01.猫と馬車
ある日、孤児院の院長と街に出掛けた。院長の後ろをちょこちょことついて歩く。店を出たその時、可愛い猫が横切った。
「あっ、ねこちゃん⋯⋯」
7歳の私は、夢中で駆け出した。
「危ない!」
御者の叫び声が響く。振り返ろうとして躓く。蹄が石畳を叩く音が胸を震わせた。
(街中だから、馬車はそんなに速くなかったはず。でも、私を避けるなんて無理よね?)
周囲がざわつく。
『生きてるのか?』『貴族の馬車だぞ⋯⋯』
「生きてますよー」と返事をしたかったのに、声が出ない。視線を向けると、院長が店の前で固まっていた。
「奥様、大事ないでしょうか?」
御者が馬車の中を確認している。
(え? 普通、引かれた私の心配をするんじゃないの?)
不満に思ったその時、柔らかい女性の声が聞こえた。
「アランはバカなの? 私より子供でしょ?」
「お嬢さん、大丈夫? どこか痛むところはないかしら?」
応えたいのに声は出ない。
(どこも痛くないのに。眠いし、声が出ない。全身の力が抜けて、意識が遠のく。私、死ぬのかな⋯⋯)
必死に手のひらで拳を作り、意識を止めようと握りしめる。
「アラン、屋敷に運ぶわよ!」
鋭い声に院長が我に返る。
「お、奥様、申し訳ありません。何とお詫び申し上げたら良いのか⋯⋯」
頭を下げ、必死に謝る院長。
「あのねぇ」
深いため息。
「謝罪はいらないから、後でこの子を迎えに来て頂戴。すぐにお医者様に見せなくちゃ!」
怪我の程度が気になった。でも、私は孤児。お医者様にかかったことはない。
(癒えるまで待つか、死ぬかの二択なんて絶対イヤ!
でも、孤児院にお医者様が来ることは滅多にない。
どうしよう⋯⋯どうしたら⋯⋯)
思考が途切れ、意識は暗闇に沈んだ。
「ここは、お屋敷ですか?」
目を開けると、ベッドに寝かされ、スツールに若い女性が座っていた。淡いブルーのカーテンが揺れ、窓から柔らかな風が入ってくる。
(眠った私を屋敷に運んでくれたのね)
「先程はうちの従者がごめんなさいね。
ここはクローバー家のお屋敷よ。知っているかしら?」
陽だまりのような微笑みに、緊張が解けていく。
「はい」
クローバー家は孤児院の支援に携わる名家。馬車とぶつかった時は家柄まではわからなかった。
(この人、公爵夫人だ! 私、この人のおかげで孤児院よりずっと近いクローバー家の屋敷に運ばれたんだわ!)
「あなた、お詫びに我が家の支援で学んでみない?」
(お詫び? これってチャンス!?)
前作『目指せ、大神官!〜公爵令息の聖水作り〜』のスピンオフ作品です。
前作をお読みでない方も楽しめる構成にしてあります。
前作に別視点の対象話がある場合は、適宜ご案内してまいります。




