【第七話】抵抗
「いらっしゃいま……。あああ!」
「わっ!なに」
店に入るなり店員さんに叫ばれた。集まる視線。とにかく何が起きたのかを把握するのが先だ。
「あの。僕に何か……」
「マネージャー!一条かなめちゃんのマネージャー!」
「ちょっと、声が大きい……」
「あ、すみません。つい」
大学生位だろうか。ショートヘアの活発そうな女の子。どちらかというと女子にモテそうな感じだ。かなめちゃんとは正反対だな。
「あの、さっきも言いましたけど、一条かなめちゃんのマネージャーさんですよね?」
「え、あ、まぁ」
「わぁー。本当だったんですね。今までのマネージャーさん、なんか感じ悪かったので。素敵な人に交代になって安心です」
いや、どこの馬の骨とも分からないサラリーマンがマネージャーになる方が心配じゃないのか……。
「安心、ですか?」
「はい。かなめちゃん、見た目と裏腹にしっかりしてるじゃないですか。だから大人の人の方がいいと思って」
「なんか、かなめちゃんのこと知ってる?」
口振り的に知り合いの可能性が感じられたので聞いてみる。すると駆け出しの女優さんで、今放映されているドラマの端役をしているとの事だった。かなめちゃんとは現場で話をしているようだ。
「なるほど。仕事仲間ってところですか」
「そんなところです。あ、申し遅れました。私、神崎真尋と言います。大学二年生です」
「ああ。僕は西条健一。正確にはマネージャーになったのは今日から、なんだけどね」
「そうなんですか。それで今、かなめちゃんはどこにいるんです?」
神崎さんは僕の肩越しに外を見回す。
「や、あのー。なんて言いますか。今は一緒に居ないですね」
「今は、ってことはさっきまで一緒に居たんですか?もうこんな時間ですよ?」
時計は二十二時を回っている。確かに女子高生がこんな時間に出歩いてるのは少々訳アリという感じだ。しかし、僕の家に居ると話したら更に話がややこしくなる。さて。
「今日は僕の会社の同僚の家に泊まってるよ。明日も収録あるんでしょ?」
「はい。今日からマネージャーって言ってもちゃんと予定把握されてるんですね」
「一応な」
まぁ、明日は学校に行って放課後から撮影になるのだが。堀宮高校まではここから電車で四十分ほどだが……。そういえば、今まで学校にどうやって行ってるのか聞いてなかったな。電車に乗ってたら騒ぎが起きる……っと、あれか。存在をなくす的なことをしていたのかも知れない。でもテレポーテーションも出来なくなっているところを見ると、それも怪しい気がする。明日は僕が車で送って行ったほうが良いかも知れない。
そんなことを考えていたら坂下さんから電話がかかってきて、戻っても良いとの事だ。僕は神崎さんに軽く挨拶をしてから自宅に戻って夜道を歩き始めた。
「ん?」
何かの気配を感じて振り向いたけども誰もいない。再び歩き始めたら、やっぱり何か気配がする。今度は立ち止まらずに不意に振り向いてみた。
「おかしいな」
確かに気配はしたのに。誰もいない。
「ただいまー」
インターホンを鳴らすと鍵が開いたのでドアを開いて中に入ろうとしたらチェーンロックがかかっていて思いっきりガタン!となってしまった。
「なんでチェーンなんて掛けてるの?」
ドアの中にいる坂下さんに問いかけると、坂下さんは怪訝そうな顔でこう言った。
「ねぇ、誰かにつけられたりしてない?変な気配するけど」
「え?」
廊下を見回したけども誰もいない。いきなり上がってくる可能性があるのか?念の為、非常階段とエレベーターの位置を確認して、誰もいないと坂下さんに伝えたらチェーンロックを外してくれた。そして僕が中に入ったら再びチェーンロックを締めるのだった。
「なにかあったの?」
流石に気になって坂下さんに問いかけると、半ば信じられない返事が返ってきた。
「健一くんを名乗る変な人が家にきた」
「なんだそれ」
詳しく話を聞くと僕が駅前に向かったのと入れ替えで家に来たらしい。そして、どうやったのかオートロックを潜り抜けて玄関チャイムを鳴らしてきたということだ。そして、かなめちゃんがドアを開けようとしたところを坂下さんが止めて事なきを得た、という事だった。
「誰が来たのかはわからないってことね?もしかしたら、さっきの気配はその男なのかも知れないな」
僕は帰宅途中に変な気配がしたことを伝えた。そして、そんな中、坂下さんを一人で返すのも、かなめちゃんを一人家に残すのも危険と感じたので、坂下さんも僕の家に泊まっていくように言ったんだけど……。
どうしてこうなった。
「なんでこんなところにかなめちゃんはいるの」
二人がけのソファーで無理矢理寝ていたら、かなめちゃんが僕の隣にお尻をねじ込んで来たのだ。
「ちょっとお話ししようかと思いまして」
「いや、それは良いんだけど、近くない?」
「だって。見たでしょ?」
「なにを?」
「私のここ」
そう言ってかなめちゃんは襟ぐりを引っ張って軽くパタパタさせた。さっきのやつか。
「それは不可抗力だな」
「でも見たんですよね?」
「まぁ、目が行ったのは悪かった」
「別に怒ってるワケじゃないんですよ。あの時、減らないって言ったのは私ですし。それより、私ってそんなに子供っぽいですか?」
「まぁ、僕は社会人だしかなめちゃんとは八歳も年上だからな。僕から見たら子供なのかも知れない」
「いえ、世間一般的に見て、です」
かなめちゃんは歳の割に身体の成長は良いほうだと思う。しかし、その風貌からして幼く見られているのだろう。
「その……」
「その、なんです?」
「や、変な意味に取らないで欲しいんだけど、体つきは大人っぽいなって。でも風貌は幼いなって」
「うーん。やっぱりそうなんですか。ね、健一くん私の事、抱いてみたい?」
「だっ……!って……。大人を揶揄うのはやめてくれよ……」
「本気だって言ったら?」
「捕まるから」
「自由恋愛ですよ?」
「いや、倫理的に」
「法的に大丈夫なら、私のこと抱いてくれるんですか?」
「いや、そういうわけでは……」
正直なところ、考えてしまった。魅惑的過ぎると。坂下さんが家に居なかったら耐えることが出来ただろうか。などと考えていたら、かなめちゃんが僕の膝の上に乗ってきて対面姿勢になってしまった。
「健一くん、何か当たってますよ」
「いや、なにしてんの」
「私に反応したんですよね?」
それは否めない。正直なところこのまま押し倒したい気持ちもないと言えば嘘になる。だけど、倫理観がそれを止めている。なのに押し返せない。
「抵抗、しないんですか?」
「したいけど」
「けど?」
「坂下さん、これ、どうにかならないかな」
僕たちの会話を聞いて起きたのか、最初から起きていたのかは分からないけど、坂下さんがベッドから抜け出して、かなめちゃんの後ろに立っていた。
「これは、どういう事なのかしら?」
坂下さんは僕たちを見下ろしてそう聞いてきた。勿論、僕はノータッチとばかりに両手を上げる。
「ふむ……。かなめちゃんから、ってことか。かなめちゃんはどういうつもりでそんなことしているの?」
「私ですか?私は本能の赴くままに、ですかね。坂下さんには言っておきたいんですけど、健一くんは渡しませんから」
「なによ。まるで私が健一くんのことを好きみたいな言い振りじゃない」
「そうじゃないんですか?だからそんなイラついた話し方になるんじゃないんですか?」
「そんなんじゃないんだけど。で、いつまでその格好でいるの?」
「そうだな。そろそろ膝の上から退いてくれると嬉しいんだけど」
僕がそう言うと、かなめちゃんはスルスルと後ろに下がって立ち上がった。そして身体の向きを変えて坂下さんの方に向き直った。
「坂下さんは本当に健一くんのこと、私がもらっても構わないんですか?」
いや、なんか僕が景品みたいになってるが。僕の意思は考えないものとする。そんな感じだ。僕は口を挟もうとしたけども、タイミングがなかなか取れないままに二人の話は進む。
「貰うも何も。健一くんはかなめちゃんのことどう思っているのか知ってるの?健一くんは私の……」
「私の?」
「彼氏だから」
そうなんだ。僕は坂下さんの彼氏だったのか。って。ナンダッテー。なんで?でも坂下さんのことだから何か思うところがあってのことなんだろう。そう思って黙っていたら、かなめちゃんが僕の方に向き直って聞いてくる。
「そうなんですか?」
まぁ、聞いてくるよね。しかし、何と答えたものやら。僕が困ってかなめちゃんの肩越しに坂下さんを見たら目配せをしてきたので、僕も察してこう答えた。
「まぁ、そうだな。でもかなめちゃんのことが嫌いってわけじゃないから安心して」
坂下さんが頭を抱えている。余計なことを言ったかも知れないな。折角、坂下さんが逃げ道を用意してくれたのに。
「健一くんは大人の女性が好きなんですか?」
「そういうものでもないけど、流石に高校生は……」
「じゃあ、私が大学生になったら良いんですか?あと二年です」
押して来るなぁ、なんて半ば他人事のように思っていたら、かなめちゃんがそれを察しのたか押しを緩めてきた。これ幸いと僕はかなめちゃんの肩を掴んてベッドの方へ押していった。
「折角の女子高生なのに良いんですか?」
「まだ言うか。坂下さん、任せてもいい?」
僕がそう言うと坂下さんが僕に代わってかなめちゃんをベッドに押して行ってくれた。僕はそれを見届けてからソファに座ってため息をついた。それにしても参ったな。明日から坂下さんは僕の彼女になってしまった。そういう関係の素振りをしていないと、かなめちゃんはまた押してくるだろう。業界的にそんなことが知れ渡ったらスキャンダルだ。それは避けなければ。