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スケアクロウの翼  作者: 甲斐 雫
第1章 王都ヘデントール
6/10

3 公爵家の舞踏会 光る糸

 夏の間は、特にこれといった情報を得ることは出来なかった。

 けれどアリスヴェルチェとジークは、街中で知り合いを増やし、親しくなって信頼を得た人々も出来る。人脈を増やしてゆくという成果は上がっていた。

 パンサもすっかり王都に慣れ、同じくらいの歳の友人も沢山できた。人懐っこい性格もあって、商店街の人々からも可愛がられている。


 

 そして秋風が立ち始める頃、王宮のレイラ王女からお呼びがかかった。

 いつもなら王女の部屋に行くのだが、今回指定された場所は広大な庭の中にある四阿だった。レイラの侍女は口が堅く信頼も置ける者ばかりだが、度々女騎士が訪ねて来るという事がどこからか漏れるかもしれない。特にアルアイン公爵には、気づかれたくないアリスヴェルチェだ。

 そしてそれは、レイラ王女の方も解っていて、しっかり配慮してくれている。だから今回は、王宮を訪れたアリスヴェルチェが、偶然自分と庭で出会ったという形式にしてくれたのだ。


「あら、アリスヴェルチェ・フォーゲル。久しぶりですね」

 四阿の椅子に腰かけている王女が声を掛けると、女騎士はゆっくりと近づいて、礼儀正しく挨拶をした。

「せっかく会えたのですから、少し話しましょうか」

 レイラが向かいの椅子を示して誘うと、歓談の邪魔をしないよう、侍女たちが離れた。


「これで大丈夫。侍女たちは誰かが近づけば言いに来てくれるわ。ジークには後で私から伝えておきます。流石に3人だと、目立ち過ぎますからね」

「ありがとうございます、レイラお姉さま」

 いつも通り姉妹のように、2人は静かに話し出す。

「今日、来てもらったのは、アルアイン公爵から舞踏会の招待が来たからなのよ」

 アリスヴェルチェは、その名を聞いて、キュッと気を引き締めた。

「国王陛下を招いて、娘を売り込みたいと言う思惑なのね」


 国王ヨハネスは、レイラの直ぐ下の弟で、現在花嫁募集中だ。先代の国王夫妻は、魔物との戦いにおける不運な事故で亡くなっている。国王としては、早く結婚して王妃を立てなければならない。『戦う者』の頂点である国王は、優秀な専属の『癒す者』を傍に置かなければならないのだ。これは王国の習わしだった。

 王妃候補者は複数いるが、まだ決定には至らない。その中の1人が、アルアイン公爵の娘イリーネなのだが、現在のところかなり不利な状況であるらしい。他の候補者に比べると、『癒しの力』がやや劣っていると判断されているからだ。

 それでも王国内で一番勢力がある公爵家という事で、何とか候補者からは外されずに済んでいる。後は、国王自身の決定を待つばかりなのだが、ここで国王がイリーネを気に入ってくれれば、公爵としては万々歳である。


「つまり、陛下をご招待申し上げて、直接会わせて色々とアピールしたいということなのですね」

「ええ、そう。でも、急に隣国から賓客がいらして、陛下はスケジュールが合わなくなってしまったの。それで、代理として私が行くことになったのよ」


 アルアイン公爵としても、せっかく準備した舞踏会を中止するわけにもいかない。代理で国王の姉である王女が来てくれるなら、それだけでもありがたいと思わなければならないだろう。

 現在レイラ王女は、国王専属の『癒し手』という立場だが、ゆくゆくは聖別院のトップになることが決まっているのだ。


 聖別院とは、王国の政治におけるもう1つの執政機関である。

 シュバルグラン王国には、政治を担う組織が2つあるという事だ。

 魔物討伐や戦など、軍事における最高機関は、国王を頂点に頂いている。

 そして聖別院は、王族貴族の魔法に関する全てを統括していた。胎児洗礼が、その中でも重要な位置を占めている。洗礼を行えるのは聖別院のトップである院主だけだが、組織的には子供たちの魔力検定や、専門教育を行う学院の運営も行う。

 王族貴族の特権である魔法というものを統治すると言っても過言ではない聖別院は、王国の政治にも大きな影響力を持つ執政機関となっている。

 政治に関する最終決定は、国王の名のもとに行われるが、軍事関係の事以外は聖別院が主導になる場合が多い。


 現在の聖別院の院主は、先代国王の妹で、国王やレイラの叔母にあたるクローネ・ブルーメンという女性だ。政治に関しては寧ろ保守的で、これといった功績は無いが大きなトラブルもなく、長い間院主を務めていた。


 国王ヨハネスが王妃を定めれば、レイラ王女は聖別院の院主になる。今も国王に対して、何度も進言苦言を呈している彼女が、代理として舞踏会に来てくれるなら、アルアイン公爵にとっては充分すぎるほどのありがたい機会なのだ。


 レイラはアリスヴェルチェに向かって、こっそりニヤリと笑って見せた。

「それで、良ければアリスも一緒に行かない?」

 散歩に行こうというような軽い口調でアリスヴェルチェを誘う王女だが、彼女が公爵家の情報を集めていることは百も承知なのだ。

「えっ・・・それはとても、ありがたいことですけど・・・大丈夫なのでしょうか?」

 アルアイン公爵の屋敷の中に入れるならば、実際本当に助かると思う。けれど、いくら没落中だとは言っても、かつてのライバルだったフォーゲル公爵家の娘が来たら、流石に警戒するのではないだろうか。


「そのまま行ったら、流石に拙いでしょうから、別人に成りすませば良いわ。その辺りは、任せてちょうだい。アリスは明後日の早朝、いつも通りの格好で王宮に来てくれればいいから」

 謀を企むような顔つきで、レイラ王女は楽しそうに告げたのだった。



 舞踏会当日、ジークは姉レイラに言われた通りの格好で、時間通りにやって来た。

 普段は市井の学者というフランクな姿だが、きちんと礼服を着た姿はやはり流石は王弟だという所だろう。

「ありがとう、ジーク。それじゃエスコート役、よろしくね」

 艶やかな笑みで告げるレイラは、王女として相応しい出で立ちと雰囲気を纏っている。才色兼備と謳われる彼女らしい美しさだ。

 けれどジークはそれよりも、姉の傍らに立つ女性の方が気に掛かった。

「あの・・・姉上、そちらのレディは?」


「こちらは、フォーゲル家のご令嬢よ」

「あぁ・・・フォーゲル家・・・って・・・・え?・・・えぇえっ!アリスっ⁉」


 アリスヴェルチェは、いつもは下ろしている豊かな黒髪を、美しく結い上げていた。控えめだが上品な、生花の髪飾りが美しい。完璧に施された化粧は、濃いわけでは無いが、元の顔立ちが解らないほどだ。そもそも彼女は、普段全く化粧っ気が無い。

 品の良い群青色のドレスは、どこか異国風で、細緻な刺繍とドレープが、それが高価なものであると物語っている。スクエア型に大きく開いた胸元は、眩しいほどに乳白色の輝きを放っていた。


 驚きのあまりポカンと口を開けたジークの間抜け面を見ながら、レイラ王女は満足そうに笑った。

「これなら、大丈夫ね。ジークでさえも、解らなかったんだから」

「・・・そうですね」

 アリスヴェルチェは、安心しながらも、どこか不服そうに頷いた。



 アルアイン公爵の屋敷に向かう馬車の中で、レイラはジークに説明をした。

「アリスは、異国から静養に来た私の友人で、ジークの学者仲間で文通している身分の高い男性の妹ということにするわ。身分を隠したお忍びの参加みたいな感じで、名前はシーリアにしておきましょう。苗字は伏せて、ね。身体が弱いという事で、ダンスや他の交流も全部断るようにするから、貴方もそれをサポートしてね。それなら、気分が悪いと言って別室に移動しても、変に思われないでしょう?」


「・・・あ、ああ・・・解った」

 いつもの事ながら、この姉の行動力には驚かされる。ジークは設定を頭の中に叩き込みながら、気合を入れた。敵陣に乗り込むような気分だ。


「後ろの馬車に、選りすぐりの私の侍女を連れて来ているわ。彼女たちは、きっと邸内探索の助けになるはずよ」

 レイラは詳しい事情を、侍女たちには言っていない。けれど今後必ず役に立つからと、アルアイン公爵の屋敷で見聞きした物は全て完全に覚えておくように申し付けている。

 そう、窓の数や形、壁や天井の様子さえも。


 そんな話を聞きながら、アリスヴェルチェは黙って座っていた。

 初めて着た大人の貴婦人ドレスが、とにかく窮屈だったこともあるが、今から『身体が弱い御令嬢』にならなければいけないのだと、自分に言い聞かせていたからでもあった。



 アルアイン公爵の屋敷は、広大な庭の中に立つ見事な外観の建物だった。王都内の全ての建物がそうであるように2階建てだが、その上に屋根裏部屋のような部屋があるように見える。おそらくその屋根裏部屋も、それだけで立派な部屋として成り立つものなのだろう。

 内部も豪奢な造りで、流石は公爵が国王の第一の側近だと思わせる。ちなみにアルアイン公爵の領地は、国王の直轄領の次に広い。


 舞踏会の会場は2階の大ホールになっていて、レイラ王女が到着すると直ぐに始まった。

 公爵は最大限のもてなしをするつもりで、王女の傍でせっせと機嫌を取りながら、娘の事をさり気なく売り込んでいた。


「イリーネ、こちらへ来なさい。王女殿下、こちらが娘のイリーネ・・・っ・・・」

 奥から進み出て来た娘の姿を見て、公爵は小さく息を飲んだ。

(陛下ではなく王女が来ると言って置いたのに、その姿は何だ)


 イリーネは豪華絢爛なバラ色のドレスに身を包み、これ以上は無いくらいに着飾っていた。

(主賓の王女より着飾るなんて、礼儀知らずにもほどがある)

 それは不文律の宮廷マナーだ。公爵は、苦虫を嚙み潰したようなような顔になったが、当の王女は特に気分を害してはいない様に見える。

(母親がいないから甘やかしすぎたか・・・後で叱るとしても、ここはやり過ごすしかないな)

 イリーネの母親は、彼女の出産後に命を落としていた。育児も教育も全て雇人任せだったが、人並みに美しく育ったので良しとしてた公爵だった。


 イリーネは礼儀正しく挨拶をし、自分なりに精一杯自己アピールをしたが、レイラには殆ど響かないようだ。公爵は助け舟を出そうと、にこやかに口を出す。

「イリーネはダンスも得意でしてな、よろしければ王弟殿下といかがでしょうか?」

 健康で体力もあることを、アピールするしかない。

 けれど振られたジークは、こっそりと眉を顰めていた。

(俺か?・・・まあ、他の客を相手にさせるより、色々とメリットが大きいと考えたのだろうが)


 けれどこの場で断るのは、なかなかに難しそうだ。

 ジークはチラッと、アリスヴェルチェに視線を送った。

「・・・どうぞ」

 傍らの椅子に座ったまま、彼女は小さな声でそれだけを告げた。


 病弱であるが大切な客人だという事は、公爵にも伝えてある。ダンスや会話も避けて欲しいということも、しっかり伝えていた。


 するとイリーネは艶やかな笑みを浮かべて、アリスヴェルチェに声を掛ける。

「王弟殿下を、お借りいたしますわね」

 一瞬顔を見合わせる形になったが、イリーネは彼女が昔何度もイジメたアリスヴェルチェだとは気づかなかった。

 (気づかれなくて良かったけど、険のある目つきは変わらないわね)

 そう思いながら、けれどアリスヴェルチェは、黙って頷いて見せた。


 やがてホールに音楽が流れ、ジークとイリーネは踊り始める。公爵も王女にダンスを申し込み、へりくだった様子で音楽に乗った。


 華やかな舞踏会の様子を、アリスヴェルチェはぼんやりと眺めていた。

(最後にダンスをしたのは、何時だったかしら・・・)


 社交界デビューの少し前、レッスンをしていた時が最後だったと思い出す。

(ダンスは・・・好きだったけど・・・)

 両親に謀反の疑いが掛けられなければ、きっとデビューしていただろう。『癒しの力』を持たないと知られていても、由緒ある公爵家の令嬢として丁重に扱われたはずだ。


(ジークって、ダンスも上手なのね。王弟殿下だから、当然よね)

 自分が彼とダンスをすることは、この先無いのだということが思い知らされる。

 けれどアリスヴェルチェは、フッと笑みを浮かべて頭を軽く振った。

(今、そんな事を考えても仕方が無いわ。出来ることを、しないと)


 静かに立ち上がり、気配を消すように壁伝いに歩いたアリスヴェルチェは、そっとホールから出た。


「どうかなさいましたでしょうか?」

 待機していた女官に尋ねられて、気分が悪くなったと答えたアリスヴェルチェは、すぐ隣の部屋に案内された。ホールの控室のような小さな部屋は、バルコニーの扉が大きく開けられていて、気持ちの良い風が吹き抜けている。

「こちらでお休みくださいませ。只今、お付きの侍女の方々にお伝えしてまいります」


 レイラが連れて来ている侍女たちに、連絡するのだろう。けれど侍女たちには、こういう事態になることは事前に伝えているので、上手くやってくれるはずだ。



 女官が出てゆくと、アリスヴェルチェは深呼吸を1つして背筋を伸ばした。

「とりあえず、ここから見て回りましょう」

 小さく呟いた彼女は、ヒョコヒョコとビッコを引きながら室内を見て回った。特に変わった部分は無いが、アリスヴェルチェはこの上にある筈の屋根裏部屋が気になっていた。

(上の方が見られないかしら・・・)

 バルコニーに出れば、多少は見られる物もあるかもしれない。そう思ったアリスヴェルチェは、開け放たれた扉から外に出てみた。


(・・・・・・・ん?)

 バルコニーの手すりに身を寄せて、覗くように見上げると、上にも小さなバルコニーがある。

(屋根裏部屋に、バルコニーって変ね)

 更に目を凝らすと、何かがキラリと光った。


「アリ・・・じゃない、シーリア様。ご気分が悪いと伺いましたが」

 その時、背後から声が掛かった。

 ダンスが終わったジークが、アリスヴェルチェがいないことに気付き、慌ててやって来たのだ。

「ああ、ジーク・・・殿下。まあ、そういう事で・・・」

 少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、バルコニーから手招きする彼女に、彼は後ろ手にドアを閉めて駆け寄った。


「早速何か見つけたのかい?」

 こそこそと耳打ちするジークに、アリスヴェルチェは上の方を指さして言った。

「あそこ・・・光ってるのが解る?糸のように細いものが、バルコニーから伸びているの。2本あるように見えるのだけど」

「ん?・・・・ああ、確かにあるな。細い金属製の糸のようだ。バルコニーの手すりに結び付けてある。どこまで伸びているんだ?」


 ゆるく撓んだ細い糸はかなり丈夫そうで、遠くまで伸びているようだが、先の方まで見て取ることは出来ない。下を見れば、大きな池が綺麗な水を湛えていて、色とりどりの魚影も見えた。


「あれは、カルプの池かな。以前、アルドール・ショアと話したことがあっただろう?」

「ええ、魚類学者さんね」

「カルプの池について、もう少し聞いておこうと思う。でも、見た感じだと、糸は池を越えてもっと遠くまで伸びているようだ」


 アリスヴェルチェは、手を目の上にかざして遠くを眺める。

 大きな池の向こうには屋敷を囲む壁があり、その向こうは広い公園があった。

「塀の向こうは、ブラージュ公園?」


 自然豊かな公園は広大で、散歩道が整備された憩いの場だ。貴族から平民まで、自由に散策ができる社交場でもある。公園に隣接して『戦う者』の訓練所や、身分が低い兵卒たちの宿舎などがあり、治安も良い場所になっていた。


「そう。多分、公園内の木立あたりが糸の終点なんじゃないかな」

 ジークの結論に納得して、2人は室内に戻った。


「そろそろ戻った方が良いだろうな。あまり長時間座を外していると、不審に思われるだろうし」

 そう言うジークだが、何故かソファーにアリスヴェルチェを座らせ、自分も隣に腰かける。

「そうね」

「でも、あと少しだけ・・・キスしたい」

「えっ、ここで?」

「大丈夫、女官は入るならちゃんとノックするから」

「・・・いいけど」


 そしてジークは、そっと人差し指をアリスヴェルチェの首筋に当てた。

「こことか・・・こことか・・・キスしたい」


 耳の下。

 そして、うなじ。


 彼女のドレス姿を見て、その広く開いた場所に目を奪われた。

 内側から輝くような、滑らかで清らかな乳白色の肌。

 アリスヴェルチェが、妙齢の女性だという事を改めて見せつけられたようで、その魅力に抗えないでいる。


 彼は、そっと唇を近づけてその肌に触れた。

「・・・ん・・・」

 微かな声を漏らして、アリスヴェルチェはおののくように身を竦める。


(ここが、公爵家でなければなぁ・・・)

 唇を離したジークは、残念そうに溜息を漏らした。



 アルアイン公爵が主催した舞踏会は、その後特に問題も無く終わり、その翌日になった。

 アリスヴェルチェとジークは、昨日約束した通り、馬に乗ってブラージュ公園に来ている。公爵家で発見した糸の先を、確かめておくためだ。


「多分、この辺りじゃないかしら?」

 まばらに植えられた高い木を1つ1つ見上げながら、アリスヴェルチェが言う。

「そうだな・・・あ、あれか?」

 光線の加減ではっきりとは解らないが、1本の太い欅の梢を見上げてジークが指さした。


「見てくるわ」

 アリスヴェルチェは辺りに人影が無いことを確認すると、グラビティとストレングスの魔法をかけて、軽々と張り出した太い枝の上に跳び乗った。

「・・・あったわ。外れないような場所で太い枝だけど、輪になって枝に掛かってる」

「そうか、やっぱりな」

 彼女が放り出した杖を拾い上げながら、ジークは上に向かって答えた。


 2本に見えた糸は、輪になった1本だったのだ。

「つまり、糸をロープに掛け替えることが可能なんだ。輪の結び目を外し、糸にロープを繋ぐ。そのまま糸を手繰り寄せれば、2本のロープは、屋敷の屋根裏部屋のバルコニーと、この公園の欅に渡されることになるだろう?」

「成程・・・でも、何故ロープ?」

「例えばあの屋根裏部屋に、とても大事な物が隠されていて、何かあった時に・・・そう、例えば火事が起きた時とかに、急いでそれを外に出したいと思ったら、使えるんじゃないかな」


 魔物の襲撃や自然災害以外で、大きな屋敷で恐れられるのは火災だ。石造りの建物でも、内部には可燃物が山ほどある。一度火事が起きたら、内部に火が回り、家具調度が焼き尽くされる。大きな屋敷に火災が起きればやじ馬が集まり、大騒ぎになってしまうのが常だ。


「滑車を使えば、渡したロープである程度の大きさの物なら運び出せるだろう。滅多に火事などは起こらないが、念のため用意してあるなら、それは余程大事な代物ということだ。人知れずこっそり運び出そうと思うならね」


「・・・もしかして、それって・・・Orareとか?」

「可能性はある。今まで少し調べてみたんだが、アルアイン公爵はフォーゲル家以外にも、没落した貴族の家のOrareをこっそり着服している可能性が高いんだ」


 基本的に没落貴族のOrareは、国王が保管する。新しく爵位を得た貴族に、与える場合もあるからだ。けれど、中にはOrareが行方不明になり、そのまま見つからずに終わっている場合もあった。


「それらのOrareが、あの屋根裏部屋にあるかもしれないという事ね。でも普通、本当に大事な物って、屋根裏には置かないものじゃない?フォーゲルの屋敷にも、地下に金庫室を作っていたわ。高い場所は、魔物に襲撃されやすいって、聞いた事がある」


 翼を持つ魔物は多い。入り口があれば、小型のものでも簡単に中に入れるし、ドラゴンなどの大型のものは翼のひと薙ぎで屋根など吹き飛ばせるのだから。


「う~~~ん、それは確かにその通りなんだよなぁ」

 少なくとも王都では、屋根裏や高い場所に大事な品を保管するような風習は無い。

 ジークは頭を掻きながら、別の方向から考え直さないといけないのだろうかと思った。



 それではあの糸は、何の目的で渡されているのだろうか?

 アリスヴェルチェとジークは、馬を並べて公園の中を歩きながら考えていた。



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