【第十一話 タイムトラベル】
「う……うう……。ここは……」
僕は霞む視界を取り払おうと強く瞬きを繰り返す。
「病……院?」
僕は起きあがろうとしたけども腹部に痛みが走って再びベッドに倒れ込んでしまった。そういえば刺されたって言ってたな……。帰って来たのか。現実世界に。
「あ!」
「君は……」
陣内リポーターが僕のことを見て走って去っていった。でもこっちの世界になんで?不思議に思っていたら父親の陣内医師が僕のところへやってきた。
「気がついてよかった。それで?体組織は持ち帰って来られたかな?」
「え?」
「髪の毛でもなんでも良いって言っておいたはずだが」
僕は向こうの世界での出来事を思い出してポケットから、かなめちゃんの髪の毛が入った袋を手渡した。
「おお。本当に持ち帰って来たのか」
「あの。これは一体どういうことなんですか?」
「ん?そうか。説明がまだだったね。うん。そうだな……。君は死後の世界を信じるかね?」
「信じざるを得ない、ですかね」
「そうだろう。君が見てきた世界は恐らくはそういう世界だ」
「あの。かなめは……僕の妹はどうなってるんでしょうか?」
「西条かなめは、残念ながら。でも彼女が向こうの世界とこちらの世界を繋いでくれたんだよ。立てるかい?」
僕は栄養液の点滴を外してもらってから、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
「歩けるかな?いや、流石に無理だな。おい。隆二、車椅子を持って来てくれ」
陣内リポーターが車椅子を持って来てくれて僕は陣内医師の後ろをついて行った。
「安置室、ですか?」
この病院は向こうの世界の病院と同じところのようだ。安置室への道順が同じだ。
「ここだ。いいかい?これから目の当たりにするのは現実だ。決して目を逸らしてはならないよ」
恐らくはこの部屋にはかなめの遺体があるに違いない。そう確信しながら部屋に入って行った。
「え?」
そこには確かにかなめの遺体があった。しかし、その横には居るはずのない人物が立っていた。
「坂下……さん?」
なんだ?何があったんだ?なんで坂下さんが?僕と無理心中を図ったんじゃ?
「あ、健一くん。目が覚めたんだ。そしてお帰りなさい。間に合ってよかった。本当に良かった」
「え?え?」
「説明するね。でも落ち着いてね。目の前にいるのは、西条かなめ。健一くんの妹さん。それでね?私は坂下美咲」
「うん。それは分かってる。でもなんで坂下さんが……」
「向こうの世界のかなめちゃんになんて言われたのか分からないけど、私と健一くんを刺したのは、ここにいるかなめちゃん。私と健一くんが一緒になるのが許せなかったんだって。それで……」
「僕らを刺した後に自分も?」
「そう」
「ここからは僕が話そう」
僕が困惑していたら陣内医師が説明を続けてくれた。
「僕はね。一種の仮説を立てていてね。意識のない状況にある人体は意識のみ、別の場所にいるのではないか、と。起きた患者が夢を見ていた、ということは良くあってね。それを僕は研究していた。そして君が搬送されてきたんだよ。見事に意識が無かった。彼女もね」
陣内医師はかなめを指さしてそう言った。
「続けるよ。坂下さんは意識があったんだよ。でも、病院に到着するなり、向こうの世界に君が囚われていると言い始めてね。最初はショックによる狂言かと思ってたんだが……。僕が立てた仮説を証明する機会だと思ってね。坂下さんには再び昏睡状態になってもらった。いや、これは坂下さんの自由意志で、だよ」
「助けに来た?ってこと?」
「そうね。それで間一髪。墓跡に突っ込まれる前にこちらに引き戻すことができた」
「あのまま墓跡に突っ込んでしまっていたら死が確定してたのか……」
そして三週間が経過して僕と坂下さんは退院を迎えた。
「そうそう。遺伝子、解析ができたよ」
退院の手続きをしていたら陣内医師がやってきてそんな事を言ってきた。
「例の髪の毛ですか?」
「ああ。非常に興味深い結果がでたよ。なんと遺伝子が異なっていた。向こうの世界の一条……西条かなめは別人、という事になる。そこで、だ。一つ聞いておきたいのだけれど、西条かなめには姉妹は居なかったかな?」
「居なかった、と思いますが……」
「そうか。でも気を付けてくれたまえ。持ち帰ってきた遺伝子は別人のものだ」
「何が言いたいんですか?」
「全くの別人がこちらの世界にいる可能性がある、ということだよ」
「脅かさないでくださいよ」
そう言ったものの、一抹の不安は残る。坂下さんと僕はバラバラにいるのは危険と判断して僕の家で一緒に暮らす事にした。
そして。それから半年が経過した。
「結局、なんもないな。取り越し苦労、だったのかな」
「それならそれで良いと思うよ」
「そうだな。さ、そろそろ寝るか」
僕たちはベッドに潜り込んで電気を消した。そして僕は眠りに落ちた。
「……いち。健一ってば」
「ううん……なんだよ……坂下さん……。今日は土曜日じゃ……」
「そうだね。今日は土曜日だよ」
「だったらなんでこんなに早く……」
「え?」
眠い目を擦って視界に入ってきたものは……。
「は?かなめ?」
「はぁい。せいかい。かなめでぇ〜す。このまましちゃう?」
「いや、って……」
「動ける?」
起きあがろうとしたのだが、支えようとした手が結ばれている事に気がついた。そして、生暖かいものでシーツが濡れていることにも気がついた。
「ん!んんんっ!」
「だぁめ。大声出しちゃ。健一は私と一緒に死ぬの。お姉ちゃんと一緒の世界に行くの。坂下さんは先に向こうの世界に行ってるよ?」
隣を見たらそこには惨殺された坂下さんが横たわっていた。
「んんん!ぷはっ!なんなんだよ!一体なんなんだよ!」
「なにって。お兄ちゃんが逃げちゃうから。今度は確実に、ね?」
そう言われてから僕の腹に激痛が走る。二度、三度……。そして、徐々に意識が遠くなる。
「かなめ……君は……一体……」
そこまで呟いたのは覚えている。
「あ、目が覚めた!」
「え?」
僕は再び病院にいた。運ばれたのか?にしてもあの状況でかなめが救急車を呼ぶとは思えないし、一体何があったのか。
「もう、心配したんだから」
そう言われて目を移すとそこには坂下さんがいた。どうなってるんだ?あの日、坂下さんは……。
「そうだ。今日は何日だ?」
「今日は九月二十日だよ」
「え?」
九月二十日。僕の前に一条かなめが現れた日付だ。
「西暦は?」
「二千二十五年」
「え?え?」
僕はタイムトラベルしたのか?過去に戻ったのか?そもそも、僕は刺されて死んだんじゃないのか?ここはまた死後の世界なのか?頭の中に無数の疑問が湧き上がる。
「一条かなめは?」
「一条?」
「そう。かなめって子なんだけど」
「んー。その名前の人なら隣のベッドに居るみたいだけど……。知り合いなの?」
「坂下さんは知らないの?」
「うん。同じ病室にいる人ってだけ」
「そうだ。陣内医師はいるか?」
「陣内先生?いるけどどうして?あ、目が覚めたんだから呼ばないとだ」
そして坂下さんはナースコールのスイッチを押した。程なくして看護師の方がやって来て状況を確認、陣内医師を呼びに出て行った。
「ちょっと確認なんだけど、坂下さんって死んでる?」
「え?どういうこと?死にそうになってたのは健一くんの方だよ?」
何がなんだか分からない。とにかく僕は腹を刺されてここに……。
「あれ?刺されてない」
「何を?点滴のこと?」
「いや、そういうのじゃなくて……」
「もう、さっきから変だよ?」
変も何も。僕は死後の世界から現実に戻ってきて……。それで坂下さんと一緒に暮らして。そこにかなめが現れて僕と坂下さんを……。違うのか?
「やあ。目が覚めたみたいだね。気分はどうかな?」
「陣内先生。僕は一体……」
「そうだね。混乱してるようだね。でもその様子だと成功したみたいだね。君は隣に寝ている一条かなめを救うために一種の実験に付き合って貰ったんだよ。あ、もちろん君の同意を得てだよ?あとで同意書も持って来よう」
「一条かなめを救う?あの、隣に寝ている一条かなめと僕の関係ってなんなんですか?」
「少々プライベートな内容になるが、そちらの方に話しても?」
「ええ。構いません」
僕は坂下さんを見ながら返事をした。
「君は隔離世界に飛んでいた、と思われる。僕の予想通りならね。隔離世界というのは死後の世界と現実世界の狭間……。分かりやすく言うと三途の川を渡る前、ってところかな。君はその世界で一条かなめに遭遇してるね?」
「はい」
「そこではもう一人のかなめ、西条かなめは居たかね?」
「はい」
「ふむ。ここまでは想定の範囲だ。次に。そこには私は居たかね?」
「はい。その陣内医師に君は死後の世界に行っていた、と言われていました。これは一体どう言うことなんでしょうか?」
「ディープダイブも成功したんだね。君は死後の世界の夢の中にも入ることが出来たんだよ。そして見事そこから一条かなめを引き戻すことに成功した」
「ちょっと待って下さい。一条かなめは僕のことを殺そうと……」
「ほう。それは興味深い。何があったのか説明してもらえるかな?」
僕は起きたことを陣内医師に説明した。目覚めたら一条かなめが僕の目の前にいたこと、その一条かなめにはドッペルゲンガー、西条かなめがいたこと。そして、西条かなめは僕をその世界に縛りつけようとしてたこと。
「ふむ。続けて」
「はい。それで現実世界に戻って来たと思ったらどちらのかなめなのか分かりませんが、僕と坂下さんを……」
「殺そうとした、と言うことかな?」
「はい」
「話を聞くにその最後に出てきたというかなめちゃんは隣に寝ているかなめちゃん、一条かなめで間違い無いだろう。君はディープダイブして狭間の世界の更に夢の中にいた。そこから引き戻すには強烈な印象、戻るというきっかけが必要だった。そこで一条かなめはドッペルゲンガー、西条かなめを生み出した。君は西条かなめに連れられて狭間の世界に戻って来たのだろう?でもそこから出るには更に強烈なきっかけが必要になる。それで一条かなめは君を殺そうとしたんだろう」
「ちょっと待って下さい。話がわからなくなってきました。そもそもかなめちゃん、一条かなめは何故僕のことを?今回のことは僕の意思で行ったんですよね?」
「そこから先は彼女に聞いてみるといい」
そう言われて陣内医師の視線の先を見ると、一条かなめが起き上がってこちらを見ていた。
「おはよう。西条さん。私のこと、誰かわかりますか?」
「えっと……」
ベッドの上の名札には『一条かなめ』とある。それ以上のことは僕にはわからない。
「ですよね。分かりませんよね。私、西条さんに助けて、ってお願いしたんです。私、品川水族館の池に転落して……。暗かったから誰も気がついてくれなくて。もうだめだって思った後に水から引き揚げられたような感覚があって。それで助けてって」
「それで助けた君を僕は自ら志願して意識の深層から救おうとした、と。そう言うこと?」
「簡単に言えばそう、らしいです。私が目覚めたのは昨日で、陣内先生からそう聞いただけで。でも私が西条さんを殺そうとしたって本当ですか?」
「ええっと。恐らく。でも陣内先生が言うにこちらの世界、現実の世界、に戻るためにやったことだし別に怒ってはいなんだけど」
「そうですか。それを聞いて安心しました。これで心置きなく連れて行けます」
「え?」
「私の名前は一条かなめ。健一くんを呼びに来た女の子。これから一緒に元の世界に戻ります」
「ちょ、待って。元の世界って。ここが元の世界じゃないの?」
「元の世界ですよ。でも健一くんが居るべき場所はここじゃない」
「え?」
そう思った時だった。一条かなめがベッドの上から消え去った。
「なに⁉︎何が起きてるの⁉︎」
坂下さんが叫ぶ。僕も同じ気持ちだが、嫌な予感がする。そして僕は陣内先生に状況の確認をしようとしたのだが……。
「人体実験なんてバレたら大変だからね。大丈夫。彼女もそちらに送ってあげるから」
陣内先生にそう言われた直後、僕はベッドに倒れ込んで……。そこからは覚えていない。
「あれはなんだったんだろうなぁ」
朝起きてスマホを見るといつもの起きる時間。日付は九月二十日。何も変わらない一日が始まる。
「なんか色々と変な夢を見たけども。生々しい感じがしたな……」
僕はベッドから起きて部屋を一巡したけども、あの夢の中で出てきた一条かなめの姿はなかった。やはり夢だったのだろうか。僕は頭を掻きながら洗面所に向かって歩き始めた。
「健一くん」
「え?」
「また来ちゃった」
「かなめ……ちゃん?」
どういうことだ?あの夢は夢じゃなかったのか?そもそも、どこから入ってきた?夢の通りなのか?
「混乱してるだろうけど、またこの世界から抜け出す方法を考えましょう?今度は西条かなめも一緒に」
そう言われたと思ったら僕たちは病院の前にいた。報道陣も居る。あの時に戻ってきたとでも言うのか?
「行きましょ」
一条かなめがそう言って歩き始めたが報道陣は何も反応しない。僕が隣をすり抜けても誰もも反応しない。まるで幽霊にでもなったような気分だ。
「この中に西条かなめが居るんだよな?」
「そう。今度は一緒に」
「坂下さんは?」
「一緒にいるよ。西条かなめと」
確か坂下さんがこの世界に僕を縛りつけようと……。一条かなめと坂下さんは僕をこの世界に縛りたいんじゃ……。このまま一緒に進んでも良いのか?この場から逃げたほうがいいのか?でもどこに?
「かなめちゃん。僕はこれからどうなるの?」
「戻ってもらいます」
「どこに?」
「最初は坂下さんも一緒に戻って貰いたかったんですけど……。何度やってもダメなので、健一くんだけで戻ってもらいます。そして陣内先生のことを……」
そう言ってから安置室の扉を開くとそこには夢の通りに西条かなめと坂下さんがいた。「あれ?陣内先生は?」
「あそこにいるよ」
「わっ!」
開かれたドアの後ろに立っていて見えなかった。そして陣内先生は壁にもたれ掛かり、そのまま床に座り込んでしまった。
「陣内先生?大丈夫ですか?」
「大丈夫。私が仕留めたから。その人がこの現象を引き起こした張本人だから」
そう言って坂下さんは血のついたナイフを床に捨てた。
「くっそ……。失敗……、したのか……」
「陣内先生!」
「はは……。まだ君は僕のことを信じているのか?」
「一体何が起きてるっていうんですか⁉︎」
「簡単話だよ……。僕は君たちを人体実験に使った。向こうの世界で説明しただろう?」
「でも、それは僕が一条かなめを救うためだって……」
「一条かなめの意識をコントロールすることは出来なかったようだ……。私は……、ガフッ……。はー……全員救いたかった。しかし……。君は彼女たちに何をしたんだ?」
「僕は……」
徐々に記憶の蓋が開けられてゆく。坂下さん。彼女は僕の彼女だ。それは間違いない。そして西条かなめ。彼女は僕の妹だ。最後に一条かなめ……。彼女だけはどうしても思い出せない。陣内先生は僕が彼女たちに何かをしたと言っている。僕は一体何をしたんだ?
「かなめちゃん……。一条かなめは僕のなんなんだ?」
「私?私はね?健一くんの夢の中だけにいる存在。本来は坂下さんもそっちのかなめもこっちの世界に居てはいけない存在なの。なのにそこの陣内に言われてこちらの世界に。健一くんは現実世界で瀕死なの。それを助けるために坂下さんとかなめがやってきた。でも皆で戻る方法を何度も試してみたけどもダメなの。だったら健一くんだけでも、っていうのが今回の試み。私たちのお願い、聞いてくれる?」
「お願いってなんだ。そんなのこの陣内先生に戻る方法を聞けば良いんじゃないのか?彼だってなんらかの方法でこちらに来てるんだ。帰る方法もあるに違いないじゃないか」
「はは……。察しがいいな。しかしながらそれももう叶わない。君たちが僕の真実を知ってしまった。ここまで言えば分かるかな?知られてはならないんだよ。目的を終えて帰ると思えば帰れるはずだったんだよ。それ以外は、この世界で死ぬしかない」
「え?」
「ということだから」
その声と共に背中に衝撃を感じた。
「うっ……。なん……で……死ねば戻れるならなんでこんな事を……」
「ダメだったの戻るために電車に飛び込んだけども復活しちゃった。多分、なんだけど現実世界の私たちの身体はもう……」
そこまで聞いて僕は意識が遠くなっていった。
「くっそ」
目が覚めた僕は日付を確認した。九月二十日。例の日だ。なぜこの日なのか。また部屋に一条かなめが現れるのではないか。そう思っていたけども現れることはなかった。そして僕は病院に向かった。そこに皆がいる事を願って。
「あの、陣内先生はおられますか?」
受付でまずは聞いてみる。しかし、返ってきた答えは色良いものではなかった。
「陣内という人間はこちらの病院にはおりませんが……」
そして、僕は次の可能性を求めて芸能事務所へ向かった。かなめちゃんがいる可能性を考えて。
「あれ?西条さん?」
「あ!神崎さん!一条かなめ……。かなめちゃん知らない?」
「え?どういう事ですか?かなめちゃんなら昨日葬儀が終わったところじゃないですか。大丈夫ですか?」
「葬儀?」
「はい。ランニング中に池に転落して」
そんな事で死に至るのか?僕は詳細を確認した。訝しがりながらも神崎さんは教えてくれた。
「そう、だったのか……」
一条かなめは本当は殺されたのではないか、犯人の目撃者がいたらしい。行き過ぎたファンの犯行だろうか。と。
「そうだ。坂下さん。坂下さんなら何か知ってるかも」
死ななければこちらに戻ってこないと言っていたが、万が一がある。僕は坂下さんの家に向かって歩き始めた。
ピンポーン
呼び鈴を鳴らすが反応はない。電気メーターを見ると回っているから、寝ているのか出掛けているのか。しばらくここで待っていよう、と思っていたらエレベーターの扉が開いて坂下さんが出てくるのが見えた。
「坂下さん」
「あれ?健一くん?なんでこんなところに?」
「いや、かなめちゃんの件で。ちょっと話、出来るかな」
「それは難しいかなぁ」
「なんで?」
「だって私も死んでるんだもん」
「え?」
「正確に言うとね?健一くんをあとで迎えに行こうと思ってたところかな」
そういうと坂下さんは鞄からナイフを取り出した。幽霊に殺されるとでも言うのか?あのナイフは現実世界のものなのか?今までのことがあって訳がわからなくなっている。
「坂下さんはなんで僕を殺そうとしてるの?」
「簡単なことよ?健一くんは一条かなめの鍵になってたんだもん。西条かなめをせっかく殺したのに。また生き返るなんて。私はね?自由になりたかった。覚えてないの?健一くんは私に何をしたのか」
「なんだって言うんだ」
「ほら。記憶にない。都合が悪くなるとすぐに違う世界に行っちゃう。健一くんは私のことを好き放題して殺そうとしたじゃない。そしてそれは現実になった。ほら、思い出して?」
「僕が坂下さんを?」
「まだそんなこと言うの?私は健一くんのおもちゃにされてたのよ?それなのにかなめという女を」
「待って。西条かなめは僕の妹だよ」
「だから殺した」
「一条かなめはどうなんだ?彼女も坂下さんが殺したのか?」
「一条かなめも西条かなめも私が殺したわ。でも一条かなめに私も殺された。もう分かるでしょ?」
「そんな……あの世界に呼んだのは坂下さんだったっていうのか?」
「そうね。陣内に頼んで健一くんを向こうの世界に連れていってもらったわ。そして、ここで……」
「僕は死ぬのか」
「そうしてくれると助かるわ」
僕は陣内先生の言葉を思い出した。帰りたいと願えば帰れると。この世界は現実世界じゃない。だって坂下さんは殺されたと言っていた。死人が歩くはずがない。
そして、僕は元の世界に戻りたいと強く願った。と同時に坂下さんが襲いかかってくるのが見えた。
「僕の方が一歩早かったみたいだな。そして、ここが現実世界。もしかしたら坂下さんも一条かなめという人物も僕の夢の中の出来事なのかもしれないな」
そう思ってスマホを見ると日付は九月二十日を示していた。
「まさか……」
そう思って慌てて起き上がって部屋を確認したが誰もいない。スマホの連絡先を確認したが坂下さんも一条かなめの文字もない。やはり夢だったようだ。念の為、西条かなめについても確認しておこう。そう思って青山の霊園に向かって墓跡を確認した。
「なん……だ……と?」
そこには僕の名前が彫られていた。そして、西条かなめの文字はない。そうだったのか。最初から僕は死んでいたのか。今までのことは僕の願望。僕は……。
「今年も来たよ。健一くん」
振り向くとそこには坂下さんがいた。
「坂下さん?」
「もう三年になるね。そっちでは妹さんと仲良くしてる?」
「坂下さん!」
「でも変な夢を見たなぁ」
「さかしたさん!僕のこと見えてないの?」
「さて。今年もお墓参りしたし、帰るとしますか」
そんな……。死んでいたのか。僕は最初から死んでいたのか……。そうだ。かなめのところに行かなくては。
僕は直感的にそう思い、かなめの住む家に行きたいと願った。
「かなめ、かなめ……」
僕は寝ているかなめを起こそうと呼び起こす。
「んー……。誰?」
「かなめ、僕だ。健一だ」
「きゃっ!誰ですかっ!警察呼びますよ!」
「僕のことがわからないのか?」
ここまで言ってハッとした。僕の前に一条かなめが現れた日のことを。
「そうだったのか……。かなめ、かなめも……」
「うん。実験は成功のようだ。もういいよ」
はい陣内先生。
「脳波の揺れが見られたし死後の世界、というものがある可能性を見出した。これから僕も向こうの世界に入ってみることにしよう。やってくれ」
その後の事は世間では多く語られる事はなかった。世紀の発見だというのに。それもそうだ。陣内は戻ってくる事はなかったのだから。
死後の世界。そこには無数に絡まる意識が混在し、囚われると抜け出せない迷宮。
しかし、ヒトはそれを追い求める。
そこに探究心がある限り
ここまでお読み頂きありがとうございます。
感想があれば頂きたいのですが、良いと思ったら感想欄に「グッド」とだけ書き込んでくださいますと次回作の意欲に繋がります(作者が喜びます)ので、よろしくお願いします




