【第四話 転職か副業か】
「飛ばれました」
「誰が?」
「マネージャーが」
「居なくなったってこと?」
「はい。私のお給料と一緒に。私、こっちで身分を証明するものがないじゃないですか。だから口座とか全部マネージャーに任せていたんですよ。それが忽然と」
「あー……」
さて。これは困ったな。口座開設には確かに本人確認書類が必要だ。でもかなめちゃんの場合には、本人というより西条かなめは既に亡くなっている。身分証明書なんて用意できるはずがない。
「あの。もし良かったらなんですけど、私のマネージャーさんになってくれませんか?事情も話している間柄ですし。こう言ってはなんですけど、私の稼ぎはそこら辺のサラリーマンの比じゃないです。報酬、はずみますから」
「そこら辺のサラリーマンで悪かったな」
「だって、そこら辺じゃないですか。と、冗談はこの辺にしてですね。本気で考えて欲しいんです」
「ちょっと考えさせてくれ」
普通に考えたら受けたほうが勝ち組になれる。恐らくだけど、数割貰ったとしたら数千万円は固い。でも自営業になるのだ。わからない事だらけだし、万が一に、かなめちゃんが早々に消え去ってしまったら無職の僕が出来上がり、だ。まるでギャンブルだ。
その晩は結局、ベッドをかなめちゃんに譲って僕は床でキャンプマットと寝袋のお世話になった。キャンプ場ではそこそこ快適なのに、家で寝ると貧相に感じるのはなぜなんだ。
「健一くん。例の女子高生はどうなったの?」
「ああ、一条かなめのことか。そうだな。結論から言うと僕の家に住むことになった。理由はあるんだが、それを相談したいと思ってたところだ」
僕は坂下さんに経緯を説明して、僕がマネージャーになるべきかどうかを相談した。
「うーん。難しいわね……。会社に副業申請でも出してみたら?」
「でも日中の仕事だと流石に厳しいでしょ」
「だよねー。ぶっちゃけた話だけど、健一くんは万が一に無職になったら何年くらい食べられる?」
「貯金ってこと?」
「うん、まぁ」
「残念な額しかないな」
「一人暮らしなのに?何に使ってたの?うちの会社、そんなにお給料悪くないでしょ?」
「実家の方がちょっとな」
「あー……。そう言う感じなんだ。だったら尚更、その話は乗ったほうがいいんじゃないの?」
「一攫千金みたいな感じだな。でもまぁ、人生大逆転って感じなのは確かだな」
なんにしても有名女優のマネージャーという職業、悪いものじゃないし、転職の理由としてはまともだろう。そう思って自宅に帰るとかなめちゃんがキッチンに立っていた。
「お?なんだ?ご飯作れるのか?」
「作れますよ。一応。ほら」
そう言って見せられたのはタブレットに映し出されたクッキングサイト。
「まぁ、こういうの見ながら作れば確かに作れるかもな。ってか、今まで食事はどうしてたの?」
「なくても大丈夫だったんです」
「は?」
「ですから、食べなくても大丈夫だったんです」
「まぁ、それも驚きなんだけども。どっちかっていうと過去形なことの方が気になる」
「そうですね。なんか昨日から何も食べてないじゃないですか。めちゃくちゃお腹減ってるんですよ。こんなの初めてで。それで冷蔵庫を見て作れるものを検索して……」
「今に至る、ってことか」
「はい」
なるほど。本当に幽霊みたいな存在だったんだな。でもこれはもしかして……。
「ちょっといいかな。後ろ向いて貰ってもいい?」
「え?はい。いいですけど……」
そう言ってかなめちゃんは僕に背中を向けててきた。
「え?ちょっ、ちょっと!」
「ふむ……」
「何納得してるんですか!」
「実験?」
もっと別の方法も考えたんだけど、これが一番いいと思ってやってみたら案の定の結果で。
「後ろから抱きしめてくるなんて何を考えてるんですか!」
「でも逃げられたじゃん?やろうと思えば」
「そうなんですけど……。なんか出来なかったんです」
「あー……。やっぱりそうか。もしかして、というか、ほぼそうなんじゃないかって思ってるんだけど、幽霊的な存在から現実世界の存在になってしまっているんじゃないの?試しにここからバスルームにテレポーテーションできるかやってみて」
「あの……その前にこの腕……」
「おっとすまない」
僕はかなめちゃんを解放して両手に何も持ってないと言うようなジェスチャーをしてみせた。かなめちゃんはそれを確認してから両手を胸の前で組んで目を閉じた。
「どう?」
「出来ません」
「あー。やっぱりそうなんだ。でもこれは参ったな。実在のものになると、色々と不味い。まず、仕事場にどうやって行くか、からかな。人気女優が一人で電車に乗ろうものなら面倒なことになるのは間違いないから……。そうだな。タクシーで行ってくれ」
「一緒に来てくれないんですか?」
「仮にかなめちゃんのマネージャーになるにしても、今日明日で会社を辞められるわけじゃないからな」
翌日になってもかなめちゃんの状況は変わらずといった感じだったので、僕は腹を括って会社を辞めてマネージャーになろうかと考えていた。
が、それは強制的にそうなってしまった。