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「月」  作者: 道宮真澄
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「月」

空には、半月が出ている。自分は、来月にはここに居るんだ。

そう物思いにふけっていたのは、大学生になったばかりの大宮昴だ。

若くして宇宙の知識は世界が認めるほど多く、何個かの論文も掲載してきた。前期授業が終わったら、宇宙服での活動を訓練した後、月に旅立つ。

JAXAの企画する月面建設計画「きぼう」に参加している彼は、将来を期待されてこの計画への参加の特別オファーが来ていた。

本来、一昔前ならロケットにも耐えられるよう、耐G訓練もある。それについても、1世紀近く昔の技術となっていたスペースシャトルを使う方法で解決しようという様々な試みの上に成り立っている。

後ろから声がする。

「昴、今日はプレアデス星団は見えるか?」

「見えないよ…今まだ昼じゃんか」

いたずらっぽく笑みを浮かべて、昴をつつく。彼は同級生で、この大学の首席だ。昴は宇宙に関係する知識こそ多いものの、文系の教科はことごとく壊滅的で、小説読解などは正しく死んだも同然の成績だ。そこらへんを彼は支えてくれている。

「鈴木こそ、僕と一緒に空にでも行きたいんでしょ?」

「鈴木空だからって何が何でも飛びたいわけじゃないぞ、まぁ階段二段程度なら飛ばすけどな」

「ふふっ…」

昴はくすっと笑った。

「にしても、月の基地建設プロジェクトに立ち会えるくらいに専門知識は深いんだよな。大学の首席ってだけで、俺はお前みたいな宇宙の底より深そうな専門知識がないんだ、うらやましいってやっぱり思う」

「今に始まった話じゃないでしょ、それ。こっちだって文系教科できるのうらやましいんだからこれでクリアー。隣の芝生はいつだってきれいに見えるのさ」

「青いの間違いじゃないか?」

「あっ」

「苦手だなあ、やっぱ」

昴は恥ずかしがるでもなく、続けて今度のプロジェクトで得た最新の情報を話した。

「あ、そうだ、また新しいこと教えてくれてね。月で建設した後、一か月そこに居残るっていうミッションがあるみたいで」

「へぇ?面白そうじゃんそれ」

「通信基地も建築に含まれるって言ってたから、ちょっとしたタイムラグを気にしなければ不自由なさそうなんだよね」

「ってことは、滞在するつもりなのか」

「うん、留学の枠で許可も取ってもらったし…滞在しなくても結局結構かかるからね、月面宇宙港」

「でも、変っちゃ変だよなぁ。月面の宇宙港とかの前に軌道エレベーターの竣工が先だと思うんだけど」

「あー…実は軌道エレベーターってNASAなんだよね、運用が。だから向こうのスケジュールで動くことになってるっていうし、日本製のモジュールも多いけど、所有者はアメリカなんだ」

「初めて知ったぞそんなこと」

「そりゃあ…鈴木は大抵ニュース見ないじゃないか、参考書と論文はよく見るのに」

「まぁ確かに」

「そこで、日本のモジュールの中でも大型のものを月面で作れば、作りやすいんじゃないかってなってる。資材を月に運んで、製造して、持って帰ってくるっていう感じ…」

「モジュールってそんなに重いのか?」

「宇宙エレベーターの中で一番重要な部分で、一番大きいんだ。エレベーターと動力室、与圧室に生命維持装置を包括してる。下手すれば内海を回るフェリーより重いよ」

「フェリーより重いのか…そうだとしたら確かに地上で作ったのを打ち上げるのは無理があるな」

「そうなんだよね、その点月の重力は6分の1だから、製造もしやすいし、資材さえ運べば製造コストも抑えられるしで、エレベーターが開通した後の運用も考えてあるんだ」

「すごい計画なんだな、「きぼう」って」

「そもそもJAXAがやってる計画に限らず、宇宙開発はいつでも世界の一番先を歩いてるんだ。まぁ30分遅れとかざらにあるけどね」

「火星でも数十分は通信に時間がいるもんな」

「うん」

昴が腕時計を見て、急に焦りだした。

「やば!午後始まっちゃう!」

昴はそのまま、走って校舎に入っていった。

「頑張れ~、俺は次休みだから」

「うん!」

大学の生活は自由で忙しかった。自由なほど時間がないというのはあながち間違いではなかったようだ。

「ああ…疲れた」

そうやって昴が家のベッドで呟いたのは、午後7時を回った頃だ。

疲れたところで一日が終わるわけではない、彼は未だ不足の知識を詰め込まなければならなかった。

「今日はレポートもあるのか…でも提出とかちゃんとしないと単位取れないからなぁ…」

夕食という名のコンビニ弁当を口に詰め込むと、そのまま机に向かってレポートに手を付ける。そのあとには宇宙工学も学習しなければならない。忙しいという言葉は彼によく似合った。

そのような日常もつかの間に、前期授業が終わると、昴は荷物をまとめて筑波宇宙センターへ足を運ぶことになった。鈴木に見送られて、彼は迎えに来た車に乗っていった。

それからと言うもの、彼は訓練尽くしだった。宇宙服は重く、動かしにくさにはとにかく慣れる以外に方策がなかった。少ない体力で長い訓練をするには不向きで、小分けにはされたものの、それでも従来の彼の運動量からは考えられない運動量だった。それでも昴は合間に勉強を仕込んだ。それらが月面での成果に直結することを、昴は認識していた。

打ち上げの日、対面を特例で許可された鈴木は彼を見ると駆け寄った。月での滞在は3か月に及ぶ。鈴木はその間の分をかみしめるように昴の手を握り締めた。

「じゃあ、行ってくるね」

「ああ、頑張れ」

それだけの言葉を交わして、昴は保護服を着てスペースシャトルへ乗り込んだ。

UTC0:00、日本時間9時に離陸したスペースシャトル「きぼう」は、多くの要人と、そして鈴木に見守られて、種子島宇宙センターを発った。

スペースシャトルは順調に高度を上げて、ついに高度20㎞を超えた。だんだんと機体の角度はきつくなっていく。

宇宙の高度は最低100㎞、あと80㎞高度を上げなければいけない。

「メインエンジン、点火!」

ここからはロケットエンジンで一気に高度を上げていく。上げられた機首は宇宙を見据え、地球の大気を駆けあがった。

高度はたった15分で高度120㎞を突破し、さらに5分後には180㎞に迫った。UTC0:30には高度200㎞に達し、周回軌道に入った。そのまま位置調整をして、先に打ち上げられていた資材とドッキングし、月投入軌道へと軌道修正された。

翌日には月周回軌道へ調整し、UTC12:03に月面着陸に成功した。

アポロ計画からじつに30年以上たった月面着陸を、多くの人たちが見守った。アポロ11号の残した粗悪な画像は、カラー、高画質となって帰ってきた。

総重量400tにも及んだ建設物資は無事に着地し、昴達の乗るスペースシャトルも問題なく降り立った。世界で初めて、「スペースシャトルが」地球外で着陸した瞬間だった。

「さてと、ここからは俺たちで建設だ。まずは居住区を作る。そのあと、射出ポートと宇宙港を…」

昴は、そばに浮かぶ地球を一瞥すると、その作業の見学と重機での手伝いに回った。任されていた重機の操作で体力に難がある彼がお荷物にならないようにとの配慮だった。

建設は予定より少しだけ早く進んでいった。居住区、射出ポート、宇宙港、工場、そして残った日にちと資材で作られた展望台が完成すると、昴達はそのまま1日祝い、そのあとに竣工式を上げてそのまま昴を残して帰還船は打ち上げられた。

一人になった昴は寂しさを感じたりはしなかった。忙しいのは同じだったからだ。

これから二か月、昴は設置された工場と射出ポートの動作確認を任される。そのほか細かい作業が終われば自由ではあったが、いちいち時間が掛かるため自由時間は削れることもあった。

そんなこんなで二か月がたち、地上から通信要請が来た。通信は軌道エレベーターの建設が終了したことで、そのための演説の一部をお願いするものだった

通信が終わった少し後、急にメール通知が小さく響いた。

[そっちに行けるようになった]

そうメッセージが来て、昴は驚いた。

それから、嬉しくなって叫んだ。

[こっちに来るときに、僕のスマホも持ってきてくれない?]

そうメッセージを打ち返し、そのパソコンを閉じて目の前に浮かぶ地球を見た。

「鈴木、今君が見えるよ。月からの景色はとても綺麗で…」

日本の形をした陸地を眺めて、昴は微笑んだ。

「月は今冬だよ、マイナス200度はあるんだ。そっちはそろそろ8月が終わるころかな」

そのころ、鈴木は彼が出した招待状で宇宙エレベーターの開通式に行く準備をしていた。

「昴、お前ってやつは…」

鈴木はパソコンに来たメッセージを見て、「さては写真撮るつもりだな」とほくそ笑んだ。

数日後の開通式の日、中継は軌道エレベーターに取り付けられた通信アンテナによって月面にも放送された。逆に、昴のいる基地とも交信が確立された。

「私は今、この計画を見つめてきた聴衆の代表としてここにいます。この計画が成り立ち、成功し、そして稼働し始める今日、私は嬉しさと感動でいっぱいです。この計画は絶対に色あせない、そして忘れることは永久にできないでしょう」

鈴木が発言を終え、最後の発言者に選ばれた昴が発言した。

「今日は記念すべき日です。宇宙エレベーターの開通は、新たな宇宙開発の幕を開けるでしょう」

その言葉で始まった開通式は、日本やアメリカなど世界各国の技術大国がこぞって集まり、盛大なオーケストラによって祝賀され、そして開発代表の昴、招待者代表の鈴木や、他にも多くの技術者が発言した。

「今日、私は世界で初めて人類の降り立った月面で、この開通式を唯一月面で見ています。このエレベーターの開通は人類にとって小さな一歩ではなく、大きな一歩なのです。たとえ宇宙では限りなく小さい一歩であったとしても、私達はその積み重ね方を知っています。宇宙を開発するための大きな障壁を打ち壊した今日こそ、私達が誇り、大切にし、そして歴史へ刻むべき大切な一歩です。この一歩は、月面に残るアポロ計画の遺構のように、永久に残るでしょう」

盛大な拍手が巻き起こった。そのまま、エレベーターの外壁面にシャンパンが当てられた。

宇宙エレベーターが起動し、ゆっくりと、しかし急速に速度と高度を上げていく。

数時間後に見た景色は、球体の地球だった。そしてそこから鈴木はさらに月面連絡宇宙船に乗り込み、2日後には少数の人と共に月面へと降り立った。

「鈴木君、ひさしぶり」

「昴こそ久しぶりだな、元気だったか?」

「大丈夫だよ、毎日しなきゃいけない運動はしんどいけどね」

「そうか、ならよかった」

「あとで展望台に行かない?先に他の対応しないといけなくて」

「いや、大丈夫だってさ。不具合とかもないから自動システムの確認だけ」

「そっか…じゃあ」

「行こう」

揃って階段を上がって、展望台の景色を見上げた。

地球は、何者にも代えがたい景色で二人を包み込んだ。暗い宇宙に浮かぶ地球は、正しく神秘の惑星だった。

それは、もしかすれば月光を放つこの小さな惑星とはくらべものにならない美しさだった。そんなことには気づかないように、地球では町の光が影を照らし、月光が地球と二人の人間を照らした。

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