フォーゲル女公爵 アリスヴェルチェ
大礼服を身に纏って立つアリスヴェルチェは、美しかった。
救国の英雄として下賜された勲章が、その胸で誇らしげに輝く。
再興したフォーゲル公爵家の象徴でもあるOrare、『フォーゲルの翼』は豊かな黒髪の中で輝いていた。
女騎士として、女公爵として、堂々と歩むその姿は、凛々しく神々しく、居並ぶ全ての人々から賞賛の溜息と拍手を浴びた。
盛大な祝賀会の中で、アリスヴェルチェは優雅にダンスを踊る。
そんな彼女を、王弟ジーク・シュバルグランが独占した。
翻る裾から覗くハイヒールは、彼女がもうカカシの女騎士では無いことを物語る。
美しい凛々しさを纏って、軽やかに踊るアリスヴェルチェの瞳には、常に愛する人が映っていた。
そんな2人の踊る姿を、ユールフェストは誇らしげに見つめていた。
かつて恋した女性で、今でも尊敬の念は深い。そんな彼女が、相応しい地位に就いた事は嬉しいし、当然だと思う。けれど、少しだけ寂しい気持ちがあるのは、仕方が無いことかもしれない。
だがこれで、誰よりも大切な貴婦人に忠誠を誓うという精神的な愛は、誰からも認められるものになるだろう。ユールフェストは、騎士として歩み続けるこれからに、また新たに気を引き締めるのだった。
女公爵のお披露目も含んだ祝賀会の前に、フォーゲル家の屋敷は大規模に修復された。
女騎士としての功績を称え、公爵家を再興した初めての女公爵に相応しく、国王自らがそれに当たったのだ。
草木が生い茂った庭は美しく整備され、外壁も綺麗に洗われる。空っぽだった全ての室内の調度品などは、王妃が率先して選び、センスの良い品々が配置された。
そんな屋敷の改修に熱心に取り組んで、見事な働きをしたのはパンサだった。
既にアリスヴェルチェの従卒として認められたパンサは、今までの年月で、誰よりも屋敷内の事を熟知している。
大切な女主人のために、彼女の好みを推察し、これから夫婦の新居となるフォーゲル公爵家の屋敷を、居心地よく整えた。
「もっと、もっと、お役に立ちたいからなぁ」
女騎士として戦いに赴くときは、彼女の夫の代わりに傍にいて働きたい。女公爵として公務に当たる時は、領地の見回りや経営などでも力になりたい。
「アリスヴェルチェ様は、素晴らしい方なんだから、仕えることが出来るのは光栄なんてものじゃないんだ。だから、これからも沢山、学んで鍛えて、頑張るんだ」
パンサは、ずっと世話をしていたグラーネのことも、しっかり考えていた。
今まではずっと、荒れ果てた屋敷の庭で自由に過ごしていたグラーネだ。厩舎や馬小屋などではなく、小さな小屋を丸ごと家のようにして暮らしていた葦毛の馬は、いくら豪華な厩舎だとは言え、閉じ込められるような生活は可哀そうだろうと思う。
パンサは庭の一角を、グラーネ専用に整えて今までと同じように暮らせるようにした。
美しく整えられた庭を、自由気ままに闊歩する白馬がいても良いじゃないか、と。
回復したアリスヴェルチェが、祝賀式典の前に一度屋敷に戻った時、彼女は声も出せずに立ち尽くした。
「・・・子供の頃、いいえ、その時よりも凄いわ。別の屋敷に来たみたい」
「好みに合わない物は、取り換えてくれるそうだよ。気に入った?」
寄り添うジークに、アリスヴェルチェは穏やかに頷く。
「ええ、本当にありがたいわ。前の荒れ果てた屋敷も、それなりに愛着はあるけど・・・あの密林みたいな庭もねw」
庭は綺麗に整備され、散歩道や花壇があり、植え込みの木立も剪定されている。
中でも目を引いたのは、今を盛りと咲き乱れるイヌバラの花だ。沢山の小さな白い花が、あちこちに咲きこぼれていた。
「イヌバラがいっぱいで嬉しい・・・一番好きな花だから。子供の頃から、ずっと」
懐かしそうに、少し恥ずかしそうに言うアリスヴェルチェに、ジークは嬉しそうに呟く。
「うん、知ってる」
祝賀式典の最後に、女公爵アリスヴェルチェ・フォーゲルと、王弟ジーク・シュバルグランの結婚式が行われた。
式が行われる教会の前には、人々が黒山の人だかりを作っている。王都や周辺諸国の人々が、国を挙げての祝賀行事のために集まっていたのだ。そして最後のイベント、女公爵と王弟殿下の結婚を、一目見ようとしている。
興味本位の人間も、沢山いた。
「女の公爵って、どんなだ?」
「カカシの女騎士って言われてるんだろう?片足で、女だてらに戦う騎士って、どれだけ屈強なんだ?」
「アマゾネスみたいなんじゃねぇか?」
噂だけしか知らない男たちは、勝手な想像を膨らませている。
「王弟殿下って、『戦う者』になれなかったっていう方よね。学者だって聞いたけど、何だか軟弱なイメージ」
「王国の歴史でも、王族が婿入りって初めてなんでしょ。貴族でもそんなことは無いのよね。王族男子のプライドを捨てたのかしら。それとも、逞しい男勝りの女公爵様が、無理やり婿にしたとか?」
女性たちも、口さがない。
教会の正面扉の上には、フォーゲル女公爵家とシュバルグラン王国の紋章が描かれた旗が、並んで下がっている。
フォーゲル女公爵の紋章は、新しい物となっていた。
聖別院院主レイラ・シュバルグランが、再興を祝して新しくするようにと言ってくれたのだ。
中央には翼を持った白馬、そして騎士の象徴である剣。
そして女性であることを象徴するような、小さく白い花。
5弁の花びらで表された幾つもの花は、アリスヴェルチェが好きなイヌバラだった。
やがて教会の鐘が鳴り響き、大きく開かれた扉から、新郎新婦が現れる。
両側に立った可愛らしい少女たちが、籠から白い花びらを投げ上げた。
舞い上がり降り注ぐ雪の様な花びらの中を、静かに歩み出るアリスヴェルチェとジーク。
その姿に、民衆は息を飲んだ。
「花嫁・・・女公爵って・・・・・・あんな」
「・・・綺麗だな・・・あれで女騎士なのか?」
「何て美しいの・・・凛として、清々しくて・・・でも、幸せそう」
「カカシなんて、嘘だわ。優雅で凛々しくて、素敵・・・」
アリスヴェルチェに賞賛の声が上がる中、傍らのジークにも視線が注がれる。
「王弟殿下って、背が高くてカッコいいのね。知的なお顔が、素敵」
「誰よ、軟弱って言ったの。ちっともそんなコト無いじゃないの。ほら、見て。ちゃんと花嫁を、これからも守るっていう雰囲気だわ」
正装したジークは、愛する伴侶を守ってゆく気概に溢れている。堂々と歩を進めながら、さり気なく花嫁を気遣うその様子は、女性たちの目を奪うほど凛々しかった。
「ご結婚、おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「万歳! 万歳!」
やがて人々は、心からの祝福の声を上げ始めた。
「さぁ、これからだ」
人々の祝福の声が飛び交う中で、ジークが呟いた。
「え?」
隣にいる初々しい花嫁が、花婿の顔を覗き込む。
「あ・・・声に出てしまったか」
アリスヴェルチェは、クスッと笑った。
「何が、これからなの?」
「これから、朝も昼も、春も夏も秋も冬も、明日もひと月後も来年もずっと・・・もう充分と言われても、呆れられても・・・アリス、君を幸せにするから。その計画を、これから練ろうと思ったんだ」
女公爵とその夫は、きっと何時までも愛し合い、幸せに暮らすだろう。
結婚はゴールではなくスタートだと言うが、大きな一つの区切りでもある。
だから、めでたしめでたしで、ここは結びと致しよう。
アリスヴェルチェとジークの物語は、どこかで続いてゆくだろうけれど。
「スケアクロウの翼」これにて完結でございます。
アリスヴェルチェ女公爵の話は、イレーネが主人公の次回作の中でも出て来ます。
女性が自らの力で運命を切り開く話。
それはこれからも続くと思われますw
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次回作の計画を考えつつ、ファンファーレ(玉置浩二)を聞きながら。
馬が好きな、甲斐雫でした。




