14.小さな魔王、過激に襲来
「お兄様!
ディゼロア殿下に、何か余計な事を吹き込みませんでしたか?」
「おい、詰め寄るなよ。だいたい兄が久しぶりに帰省したのに、おかえりなさいの一言もないのか? がっかりだ」
ヒーロム様は、皮肉も込めて、ディアンナお嬢様を睨み返した。
「うふふっ。でも、本当よ。ディアンナったら、恥ずかしわ」
公爵夫人が、ふわりと微笑む。
「だって、お母様⋯⋯。殿下に言われたの。お兄様を殺しかけたんだから、もう人から魔力を奪っちゃいけないって。どうせ奪うなら、魔物や毒草にしなさいって」
(あははっ、殿下もバカ正直に言ってくれるわねぇ)
「ハハハッ、何の事なんだろうな? 俺、生きてるぞ」
(あれ? 何この棒読みっぽい発言?
ヒーロム様も何か知っている?)
「そうよね? 数日寝込んだ事はあるけど、生きてるもの。それに、魔物や毒草の魔力なんて不味いもの、本当は欲しくないんだから」
(決して微笑ましい内容ではないけど、一応、家族の会話なのよね)
「あぁ、ごめんなさい、ヒロ。今日はゆっくり過ごして頂戴。
私は少し疲れてしまったから、部屋で休んでるわ」
そう言って、公爵夫人が、席を立った。
「もしもの時は、ミリーちゃん、お願いね?」
(何がお願いなのよ? この人、逃げたわね?
色々な色を混ぜたら真っ黒になるのよ?
ディアンナ様の持つ魔力は、本来濃紺。今のように真っ黒ではないわ。原作では、この漆黒の魔力が魔王覚醒の前兆なんだから⋯⋯)
恐る恐る、私ははディアンナお嬢様を見た。無邪気な笑顔が、むしろ怖い。
「俺の魔力、どんな感じだった?」
ヒーロム様が尋ねた。
(ねぇ、なんでそこを聞くのよ?)
「えー? 甘くてふわふわして。
――えへっ、わたあめみたい!」
ディアンナお嬢様が嬉しそうに答える。
(怖すぎる⋯⋯。どんな感想よ。
それに、感想を聞くヒーロム様もどうかしてるわ)
一瞬、部屋に重苦しい沈黙が落ちた。
「ふふっ、わたあめですか?
それはちょっと⋯⋯想像できませんけど。
でも、ディアンナお嬢様様、殿下の助言は正しいと思いますよ。
魔力は⋯⋯食べ物じゃありませんし、たくさん食べたらおなかを壊しちゃうかもしれませんよ?」
私が苦し紛れに発した言葉に、ディアンナお嬢様はむくれた顔を見せながらも、すぐにまた無邪気に笑った。
「分かってるわよ。だから、今はちゃんと我慢してるの。今はね」
(あら? これ、本当に今だけって感じね⋯⋯)
ヒーロム様が、天井を見上げた。
「ま、まぁ、とにかく、今日だけは平和に過ごしたいな。
明日は、卒業パーティーだ。
――ミリー、ダンスの練習、まだ続けてるのか?」
「え、ええ。明日こそ、ヒーロム様のお御足を踏まないようにいたしますわ」
(まるで何もなかったように話題を切り替えるあたり、本当に強いわ、この人)
でも、そのとき、ふと背筋に冷たい風が吹いた気がした。窓の外、どこか遠くの空の色が、不自然に濃く見える。
(魔王降臨の兆し――それが、まだ消えていない気がする)
明日は卒業パーティー。だけど、その華やかさの裏に、何かが蠢いていた。
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