【第二話 存在】
一条かなめは制服のリボンの位置を直しながら話し始めた。
「えっと。自己紹介から始めた方がいいですか?」
「頼んでもいいかな。名前が一条かなめというのと、最近人気の女優さんってのは会社で聞いた」
「あれ?私のこと知らなかったんですか?」
「テレビ、見ないからな。雑誌も買わないし」
「うーん。映像媒体っていうのはそういうものなのかも知れませんねー。まだまだだな。私も。っと、気を取り直しまして。私は一条かなめ。堀宮学園高校の二年生です。そして知っての通り、女優業をやっております」
「うんうん。そこまではなんとなく現実っぽいぞ」
「だから現実ですって。それで、なんでここにいるのか、ですよね?」
「そうだな。まずは僕の家の鍵を返してもらえるかな?」
「えー。なんでですか」
「なんでもなにも。知らない人に鍵を預けないって両親に言われてないか?」
「知らない人、ですか」
「そうだろ?」
「私は健一くんのこと、知ってます」
「なんで?」
「なんでって……。その……。信じて貰えるか分かりませんけど、西条かなめって覚えてませんか?」
「西条かなめ?」
どこかで聞いたことがある名前だ。そうだ。僕が中学生の頃に迷子になった女の子を迷子センターに連れていったことがある。その時の子が確か、西条かなめって言ってたような気がする。なんで今頃そんな記憶が戻ったのか分からないけど、そんな気がした。
「思い出してくれましたか?」
「西条かなめって子かどうかはハッキリしないけども、なんとなくは。でもその西条かなめって子と、目の前の一条かなめになんの関係があるんだ?まさか同一人物でその時のお礼に来たとか?」
「うーん。惜しいです」
「どの辺が?同一人物ってとこ?お礼に来たってこと?」
「全部です」
んんん???全部惜しいってことは違うってことか。
「勿体ぶらないで教えてくれよ」
「そうですね。ここははっきりとさせておいた方が良いですね。私、西条かなめちゃんに言われてここに来てるんです」
「西条かなめとは別人ってことか」
「別人……。うーん。ちょっとややこしい話なんですけど、世界線が違うんですよ。西条かなめは私の本名で過去に存在してたの」
「してたって。過去になっているのは何か理由があるの?」
「死んでるんですよね。西条かなめ」
「ええっと。西条かなめは一条かなめちゃんと同一人物だけど、その西条かなめは死んでて一条かなめだけ生き残った?いや、違うか。世界線が違うってことは、死なずに済んだ世界線の西条かなめが今、目の前にいる一条かなめ、ということ?」
「あ、正解です。なので私、身寄りがないんですよ。だからこの家にお世話になろうかと思いまして」
「なんでそうなるんだ。ってか、今までどこに住んでたんだ」
「お墓?」
「おい、からかうのは無しだぞ」
「本当なんですって。西条かなめのお墓の前に行くとどこだか分からない家に行くんです。でもその家はこっちの世界では見当たらなくて。だから、こっちの世界では家がないんです」
「だからってなんで僕の家なんだ?」
「西条かなめの唯一の知り合いが健一くんなんです」
「唯一って。ご両親は?」
「西条家は皆、亡くなってます」
「なるほど。それでこっちの世界では身寄りがないと。にしても僕の家にどうやって入り込んだんだ?」
「えっと。いつものようにお墓の前まで行って、健一くんの事を考えながら目を閉じたら、この家の部屋に」
「うーん。にわかには信じられない話だな。そうだ。そのお墓ってどこにあるの?」
「ええっと。青山にあります。今から行きますか?」
僕たちは電車に乗って青山の霊園を訪れた。途中、有名女優だし大変なことになりそうだと思ったのに、誰も見向きもしなかった。というより、そこに誰もいないかのような素ぶりすら感じられた。
「ここです」
案内された墓石には確かに西条家と書かれている。横に回って納骨されている名前を確認したら、確かに西条かなめの文字が刻まれていた。
「どうやらここまでは本当みたいだな。それじゃ、次なんだけど、いつも行ってるっていう家に僕も行けると思う?」
「うーん。やめておいた方が良いと思います。なんか得体の知れない世界なので。私も夜を明かすくらいしか行ってないんです。朝起きて準備をしたらすぐにこっちの世界に来るんです」
「それじゃ、僕の家に行くのは出来る?」
「それなら可能だと思います。昨日も今日もやりましたので。でも健一くんも一緒に行けるのかは分かりません」
ものは試しだ。僕は一条かなめの手を取って墓石の前で一緒に目を閉じた。
「うーん。これは本当なのかも知れないな」
隣にいたはずの一条かなめは手に僅かな感触を残して消え失せていた。多分彼女だけ僕の家に飛んで行ったのだろう。僕は家電に電話をかけてみた。するとすぐに受話器が取られた。
「もしもし?かなめちゃん?」
「何言ってるの。私。坂下です。なんか今日変なことを言ってたから様子を見にきたら……。鍵が開いてたから中に居るのかと思って。で?なんでその一条かなめが健一くんの家に居るってことになってるの?何かの実験?」
「そう。実験。なんかテレポーテーションみたいなことが出来るらしいので実演してもらった。確かに僕の隣からは消えたけども、そっちには行ってない?」
「えーっと。ちょっと待ってて」
受話器を持ったまま歩く音が聞こえる。部屋の中を確認しているようだ。そしてバスルームのドアを開く音がした後、受話器から坂下さんの声が戻ってきた。
「居ないわね。狐にでもつままれたんじゃないの?」
「なのかなぁ。なんにしても僕と無関係な人じゃなさそうだからお墓に花でも供えて帰るよ」
「お墓?」
「そ。あー。説明するのが難しいから、駅前の喫茶店で待ってて貰えるかな。ここから三十分くらいで行けると思うから」
僕はそう言って電話を切ってから事務所で花を買って供花してから自宅のある駅を目指した。