15.旅立ちのワルツ
「ごきげんよう、お兄様」
「ああ、ロアに恥をかかせるなよ」
ヒーロム様が、公爵家の玄関で、ディアンナお嬢様を見て微笑んだ。
「まあ、お兄様ったら、随分上から目線なのですね?
未来の王妃に向かって、失礼ではなくって!?」
(うわぁ⋯⋯、強烈だな)
「ごめん、ごめん。最近、妃教育で、厭味を言われた時の切り返し方を習ってるみたいでさ。
どっぷり、嵌ってるみたい⋯⋯」
ディゼロア殿下が、ヒーロム様にの耳元で囁いた。
「ミリー、卒業パーティーのダンスパートナーが、こんな出来損ないで良かったの?」
「え?」
驚いて小さな声を上げた。
(実の兄に、ずいぶんと手厳しいわね。でも、本当に実の⋯⋯)
「おい! 実の兄に対して、さすがに無礼だろ!!」
「そうですよ。例えそう思っても、直接的に言わないのが、淑女の嗜みだって。私、本で読みました!」
「はぁ⋯⋯」
私の言葉に、ヒーロム様が項垂れた。
(あれ? 何か間違っちゃった?)
「何を言ってるの? これは私の優しさよ。
お兄様ったら、自覚が足りないから、分かりやすく伝えて差し上げてるの!」
(こわぁ〜、今日のディアンナお嬢様は、悪役令嬢みたい)
時々ちらりと見えるディアンナお嬢様が魔王化する片鱗に、心がざわつく。
「おいロア、婚約破棄の予定あったりしないよな?」
ヒーロム様が、ディゼロア殿下に尋ねた。
「はははっ、今のところはね」
微笑むディゼロア殿下。
「ミリー、そのドレス似合っているよ」
「ふふっ、社交辞令でも、嬉しいものなんですね」
ヒーロム様が、顔を赤くしながら私を褒める。
「社交辞令だなんて、本当に、その、可愛らしいと思ってる⋯⋯」
この世界では、「ドレスを褒める→社交辞令でも嬉しいと返す→社交辞令ではないと返す」までがワンセットのマナー。学園で習ったから当然の流れなのに、照れるなんて、確かに出来損ないね。
(原作小説では、攻略対象者に褒められてばっかりだったから、何とも思わない。そんな私も出来損ないかも?)
ちなみに、私達の横には、ドレスを褒めたら、「当たり前ですわ!」と言い返された、哀れな王子が佇んでいた。
学園の控え室に到着すると、優しい音楽が、薄っすら聞こえた。
(さあ、これから入場だわ)
「皆さん、大きいですね⋯⋯。私たち、完全に『こども』って目で見られてます」
そっと呟き、ちらりと視線を向けると、あちこちのテーブルから視線が集まっているのが分かった。そりゃそうだろう。見渡す限りの貴族の子息令嬢の中、最年少組が正装でフロアに立っているんだから。
「ミリーも、ディアンナも1位を争う可愛らしさだな」
ディゼロア殿下が、呟いた。
(こういうサラッとした呟きの方が、好感度高いわ)
「踊ろうか、ミリー」
「はい」
手を取ると、ヒーロム様の指先が小さく震えているのが分かった。シャンデリアの煌めきがフロアに反射し、その表情まではよく見えなかったけれど、緊張しているのだろう。
(きっとまた、私に足を踏ませず、どう躱せば良いかだなんて、失礼な事を考えてるのね?)
「ミリー、楽しめ」
「え? ええ。」
(緊張せず、楽しんだ方が良いのは、ヒーロム様では?)
「早かったな」
「ええ。明日から、侍女としてお世話になります。
これからは、ディアンナお嬢様のお側に」
「うん。任せたよ。俺は、神官になる」
言葉が止まる。音楽の華やかさとは裏腹に私たちの間の空気が、すうっと静かになった。
「きっと、会うことは、減りますね」
(やっとこれで、ヒーロム様からは解放される)
「⋯⋯そうでもないさ」
私は、後半、どんな会話をしたのか、全く記憶がなかった。だって、こんなに大勢の人がいて、ディアンナお嬢様が問題を起こさないかどうかの方が、心配だったんだもの。
「今日は、ヒーロム様のパートナーになれて、嬉しかったです」
「俺も⋯⋯ありがとう。ミリー」
最後に社交辞令で、挨拶を交わす。音楽が終わり、フロアの端で、ディゼロア殿下が微笑みながらこちらへ歩いてくるのが見えた。
「ねぇ、ミリー。色々一緒に食べるのも、美味しいのね⋯⋯」
ディアンナお嬢様が、意味深な言葉とともにカナッペの皿に手を伸ばす。
(それ、手に持っているカナッペの話ですよね? まさか、会場にいる人達の魔力を少しずつつまみ食いなんてこと⋯⋯)
私は、恐怖で黙りこんだ。
「目指せ、大神官」15.旅立ちのワルツにヒーロム視点公開中です




