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【第六話】退職とあるまじき事

「今日の夕方に会社に行く事になってるから、一緒に来てくれるか?」

「え?一緒に行っても良いんですか?」

「サイン、書くものがないから直接会わせた方が喜ぶだろうし」

「それもそうですね。マジックだけ持って行きましょう」

 レギュラー出演番組の収録を終えた控え室でそんな会話をしていたら番組プロデューサーが控え室に入ってきた。

「その、かなめちゃん、あー。そのマネージャーさんなんだけどさ」

「はい。何か問題がありますか?」

「問題、と言うほどじゃないんだけどさ。次の収録で出演して欲しいんだよね。と言うより、かなめちゃんに密着取材、みたいな企画をやりたくてさ。そのほうが周りの騒ぎも治るだろ?」

 このプロデューサーは話がわかる人なのかも知れない。そう思って僕はその話に乗る事にした。そしてその取材は直後から始まった。まずはマネージャー誕生と題して、僕が退職するところから追い始めるらしい。僕は本部長に連絡を入れて、カメラマンと取材スタッフが同行することを告げてから控え室を出て会社に向かった。

 

「それにしても本当に急ですね」

 タクシーの中でリポーターが話しかけてくる。

「そうですよね。急過ぎますよね。会社も辞める前にマネージャー就任なんて」

「それは本当に申し訳ないって思ってるんですよ?」

 かなめちゃんはそう言ってリポーターの意識を自分に向けた。そして自ら今回の件について話し始めた。

 

「そういうことなんですか」

 そうなんだ。そういうことなんだ。飛んだマネージャーと僕は小さい頃からの友人関係でということらしく。

「はい。そうなんです。だから今回は本当に助かってます。西条さんがマネージャーを受けてくれたなかったらどうしようかと思ってました」

 西条、か。かなめちゃんが西条を名乗った時は一瞬混乱したけども、僕はあの青山のお墓のことなんて知らないし、偶然の一致なんだろう。でもこの事が世に知られたら面倒なことになりそうだ。

「あ、運転手さん。そこのビルです」

 そういうとタクシーはビルの車寄せに滑り込んでいって、ドアを開いた。瞬間、報道陣が群がって来たけども、リポーターが番組収録なので、事情は後で話します、と言って回ってその場の混乱は回避出来たけども。これは後から記者会見みたいなものがあるのかな。

 

「ええ⁉︎かなめちゃん⁉︎」

 いや本部長、声が大きいでしょ。部署の人がみんなこっちを見てるじゃない。

「サイン、なにに書けば良いのか分からなかったので来ちゃいました」

 そう言ってマジックを持ってサインを書く仕草をするかなめちゃん。すると本部長は自分の席に飛んで行ってコーヒーショップの二重タンブラーを持ってきた。なるほど、そこに書けば擦れることもないか。かなめちゃんは渡された二重タンブラーの内側にサインを書いて本部長に手渡してから、これはサービスです、とか言ってハンカチを本部長に渡していた。当然に大喜びの本部長。女子高生のハンカチに喜ぶとかカメラに映ってるしいいのか。

 その後に人事に行って退職届にサインをして会社の手続きは完了。帰り際に席に行って私物を段ボールに入れて坂下さんに自宅に送ってくれるように頼んで会社を出た。

「一応、退職祝い、みたいなのしますか?」

「どこで?」

「西条さんの家、しかないですよ?皆さんで食材を買って家で何か作りませんか?取れ高が高いですよ?ね?」

 かなめちゃんはそう言ってリポーターの方を見ると、カメラマンが指で丸を作っていた。これはもうなる様にしかならんか。

 

「でさ。この後なんだけど、かなめちゃんの実家がどうとかそういう話になったらどうするの?」

 リポーターとカメラマンが帰った後にソファに座っているかなめちゃんに聞きたかったことを聞いてみる。実家。女子高生なんだから保護者がいて然るべきだ。ってか、学校はどうなってるんだ。

「学校は行きますよ。明日も行きます。それより、服、どうしましょう」

 そう言って制服のスカートの裾を少し摘みながら持ち上げた。

「買いに行く?」

「それも……良いかもですね。密着取材っぽいですし。でも下着とかどうしましょう。流石にカメラマン引き連れて行くのは……。というより、明日の下着、どうしましょう」

 

 どうしてこうなった。

「ぶかぶか」

「そりゃそうだろうけど。あまり動き回らないで欲しいな」

「スースーする」

「解説しないでくれ」

 僕は動く洗濯機の音の方からやって来たかなめちゃんにそう言った。

「これ、半パンなんですよね?私が着ると膝下パンツです。上着もオフショルダーになっちゃいます」

「いや、首元はそんなことすると伸びるから……」

 って、そうじゃない。仕方がないとはいえ、僕の下着を着ているのだ。ちょっと刺激が強い。

「なんですか?気になるんですか?」

 そう言って襟首を直した後に今度は上着の裾を摘んでパタパタし始めた。

「ううん!うん!」

 僕は咳払いをしながら頭を掻いて目を逸らした。が。その逸らした先にかなめちゃんはやってきてソファに座る僕のことを覗き込んできた。そして見てしまった。そのだるんとなった襟首の中を。

「そのさ。もうちょっと離れて貰えるかな」

「なんでですか。良いじゃないですか。減りませんよ?」

「僕の神経がすり減る」

「サービス、しますよ?」

「だから、そういうのが困るんだって。一応、僕は男なんだし」

「私が困らないって言っても?」

 かなめちゃんがソファーの反対側から肘掛けに膝を乗せてこちらにやって来る。

 

 ピンポーン 

 

「あ!はいはい!今行きます!」

 インターホンが鳴ったので、これ幸いとソファから立ち上がって玄関に向かう。

「あ。坂下さんか」

「なに?他に来る人でもいたの?」

「別に居ないけど。どうしたの?」

「着るもの、ないんでしょ?持って来てあげたから」

「あ!助かる!どうしようかと思ってたところだったんだ」

 玄関でそんな会話をしていたらリビングからかなめちゃんがダボダボの服を着て出て来た。

「あー……。もしかしてお邪魔だった?ってか女子高生に自分の服を着せるとか、そういうの趣味?」

「に見えるか?」

 少々頭を抱えて小躍りしているかなめちゃんを指差す。

「だって。下着とかどうしてるの?」

「あー、その辺は一番困ってたところだな」

「はい。今は健一さんのパンツとか借りてます」

 また言わなくても良いことを。と、さっきは聞いてなかったけども隙間から見えた感じだと上は何もつけていない。コレはまた面倒なことになりそうだ。

「もう坂下さんに任せてもいいか?バスルームで諸々やってくれると助かる」

「なんでよ。狭い。健一くんが外で待ってて」

 坂下さんはそう言って僕の背中を押して来たので、僕は玄関外に追いやられてしまった。ご丁寧に施錠までされた。

「さて。ここで待ってるのもなんだし、駅前のコーヒーショップにでも行くか」

 サンダルにスマホしか持っていなかったけども、電子マネーが使える。そう思って駅前まで歩いて行った。


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