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スケアクロウの翼   作者: 甲斐 雫
第1章 王都ヘデントール
10/12

7 フォーゲルの翼 奪還

 ポタジェ村から帰ったアリスヴェルチェは、ジークと共に調査結果をまとめた。

「これを見ると、魔物の襲来場所に共通点があるな」

「ええ・・・アルアイン公爵・・・」

「そう、彼の領地や派閥の貴族たちの領地は、被害に遭っていない。どれも反アルアイン派か、関係ない小さな領地の貴族たちが、襲撃されている」


 これにはきっと、裏がある。

 アルアイン公爵が、自分の権力を更に拡大しようとしているのではないかと思われた。


 すると、まるで2人の推察を知ったかのように、アルアイン公爵領に魔物が襲来したと言う知らせが入った。連絡を受けて、国王は直ちに討伐隊を編成し派遣する。当然、アルアイン公爵も陣頭に立って出発した。


「アリス、これはチャンスだ」

 公爵が王都を離れる機会は、殆ど無い。領地経営は妾腹の息子に任せっきりで、それで問題なく収益を上げられている。普段は王宮と自分の屋敷を、往復する生活だ。

 それが今回、少なくとも数日は屋敷を留守にする。

「うん、待っていたわ」


 これまでずっと、沢山の情報を集めて来た。

 公爵の屋敷の見取り図、警備の者たちの人数や交代時間。屋敷内の使用人たちの動向や、一緒に住んでいる娘イレーネの様子。イレーネは本妻の娘だが、既に母親は亡くなっていた。

 様々な情報は、レイラ王女からの物も多かったが、パンサや知り合いになった町の人々からの物もあった。

 公爵は領地に赴くにあたり、最小限の警備だけを残して手勢の物を増やしている。使用人たちも半分連れてゆき、屋敷の中はガラガラだ。


 魔物討伐に使用人たちも連れてゆくのは少し考えればおかしなことだが、公爵自身は危険は無いと考えているのだろうか。


 何にしても、今がチャンスである。

 フォーゲル家の家宝であるOrare、『フォーゲルの翼』を取り戻す。

 その為に、アリスヴェルチェは公爵の屋敷にこっそり侵入するつもりだった。


「念のため言って置くけど、一緒に行くからな」

 ジークの言葉は当然の様な気もするが、アリスヴェルチェはやはり少し躊躇する。

「やることは、どんな大義名分をかざしても、結局のところ不法侵入と窃盗よ。王弟が犯罪を犯すっていうのは、どうなの?」

「見つからなければ、問題ない」

 しれっと言ったジークは、準備は整えていると言って不敵な笑みを浮かべた。


 屋敷へ誰にも気づかれずに侵入し、目的の品を見つけて、痕跡を残さずに脱出する。

 少しばかり怪盗気分になって、2人は計画を実行することにした。



 ブラージュ公園は、良く晴れたピクニック日和だった。

 隣接するアルアイン公爵の屋敷の塀に沿って、アリスヴェルチェとジークは愛馬グラーネを引いて歩く。馬の背には、大きなピクニックバスケットと袋が乗せてあった。

 恋人同士が楽しい時間を過ごすための場所を探して、そぞろ歩きをしている風情だ。


 敷地の奥の人気の無い場所に来ると、そこにはパンサが待っていた。彼を見張りに立たせ、2人は持って来た荷物から着替えや装備品を出して準備を整える。

 動きやすい灰色のシャツと黒いズボン、アリスヴェルチェもそれに着替えて髪をしっかりと纏めた。男装の彼女は、杖も持たず軽装のままだ。必要な品々は、小袋に入れてジークが肩に掛ける。

 見つからないように、気づかれないように。

 それが大前提なのだ。


「それじゃ、手筈通りに頼むよ」

 最後にジークは、一抱えはある大きめの袋をパンサに渡した。

「はい、お任せください」

 時間を計って、指示通りに行動した後は、グラーネを連れて家に戻る。それが彼に与えらえた任務だった。


 グラーネを木立の陰に隠し、待っているように告げると、パンサは袋を持って藪の奥へ消えた。袋の中には、ジークが細工したクルナの実が大量に入っていた。


 やがて用水路に出たパンサは、流れに沿って辺りを探す。この流れは、上流から公園の池に水を入れるための物で、パンサとジークは以前からこの場所を調べていた。

(ええと・・・ああ、ここだ)

 用水路にある取水口、そこはアルアイン公爵の屋敷の池に通じる場所だ。

 パンサは袋を開けて、中身を取水口に次々と入れていった。

(これが、カルプの池に入るんだよな)



 カルプについては、大分前に魚類学者のアルドール・ショアから色々と聞いていた。彼の元妻とのトラブルを解決した時に、誘いを受けたジークは、後日アリスヴェルチェを伴って彼の家を訪ねた。


「こんな家に来てくれて・・・その・・・すみません。臭いは大丈夫ですか?」

 家の中に入ると、アルドールはアリスヴェルチェに聞いてきた。元妻から生臭いと言われたことを、覚えていたらしい。魚バカのような生活環境を、多少は自覚して気遣えるようになったのだろう。

「あ、はい。大丈夫です。それより、この魚は何て言うんですか?」

 アリスヴェルチェは、部屋の中にずらりと並べられた水槽の1つを指して尋ねた。

 まるで小さな水族館のように並んだ水槽は、様々な魚が泳いでいる。興味津々で問いかける彼女に、魚類学者は子供の様な笑顔で嬉しそうに答えていった。


「ところで、この前話していたカルプはどこだい?」

 ジークの問いかけに、アルドールは2人を別室に案内した。

「こっちの部屋に移したんだ。いやぁ、先日失敗しちゃってね」

 頭を掻きながら、それでも面白そうに彼は説明した。


 最初は他の魚たちと一緒の部屋で、机の上にカルプの水槽を置いていた。その日はたまたま別のゴールドフィッシュの様子がおかしくて、塩水浴をさせようと思って岩塩を砕いた。机の上でガンガンと砕いていたら、破片がカルプの水槽に飛び込んだのだ。


「カルプって魚は、結構悪食で何でも食べるんだよ。池で飼ってると、落ちてきた木の実や虫なんかを争って食べるんだ。で、その時も岩塩の欠片をあっと言う間に飲み込んでね」


 飲み込んだ瞬間、カルプはいきなり大暴れを始めた。

 水槽から跳ね上がり、床に落ちても繰り返し跳ねる。慌てて水に戻しても、また跳び出すから、最期は板で蓋をして押さえつけなければならなかった。


「1時間以上暴れててさ、1人で奮闘してたんだ。大人しくなった後は、特に体に異常は無かったけどね。どうやらカルプは、塩分に対して過剰に反応する性質があるらしい」


 魚類学者らしく、アルドールは新しい発見について色々と実験した。その資料を見せて貰ったジークは、あることを思いついていた。



 パンサが流したクルナの実は、小さな胡桃のような形をしている。2つに割ると、中の空洞に小さな種が入っていた。川岸によく生える低木で、実は軽く水に浮いて川を流れてゆく。けれど一定時間経つと、殻は水を吸って自動的に2つに割れると言う性質を持っていた。


 生物学者であるジークは、クルナの実の性質を良く知っていた。そこでパンサに手伝ってもらい、沢山のクルナの実を集めた。割って種を取り出し、代わりに岩塩の欠片を入れて、再び殻を接着しておく。

 そうして準備したクルナの実を、ジークはパンサに託したのだ。



「・・・・・そろそろかな?」

 高い石造りの塀の外で、中の様子を窺いながら、ジークは小声で囁いた。

「ええ・・・・・」

 アリスヴェルチェも、頷きながら小さく帰す。

 そして暫くすると、庭にある広大な池の方から、派手な水音が聞こえてきた。


 バシャバシャッ! バシャバシャッ! ザバザバッ!

「な、なんだっ!」

「どうした⁉ 何があった!」

 屋敷に中にいた使用人たちが飛び出してきて、騒ぎ始める。やがて甲高い声も聞こえてきた。

「お父様の大事なカルプよ!水の中に戻して! 早くっ!」

 声の主は、イリーナだろう。


 色取り取りの美しく大きな魚たちは、暴れ回って池を跳び出すものも多いのだろう。力も強いカルプを、捕まえて抱えるだけでも一苦労だ。しかも傷つけてはいけないと思えば、思い切って力を入れるわけにもいかない。騒ぎは収まる気配も無かった。


(・・・・よし、行こう)

 ジークとアリスヴェルチェは、互いに眼差しを交わして頷き合う。

 彼の荷物からロープを出すと、いつものように右足だけで彼女は塀の上に跳ぶ。軽々としなやかな動作は、猫のようだ。そして人影が無いのを確認すると、内側に跳び下り、近くの木にロープを結び付ける。もう片方の端を掴んだジークは、それを頼りに塀をよじ登った。

 アリスヴェルチェの魔法を使えばもっと楽になっただろうが、何かあった時のために温存しておきたかった。少しだけ怪盗気分を味わいたかったと言うのは、内緒だ。


 屋敷内への侵入は、容易だった。誰もいない廊下を進み、階段を上がって2階へ行く。

 屋敷の構造は、完璧に把握済みだ。

 以前招待されたパーティーの会場だったホールは、突き当りにある。その手前には、控室として使われていた小部屋が並んでいる。

 アリスヴェルチェがパーティーの最中に移動して、そこのバルコニーで光る糸を見つけた部屋は、向かって左側にあった。カルプの池に面した側だ。

 それ以外の部屋については、レイラ王女の連れて来た侍女たちが念入りに調べてくれていた。その結果、右側の控室の1つに、怪しい部分があることが解っていた。


 アリスヴェルチェとジークは、突き当りのホールの大扉から2つ手前の部屋に入った。

「・・・ここね」

「ああ、あの大鏡の裏だ」

 小声で囁き交わし、2人は鏡の前に立つ。姿見のような大きな鏡は、僅かに斜めに立てかけられている。倒れないように支えが取り付けられているが、真横から僅かな隙間を覗き込めば、そこに小さな扉と取り付けられた南京錠が見えた。

「横にずらすことが出来そうだ」

 ジークは鏡に手を掛け、静かにずらしてゆく。絨毯の上を滑るように、大鏡は難なく動いて行った。


「それじゃ、後は任せた」

 ジークはそう言って、控室のドアの傍に立った。念のため、見張りをしておこうというところだ。

「了解」

 アリスヴェルチェは、荷物から小型のナイフを取り出して小さな隠し扉の前にしゃがみこんだ。


 最大威力の付与魔法を、ナイフの刃に掛ける。

 そもそも付与魔法は、火・氷・雷などの属性を武器に与えるものだが、武器自体が熱くなったり冷たくなるわけでは無い。属性効果は攻撃対象にだけ与えられるもので、武器が魔法のベールに包まれるようなものだ。

 一般の攻撃魔法は習得できないアリスヴェルチェだが、付与魔法の威力は充分に伸ばしている。

 ナイフの先端を錠前に触れさせると、彼女は先ず高熱を与える。錠前は真っ赤になり、続いて掛けられた超低温の魔法で、一気に冷やされた。それを何度か繰り返すと、錠前は壊れて下に落ちた。


「終わったわ」

 短い声掛けと共に、隠し扉のドアを押し開けて中に入ったアリスヴェルチェに続き、ジークも扉の内側に入る。そして壊れた錠前を回収すると、持って来た新しい錠前を袋から出した。

「・・・うん、これならパッと見は解らないだろう」

 大鏡を扉の内側から腕を伸ばして元通りに滑らせ、更に新しい錠前を扉の突起にぶら下げた。扉を閉めておけば、鏡の横から覗き込むくらいなら、侵入の形跡は解らない筈だ。

 ここに入るのは、アルアイン公爵だけで、掃除や警備の者たちも、普段は覗き込むことさえ滅多に無いと思われる。

『フォーゲルの翼』が無くなっていることは、出来れば気づかれずにおきたい。



 細い通路と階段を進んだ先には、そこそこ広い空間があった。

 天井は低いが、大きな窓が2つある。片方はあのバルコニーに出られる物で、もう片方は反対側にあった。通気のための物かもしれない。

 バルコニー側の窓の傍には、幾つもの空の籠と滑車が置いてあった。そして、小ぶりの宝石箱や、沢山の小さな箱が積み上げてある。

 アリスヴェルチェとジークは、音を立てないよう気を付けて、先ずは箱を1つ1つ調べていった。


「あった!」

 目指す品は,直ぐに見つかった。

 平たい正方形の箱は、積み上がった箱の上の方にあり、アリスヴェルチェは思わず声を出してしまう。

「早かったな・・・見せて?」

 ジークは傍に寄って、彼女の肩越しに箱を見つめた。


 蓋を外された箱の中には、ビロードのクッションの上に置かれたサークレットがある。

「・・・フォーゲルの翼・・・か」

 白銀色に輝くサークレットは、輪の部分が細く、繊細な透かし彫りが施されている。翼の意匠の飾りが2つ付いていて、美しい羽根の模様が彫られていた。


 アリスヴェルチェは、黙って両手を差し伸べ、そのOrareを恭しく持ち上げる。

「やっと・・・見つけた」

 ずっと、ずっと、長い間、探し求めてきた。

 亡き父の形見でもあり、フォーゲル家の家宝であったOrareが、今この手の中にある。


 アリスヴェルチェは、『フォーゲルの翼』を胸に抱き俯いたままじっと動かない。

 その様子を、彼女の肩に手を置いたまま、ジークは温かい眼差しで見守っていた。



 やがて彼女は、そっと膝の上にサークレットを置く。

「アリス、気を抜くなよ。これを持って脱出し終えるまでは、取り戻したとは言えないんだからね」

「うん、解ってる」

 ジークの言葉に、しっかりと頷いたアリスヴェルチェだったが、ジークは彼女の膝の上からサークレットを手に取った。

「でも、その前に・・・少しくらいなら良いだろう?」


 彼は彼女の頭に、『フォーゲルの翼』をそっと被せた。


 美しく輝くサークレットは、誂えたようにその頭に馴染む。

 アリスヴェルチェの黒髪の中で、『フォーゲルの翼』はまるで安心したかのように穏やかに輝いた。


「・・・似合うよ・・・とても・・・」

 ジークは彼女の瞳を見つめて、静かに呟いた。

『綺麗だ』とか『美しい』とか、そんな言葉では言い表せない。

『神々しい』と言うのが、最も近いような気がするが、言葉は素直に出てこない。


「・・・ありがとう」

 アリスヴェルチェは、微かに微笑んだが、直ぐにサークレットを外した。

「でも、これはフォーゲル家の当主の物だから」

 フォーゲル家の現当主、アーネストが所有するべき家宝なのだ。


 ジークは両腕の中に、彼女をギュッと閉じ込めた。

 ただ彼女が愛しくて、その心までも癒したくて、その苦労も想いも全て包み込みたくて。

 抱きしめられたアリスヴェルチェは、彼の優しさを受け取るように、その胸に顔を埋めた。



 夜半過ぎ、屋敷が寝静まった頃合いに脱出する予定だった。それまでの時間、2人は隠し部屋の中の品々を見て回る。

 高価な宝石のルースが多数。更にはOrareが保管してあるが、その数はかなりのものだ。王室が保有するOrareの数の半分くらいはあるかもしれない。その気になればクーデターを起こせるのではないか、とジークが危ぶむくらいだ。

「・・・これ、何かしら?」

 アリスヴェルチェは、一辺が10㎝の立方体の箱の蓋を取りながら呟いた。

「ん?・・・カラだな。紙が入っている」

 ジークはメモ用紙の様なそれを摘まみ上げて広げ、書いてある文字を読んだ。


『呪具?

 全ての魔法を封じる。 

 装着した者だけが解除できる。

 装着された相手が死んだ場合、または装着場所が切り離された場合は、自動的に解除される。』


 箱の中を良く見れば、クッションが輪の形に沈んでおり、入っていた物の大きさと形が解った。

「腕輪・・・よりは少し大きいか。足輪かな・・・カラだと言うことは、使用中なんだろうな」

 誰に使われているのか、或いはこれから使おうと思っているのか。それは解らないが、一応記憶に留めておこうと思うジークだった。



 夜も更けて来た。

 見つけた『フォーゲルの翼』だけを袋に入れ、2人が脱出の準備を整えていたその時、突然屋敷の中が騒がしくなる。耳を澄ますと、使用人たちがバタバタと走り回りながら声高に話すのが聞こえてきた。

「公爵様のお帰りだ、急げ!」


(拙い!)

 アリスヴェルチェとジークは、再び隠し部屋の中に戻った。

「早すぎない?しかも、こんな夜中に」

「昼の騒ぎを、使用人が連絡したのかもしれないな」


 アルアイン公爵が大切にしているカルプが、突然暴れ出して慌てたのだろう。日頃から可愛がっている観賞魚たちに、何かあったら知らせろと公爵自身が言っていたのかもしれない。

 その日のうちに戻って来れたのは、早馬を使って知らせたに違いなかった。そして公爵自身も、僅かな護衛だけを連れて駆け戻ってきたのだろう。


「でも、魔物討伐に行っていたのに、帰って来れるものなの?放り出して来たってコト?領地は、大丈夫なのかしら」

 アリスヴェルチェの当然の疑問に、ジークは腕を組んで考えた。

(そもそも、本当に魔物が襲来したのだろうか?)

 けれど今は、脱出のことを考える方が先だ。

 騒ぎは池の方に移り、公爵の怒る声が聞こえてくる。


「屋敷の中を通過するのは難しいし、バルコニー側からも無理だ。あっちの窓の方はどうだろう?」

 池と反対側は裏庭だが、そっちから出ることは可能だろうか。

 内開きの大きな板戸の窓をそっと開けてみると、下まではかなり高さがある。塀までの距離は10mも無いが、窓から降りて塀を乗り越えるとなると、アリスヴェルチェの魔法を使っても少し時間が掛かりそうだ。その間に、誰かに見られないとも限らない。

 塀の向こうには、平屋の家々の屋根が並んでいる。


「難しいか・・・絶対に気付かれないようにするなら・・・」

 眉を顰めたジークだが、アリスヴェルチェは少し考えてから、しまっておいた『フォーゲルの翼』を取り出した。

 そして自らそれを頭に着けると、何かを確認するように目を瞑る。

「・・・アリス?」

 不審げに声を掛けたジークに、アリスヴェルチェは目を開けてきっぱりと告げた。


「出来ると思う」

「え?・・・何が?」


 彼の言葉が終わるのも待たず、アリスヴェルチェはジークの腰に手を回し、窓枠に足を掛けた。

「ちょっとだけ、我慢して」

「えっ!・・・な・・・」

 次の瞬間、1つになった人影は宙を飛んだ。


(ヒェッ! う、うわ・・・)

 珍妙な声が出なかったのは救いだが、身体全体に感じる浮遊感と、顔に当たる風に驚愕する。

 アリスヴェルチェが、Orareである『フォーゲルの翼』の力を借りて、ストレングスとグラビティの魔法を最大威力で掛け、効果時間も自己鍛錬で伸ばした最大レベルで上げたのだった。


(す、凄いな・・・)

 一瞬だけ目を開けたジークは、眼下の景色と星空を見てそう思った。

(だが、今の格好は客観的に見てどうなんだ?)

 大の男の自分が、華奢にも見える若い女性に片手で抱えられて宙を飛んでいる。

(う~~~ん、逆なら良かった気がするんだが・・・)

 その方が、見栄えは良かったと思ってしまうジークだ。ちょっと自分が情けなくなる。魔法の特性が違うというだけなのだが、彼にだってそれなりに男としてのプライドがあった。


 そんな彼の思考が終わらないうちに、ふいにふわりとした感覚を覚え、直ぐに足が固いものの上に着く。

 そこは立ち並ぶ民家の、屋根の上だった。


「どこまで飛べるか解らなかったけど、結構遠くまで来ちゃったわ」

 アリスヴェルチェは、屋根の上に腰を下ろしながら、フフッと笑った。

「・・・解らないまま飛んだのか?危ないだろうが」

「出来るって思ったから、やってみたのよ。ぶっつけ本番で、ごめんなさい。でも、ちゃんとコントロール出来たし、結果オーライと言うことで、許して」

 悪戯っぽい口調で言う彼女に、ジークは溜息をついて隣に座った。


(こういう無鉄砲さは、変わらないな。でも、それがアリスらしいんだ)

 彼女の肩を抱いて、ジークは囁く。

「目的達成、だな。おめでとう、アリス」

 そして顔を近づけると、彼女の唇にそっとキスを送る。


 真夜中の屋根の上で、ひっそりと行われるキスシーン。

 猫の恋のようだ、とアリスヴェルチェは何だか可笑しくなるのだった。



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