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義兄弟

〈文盲の祖先の墓に小鳥來る 涙次〉



【ⅰ】


「母ちやん、そつちはだうですか?」と、時軸麻之介の手紙は始まつてゐた。次の平涙坐の「面談」相手は、時軸の母、思緒(しを)である。で、時軸は涙坐に手紙を預かつて貰はうと思つたのだ。人間界行きして自分にとつてはとても良かつた事、是非思緒にもこちらに出て來て貰つて、二人で一緒に住みたい、そんな事が書かれた手紙であつた。その際、ちやつかり魔界の金庫から、カネを幾許(いくばく)か拐帯して來るやう、そんな事も書いた。人間界の良くない點と云へば、カネ万能な事に盡きる。魔界の金庫は、これは何処かに書いたと思つたが(失念、濟みません)、【魔】たちにはカネの使ひ方が分からなかつたので、開けつ放し、中身のカネは取り放題になつてゐる有り様だつた。 



【ⅱ】


 時軸はカンテラ一味に何も文句はなかつたけれども、「開發センター」の庭男としての微々たる給金では、到底親子二人は食つて行けない。その為には魔界のカネは不可欠であつた。面談で思緒は涙坐に云つた。「麻もカネカネ云ひやうになつて、人間界に大分染まつたと見えますねえ」‐涙「思緒さん、それは決して惡い事ではないわ。息子さんは飽くまでも人間として、人間界に骨を埋める覺悟でゐるんぢやないかしら?」‐「さう云ふものかしらねえ。ま、麻がわたしを呼んでゐるんだから、わたし人間界にお邪魔しますよ」‐「それがいゝわ」



【ⅲ】


 思緒は魔界の金庫から、勝手に現ナマと純金のインゴットを取り出すと、無造作に頭陀袋に入れた。これを脊負つて人間界に行かう、と云ふのである。ところが、それをぢつと熟視してゐる者がゐた。「ロールパン」と云ふ畸妙な名を持つ【魔】である。名前の由來は、あらかじめマーガリンを仕込んであるロールパンがあるでせう? あれのイメージキャラクターに顔がそつくりだから、である。ロールパンには人間界に義兄弟がゐた。こいつ、凶惡な男で、犯罪を生業(なりはひ)として、人間界の片隅に棲息してゐた。ロールパンから、思緒の事を聞き、こいつは願つてもない鴨だ! と付け狙ふ事にした。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈新涼が來てもつひつひ點け放すエアコン寒し莫迦みたいだが 平手みき〉



【ⅳ】


 勿論、頭陀袋の中の物が目当てゞある。初老の女一人だ。例へ【魔】でも、ちよろい仕事だぜ、と男。山城太助(やましろ・たすけ)と云ふのが、その男の名。太助と云ふ名は(一心太助を思ひ起こさせ)皮肉に響く。彼自身は惡漢だと云ふのに...。(ロールパンには「思念」と云ふ物がなかつた為、「思念上」のトンネルを傳つて人間界に出て來られない。山城とは夢の中で交信をする事が出來るだけだ。)

 そんな事も知らずに、時軸は「思念上」のトンネルの入り口で、思緒を待つてゐた。「母ちやん!」思緒がよつこらせ、と頭陀袋を重さうにしてゐるのを見て、「袋は俺が持つよ」。と、その時、山城が二人の間に割り込んで來た。「な、な、何ですかあんたは!?」‐「親子水要らずのところ惡いが、これは貰つて行くよ」ナイフを持つてゐる。命大事と、頭陀袋は盗られた儘にしてゐた時軸、だが、その窮狀を救ふ者がゐた。



【ⅴ】


 忙しい中、尾行して來た牧野旧崇である。彼は、じろさんから、ほんの護身術程度にだが、「古式拳法」を習つてゐた。山城を羽交ひ絞めにして、時軸に云つた。「さあ、麻、これを持つて逃げるんだ」‐「は、はい!」頭陀袋は重かつたけれど、虎の子であるからきちんと脊負ひ直し、時軸と思緒は逃げた。牧野は山城の耳元に囁いた。「俺はチャカを持つてゐる。使つてやらうか?」‐山城靑くなつて、「そ、それだけは...」



【ⅵ】


 後日山城は、牧野に詫びる為、「開發センター」迄來た。時軸、さつと身構へる。が、「今日は兄貴に詫びを入れに來たんだ」‐「兄貴???」‐山城の目には* 牧野は現役で任侠道を行く人のやうに映つたのだらう。是非、義兄弟の兄貴分になつてくれ、と牧野に懇願、これには牧野、困つてしまつた。「惡いが、俺は今ぢや堅氣なんだよ。義兄弟の件は諦めてくれ」‐「誰が何と云はうと、こゝは後へは退けません。兄貴、と呼ばせて下さい!」坐り込みを始めた山城... さて、どーする牧野!?



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈曼殊沙華幽靈花と我は呼ぶ 涙次〉

 


 時軸と思緒は倖せな同居生活を始め、牧野に禮金も渡した。涙坐が目を細くしてゐた、と云ふ。お仕舞ひ。



* 前シリーズ第21話參照。


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