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スケアクロウの翼  作者: 甲斐 雫
第1章 王都ヘデントール
9/10

6 DV男爵家の末路 そしてジークは考える

 アリスヴェルチェとヒルダは、リーフ男爵家の前に来ていた。

 昨日のうちにもう一度ウルの店を訪ね、一緒に行くことを決めた。ヒルダの心は、もう決まっていた。


 案内を乞うと、中に入るなりレオ・リーフ男爵が奥から駆け出してきた。

「こ、このヤロウっ! どこに行ってやがったっ!」

 貴族らしくもない野卑な言葉遣いで怒鳴る男爵は、既に拳を挙げていた。

 アリスヴェルチェは、サッと杖を上げ、彼の喉元に付きつける。

「ーーーーっ!」

 息を飲んで身を引いた男だが、その後ろから怒りに顔を歪ませた初老の女性もやってきた。これが姑だろう。アリスヴェルチェは、杖もそのままに、冷ややかな目を2人に浴びせる。


「アリスヴェルチェと申します。フォーゲル公爵家の者です」

 その名乗りに、レオはギョッとたじろぐが、彼の母親の方は胡散臭げな顔つきになった。


カカシ(スケアクロウ)女騎士(リッテリン)、と言えばご理解いただけるか?」


 アリスヴェルチェは杖を下げ、左足を前に出した。騎士としての威厳と『戦う者』の意志を湛えた、女騎士(リッテリン)の言葉遣いは、彼らを圧倒した。

 杖と義足に気付いた母親は、ハッとして一歩下がる。以前噂になったフォーゲル家の女騎士(リッテリン)を、はっきりと思い出していた。


「い、いや・・・その・・・あれは、ヒルダが・・・つ、妻は酷い虚言壁があって、迷惑を掛けられ通しだったんです。あの時は、それを・・・その、叱っていて、直させようとしていただけで」

 だから、妻の言う事を信用するなと、大汗をかいて言い募るレオに、アリスヴェルチェは軽蔑の眼差しで答える。

「私がここに、何の準備もせずに来たと思うか?この屋敷内で行われていたことも、全て調べてある」


 アリスヴェルチェは、パンサに命じて、リーフ男爵家の内情を調べさせていた。

 パンサは知り合いの八百屋を通じて男爵家の厨房に入り、使用人たちから、嫁であるヒルダに対する彼らの行状を、全て聞き出してくれた。


「ステーブルベースでの振る舞いなど、全ての状況は、アドミニストレーターのユールフェスト様を通じて把握している。いかに無能で、立場の弱い者に対して傍若無人であったかを」

 レオ・リーフは、みるみる顔を青褪めさせた。


 アリスヴェルチェは、呆然としている彼の母親に向き直る。

「これが溺愛している息子の正体です。貴女は盲愛のあまり、息子を甘やかしすぎた。そして息子が娶った嫁に対して、独占欲から彼女の悪口を吹き込み、更に不機嫌な息子の行動に対する盾の役目を負わせた。一挙両得だったのでしょう」

 姑は、図星をつかれて、微かな呻き声を漏らすだけだ。


「今日、私はヒルダさんを、ここに連れ戻して来たのではありません。彼女の意志を伝えるための、証人になるためです」

 アリスヴェルチェは、傍らに立つヒルダを視線で促した。


 ヒルダはしっかりと顔を上げ、夫と姑に対してきっぱりと言う。

「私を、離縁してください」


「な・・・ここを追い出されたら、行くところなぞ・・・」

 もごもごと言葉を返すレオに、アリスヴェルチェはポーチから1枚の巻紙を取り出して広げると、彼の眼の前に着きつけた。


 離縁に関する誓約書、と書かれた用紙には、ヒルダとアリスヴェルチェのサインがある。

 離縁後は、一切の接触を断つこと。

 元夫は元妻に、慰謝料として1年分の生活費を一括で渡すこと。

 この書面は、立会人の署名のもと、正式な物であること。

 それらが記された紙を突き付け、アリスヴェルチェはきっぱりと言い渡す。


「レイラ王女殿下を通じて、聖別院に提出します。直ぐに受領されるでしょう」

 貴族の婚姻関係においては、聖別院が管理している。時期院主と決まっているレイラ王女を通せば、必ず速やかに処理してくれるだろう。


 近くの使用人にペンを持ってこさせたアリスヴェルチェは、有無を言わさずレオにサインをさせた。

「彼女のこれからについて、あなた方は知ろうとする資格さえ無いと、肝に銘じておくように」



 リーフ家を出ると、門の外ではウルがソワソワと待っていた。

「大丈夫だったかい?」

 2人の姿を見て駆け寄って来たウルに、ヒルダは晴れ晴れとした顔で答える。

「はい、自由になりました」


 昨晩3人で話し合った結果、ヒルダはウルの店で住み込みで働くことになっていた。

 さほど忙しくない店の掃除と片づけ、たまに来る客の相手は、慣れないヒルダにとっては最適な職場だろう。それと朝夕のウルの食事の支度。焦ることなく自分のペースで出来る家事は、彼女にとって楽しいものになるに違いない。

 若い大工のウルと、漸く自分のために生きることを選べたヒルダが、やがて仲睦まじい夫婦となることは、時間の問題だと思えた。


 王宮のレイラ王女の元へ向かうアリスヴェルチェは、ふと空を見上げた。

(明日か明後日には、ジークが帰ってくるわね)

 晴れ晴れした気分で、軽やかな杖の音と共に歩くアリスヴェルチェの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。



 短期間の調査旅行から帰ったジークは、そのままフォーゲル家の屋敷に向かった。

 いつものように裏へ回ると、普段着姿のアリスヴェルチェが庭の茂みから出て来る。手には籠を持ち、中には幾つかの果実が入っていた。


「お帰りなさい、ジーク」

 アリスヴェルチェは、杖をつきながらも小走りに駆け寄ってくる。

「ただいま、アリス。ここに来ると、本当に帰って来たんだなってホッとするよ」

 ジークは、彼女をそっと抱き寄せ、その頬にチュッと音を立ててキスした。小鳥の囀りのような可愛らしい音は、彼の言う『ここ』がアリスヴェルチェの傍だと言う意味に他ならない。

「フフッ、今リンゴを採って来たの。庭に食べられるものがあるって教えてくれたじゃない?そう言えば、奥の方にリンゴの木があったなって思い出したのよ。中に入って、一緒に食べましょう」

 嬉しそうに楽しそうに、彼女はジークを伴って家の中に入った。


「・・・手入れもしていないから、実は小ぶりだけど、ちゃんとリンゴだわ」

「ああ、美味いな。ところで留守の間は、大丈夫だった?」

「う~~ん、ちょっとした事件と、嬉しい事があったわ」

 アリスヴェルチェは、リンゴを齧る手を止めて、ヒルダの事件とステーブルベースでの出来事を語った。ジークに隠す事など何も無い。


「そうか・・・忙しかったんだな」

 話を聞き終わって呟いたジークだが、胸の中が何やらモヤモヤする。

 けれどアリスヴェルチェは、それに気づかず、彼に話を促した。

「ジークの方は、どうだったの?何か、解ったことはあった?」


 とりあえず気分を切り替えて、ジークは話し始めた。

「今回は、3か所を調査したんだが、襲来した魔物たちは皆飛行タイプのもので、東の方から来たというのが共通点だな。まだ3か所なので、断定は出来ないかもしれないが」

「東・・・山の方から飛んできたっていうこと?」

「ああ、以前ここにも来たグーロウや、デビルクロウ、小型の飛竜なんかも群れで来ていた。一番被害が大きかったのは、マドレ伯爵の領地だ。屋敷が大破し、町や村、農地にも多大な被害を受けた。災害レベルかもしれないな。伯爵は、相当な痛手を被っているはずだ」

 アリスヴェルチェは、考え込むように眉を顰める。

「ヘニー・マドレ伯爵よね。かなり力のある貴族でしょ?」

「ああ、そうだ。彼はアルアイン公爵と、対立している。そこに、引っ掛かりを感じているんだ」

「他の2か所は?」

「どちらも男爵領だが、アルアイン公爵家とは全く繋がりは無い。だから、まだもう少し調査を続けようと思っているんだ」

 そこまで言うと、ジークはフッと笑顔を見せて、アリスヴェルチェに問い掛けた。

「次は、一緒に行かないか?」


「ごめんなさい、私は明日にでも、一度ポタジェに行こうと思ってるの。このところ帰っていないから、様子も気になっているのよ。数日は、滞在するつもり」

 弟アーネストの健康状態も気になるし、領地に魔物が来ていないかも気になる。

 ジークは少し考えて、それならと答えた。

「途中まで、一緒に行こう。ポタジェの調査は、アリスに任せるよ。周辺の地域はこっちで調べるから、帰りも合流して一緒に帰って来よう」



 街中に借りている自宅に向かって歩き出しながら、ジークは明日からの日々を思って楽しい気分になっていた。けれど暫くすると、ふと彼女の話を聞いていた時に感じた『モヤモヤ』を思い出す。

(・・・何故、あんな気持ちになったんだ?)

 妙に気に掛かったジークは、道端にあった木箱に腰かけて考え始めた。


 あの時感じたモヤモヤは、ステーブルベースの話が終わった時だった。『戦う者』の訓練施設であるそこの責任者、ライアン・ユールフェストから『戦う力』を認められて嬉しかった、と彼女は言っていた。その時の本当に嬉しそうな顔が、とても眩しく見えた。

(眩しく見えて・・・羨ましかった?)


 アリスヴェルチェは、生まれ持った力を認められず、けれど独学で努力していた。そして、それが漸く認められたのだ。

 では、自分はどうだ?


 彼女と同じように、自分も独学で努力した。認められない『癒しの力』を、エネルギーの循環で無駄なく継続的に力を使える方法を身に着けた。けれどそれは、彼女がポタジェ村に行ってしまうまでの事だった。遠く離れて手紙だけのやり取りになってからは、学者として身を立てることに専念していた。

 再び巡り合って近しい間柄になってからも、『癒しの力』を使う事は滅多に無い。アリスヴェルチェのちょっとした怪我や不調を、癒す時くらいにしか使っていない。


(・・・置いていかれたような、気がしたんだ。そうだ、きっとそうだ。それなら、自分も、追いつけるように頑張れば良いんだ)

 ジークは顔を上げた。

 出来ることは、沢山ある。先ずは、知識を得ることだ。

(『癒しの力』に関する知識は、姉上から教本を借りれば良いだろう。それと、医学や薬学系の知識も、もっと必要だ)

 理論から入って、少しずつでも実践する。

 男の自分が『癒しの力』を使うとなれば、相手は不信感しか抱かないだろう。けれど医者の卵としてなら、応急手当くらいはさせて貰えるのではないか。その間に、少しずつでも実戦経験を積む。

(チャレンジと努力、だな)

 ジークは立ち上がって、拳を握り締めた。


 いつも通り、沈着冷静に、自分の胸の中のモヤモヤを消すことが出来た。

 そう安堵して、再び歩き始めたジークだが、モヤモヤの原因がそれだけでは無いことに、今は気づいていない。

 それは、アリスヴェルチェの力を認めた人物が、自分以外にもいたのだという事だ。今まで彼女の力を知り、それを認めていたのは自分だけだったということを、今のジークは気づいていなかった。

 モヤモヤは、羨ましいという気持ちだけではなく、嫉妬に近いものもあったのだろう。

 けれどジークは、理論的にすべて解決した気になっていたのだった。



 それから数日後、アリスヴェルチェとジークはポタジェ村への旅の途中にあった。

 ところが夕暮れ近く、次の村へ到着する少し前に、ウルファスの群れと遭遇してしまう。

 ウルファスとは、この辺りに生息する魔物の一種で、狼に似ている。大きさも左程変わらないが、首の周りに鋭い棘を持っていて、その棘には弱いながらも毒があり、触れて傷つくと痛みや腫れを起こす。

「厄介だな・・・馬たちは、遠ざけた方がイイか」

「そうね、あの数なら2人で大丈夫だと思う」


 アリスヴェルチェはグラーネから跳び下り、その場を離れるよう愛馬に指示した。ジークも同様に下馬し、剣を抜いて構える。

 ウルファスの数は5頭。家族単位で狩りをする種だ。

 しかしジークは、アリスの姿を見て驚いた。

(レイピアは、どうするんだ⁉)

 彼女は杖だけを手に持ち、普段はグラーネに括りつけている武器を取らずにいる。そしてそのまま愛馬の尻を叩き、その場を離れさせた。


(杖で戦うのか⁉慌てているようには見えないが・・・だが、そうなると・・・)

 彼女をカバーして、出来るだけ多くのウルファスを引き受けなければならない。

 ジークがそう考えた時、アリスヴェルチェは軽やかに跳んだ。


 夕焼けが辺りを照らす中で、彼女は宙にいる間に杖から中身を引き抜いた。

 空になった鞘部分を捨て、ウルファスの前に着地したアリスヴェルチェは、レイピアの刃を振り抜く。

 魔物の顔が、弧を描いたレイピアの餌食になった。


 勝負は数分でついた。

 3頭のウルファスが地に倒れ、2頭は後も見ずに逃げてゆく。

 ジークはそれを見届けると、アリスヴェルチェに駆け寄った。

「アリス、それって・・・」

「うん、ジークがこの前1人で調査に行っている間に、作ってもらっていたの。これなら普段は杖として使えるから、咄嗟の時も便利でしょ」


 いわゆる仕込み杖のような物だ。王都の技術者に依頼して、作製して貰った。

 以前デビルクロウの群れと戦った時に、普段から武器は持っていた方が良いと思った。それなら、必須の杖とレイピアを合体させればいいと思いついたのだ。


 得意そうに告げるアリスヴェルチェは、彼を驚かせたかったのだろう。

「どう?」

「あ、ああ・・・それは、素晴らしいな」

『戦う者』として、着々と経験を積むアリスヴェルチェに、舌を巻く思いだ。

 けれどジークは、そこで彼女の手の甲に、赤い蚯蚓腫れがあることに気付いた。

「アリス、そこ・・・ウルファスの棘に触れた?」

「え?・・・ああ、そうみたい。ズキズキしてきたわ」


 ジークは馬たちを呼び寄せ、荷物から小さな鞄を降ろした。

「応急手当て用の医療キットを持って来てる。薬もあるから、手当てするよ」

 荷物の中にはその他に、数冊の本もあった。可能な限り時間を無駄にせず、努力するつもりなのだ。そして機会を見つけては、実践する。


『癒し』に属する魔法は、『戦う力』のそれとは少し異なる。レベルが上がれば、より短時間で効果を発揮する魔法と、より長時間効果が持続する魔法の2種類に分けられるのだ。外傷などの治療なら前者で、鎮痛・解毒などなら後者になる。

 彼は、レベルアップと共に効果の上昇と、様々な種類の『癒し』を身に着けるつもりだ。



 やがて治療が終わると、2人は宿を目指した。

 翌日からは、別行動になる。アリスヴェルチェはポタジェ村の館に、ジークはそこから北東方面へ向かって調査をする。3日後にまたここで合流し、王都に戻ることを約束した。




「ただいま。体調はどう?」

 アリスヴェルチェは、頼まれていた荷物を抱えて、いつも通りの台詞でアーネストの部屋に入った。

「姉様、久しぶり。うん、エディスのお陰で、近頃は安定しているよ」

 相変わらずベッドにいるが、アーネストの言葉には力があった。彼の専属『癒し手』であるエディス・ワートンは、ベッドの傍の椅子に座っていたが、アリスヴェルチェが入ってくると直ぐに立ち上がって頭を下げた。

「アリスヴェルチェ様、その節は大変お世話になりました。私もこちらで、とても安らいだ日々を送らせていただいております」

 どうやら彼らは、穏やかで楽しい日々を過ごしているようだ。


「それは良かったわ。先日の手紙にあった、欲しいと言われた物を持って来たわ。本とボードゲームよ」

「ありがとう。楽しみにしてたんだ。エディスと一緒に読みたかった本だし、体を起こしていられる時間も増えたから、彼女と一緒にゲームで遊びたかったし」


 そんな姉弟の会話を聞きながら、エディスは優しい笑みを浮かべて言う。

「私は席を外させていただきますね。久しぶりに、積もるお話もございますでしょう」

 アリスヴェルチェは、彼女と一緒に話を聞きたかったのだが、アーネストの方が先に答えた。

「ありがとう、エディス。それじゃ夕飯は一緒に3人で食べよう」

 そして彼女が部屋を出ると、彼は姉に向かって言った。

「エディスにだって、少しくらいは自由な自分の時間が必要だろうって思ったんだ。彼女はいつもずっと、傍にいてくれるからね。僕としてはとても嬉しいんだけど、ベッドから離れられない人間にずっと付き添っていたら、気分転換も出来ないんだし」


 そうか、とアリスヴェルチェは思った。

 元々優しい性格の弟だったが、誰かを気遣えるほどに体調も良いのだろう。それも皆、エディスの『癒しの力』と真面目で優しくひたむきな心のお陰なのだ。

(安心したわ。これならもっと、体調も良くなるかもしれないわね)

 嬉しそうに頷いて、弟を見るアリスヴェルチェに、アーネストは徐に口を開いた。


「近頃は、やりたい事も考えるようになってきたんだ。いつかそれが出来るようになったら、姉様は協力してくれる?」

「勿論よ!」


 それ以上は言わなかったアーネストだが、彼にはずっと考えていたことがあった。



 幼い頃からずっと病弱で、魔法検定さえ受けられなかった。魔力の片鱗さえ無かったから、受けても通らなかっただろうけれど。

 ただ、少しでも丈夫になって普通の生活が送れるようになろうと思っていた。

 けれど両親が亡くなってポタジェ村に来てからは、根底から考えが変わった。今まで『癒し手』として体調を整えてくれていた母親がいなくなり、自分の身体の不具合を嫌と言うほど知ったからだ。

 後を継いで公爵家の当主にはなったが、何もすることが出来ない。

 奮闘する姉を知りながら、ただ生き延びること、生き続けることだけが使命のように感じていた。


 そして現在、体調が安定して来ると、もっと先のことまで考えられるようになる。

 ずっと思っていたこと。

 姉であるアリスヴェルチェに、公爵になってフォーゲル家を継いで欲しいということ。


 けれどエディスとの話の中で、シュバルグラン王国の歴史の中では、過去に女性が爵位を得て家を継いだ例はないと解った。


 領地経営も、村の保護も、姉の方が能力が高い。

 本来男性が持つ『戦う力』も持っていて、女騎士(リッテリン)として叙勲されてもいるのだ。王国で女騎士(リッテリン)が誕生したのも初めてのことだ。それならば、姉が女公爵となるのも、不可能では無いのではないか。


 アーネストはそこまで考えて、フッと笑みを浮かべた。

(そうなれば、僕にとってもすごく幸せなんだ。楽になれるんだから)

 物心つく時からずっと、背負って来た重圧。その重荷を、やっと降ろすことが出来るのだから。

(我儘かな・・・でも、そうなって欲しいんだ。だから僕は、そのために出来るだけのことをしよう)


 周辺諸国の歴史を知って、女性の爵位について知りたい。だから何冊かの本を持って来て貰った。自分の気持ちを知ってくれているエディスと一緒に、少しずつでも学んでいきたい。シュバルグラン王国の事も、もっと知っておきたい。

 今まで何も、知らずに生きてきたのだから。


 弟の笑みの意味が解らず、小首を傾げたアリスヴェルチェに、アーネストは黙って笑みを深くするだけだった。



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