手は抜いてないんですけどね」
公爵夫人との勉強は、ウォームアップ(深呼吸やストレッチ)と掌の上に小さな魔力玉を出し、何が起きてもそれを揺らさないようにする2点。大きな魔力を出す必要がなく、手を抜く必要もなかった。公爵夫人の意地悪な悪戯に驚かないようにすればいいだけで、魔力が増えることは無い。
聖女の力が覚醒するようなイベントは、全部避けているのだから、当然魔力は増えない。
ひどい話かもしれないが、私は前世の記憶を取り戻してからは、傷ついた動物を見かけても、敢えて治癒しなかった。
そんなことしたら、身体が力を使うことに慣れてしまう。心は痛むけれど、見ないふりをした。
自分の未来と引き換えにはできない。
「まあ良いわ。明日からは、ディアンナの侍女として、身の周りの世話をしてちょうだい」
「本当によろしいのですか?」
「良いもなにも、私は最初からそのつもりで支援を始めたのよ。あわよくば、ヒーロムとの仲を深めてお嫁さんに⋯⋯」
「な、何を仰るんですか? 身分違いも甚だしい!」
絶対にダメ!! 私は言葉を遮り、否定した。
この国に残っていては、第2王子と出会う確率が上がってしまう。
それに、死んだはずのヒーロム様が存在は怖い。
死んだはずの人が目の前にいる――それだけで、心臓がぎゅっと締め付けられるのだ。
「あら? 聖女と明かせば、身分なんて一足飛びよ」
いくらヒーロム様が私に優しくても、そんなことで心を揺らすわけにはいかない。
(ヒーロム様は、本当にこの公爵家の嫡男なの?
私のように何かを隠している?
存在の怪しい男に恋する女はただのバカ。
それに聖女や前世の記憶を隠す私に恋する資格なんてない⋯⋯)




