贈り人と置き去りの贈り物
結婚式の日が一か月後に近づいてきていた。
この一月あまりは、結婚式の準備で目まぐるしい忙しさだった。
招待状を出したのは、二か月前。
結婚式の日取りからは三か月前となる期間。
王族にもご足労頂くので、その位の期間は必要だったのだ。
贈り物も沢山届くので、使用人達も仕分けと目録作りに大わらわである。
私は日課もこなしつつ、ドレスの調整や、招待客から送られて来た手紙を読んで、返事が必要な物には返事を書く。
そして、数か月かけ、刺繍の練習を兼ねて、サラセニア王国の伝統の図案をハンカチに刺繍していた。
これは招待客にお配りする、最低限の贈り物として。
不格好ながら、最初に刺したものは、国王夫妻に贈った。
返礼に贈られてきたのは、何と人間である。
護衛騎士として側仕えに、と派遣されたのだ。
「お初にお目にかかります。アリーナ姫。私の名はカトカ・ヴァルツァーレク。辺境伯が長女ですが、騎士爵も賜っておりますれば、御身の護衛にと罷り越しました」
長女。
長女?
見た目は麗しい男性だ。
背も高く、すらりとしていて。
髪は私と同じ色、目は済みきった氷の様な、灰色と水色の混じった色で涼し気だ。
「長旅ご苦労様でした。よろしくお願いしますね、カトカ」
「よろしくお願い致します」
何か政治的な思惑があるのだろうか?
もしかして、厄介払いとかだったらどうしよう。
彼女にとって、私の元に来ることが嫌な事だったら、悲しいわね。
「姫様、私は望んで貴女の側に参りました。その様な心配げな顔はなさらないでください」
「え……そうだったのですか?嫌な仕事を押し付けられてしまった訳では?」
「ありません」
それを聞いてほっと胸を撫でおろす。
でも待って?
何故、望んだのかしら?
私を見たカトカはふっと笑う。
目が小さめで鼻は大きく、唇は薄い。
サラセニア王国の特徴がよく出た顔なのに、素敵に見えるのは何故かしら。
異国情緒溢れつつも、甘い笑顔だ。
「タナーモを栽培するよう王家から打診がありまして。植物の育たない辺境の畑を利用して栽培いたしておりました。先日、漸く実がつき、それもきちんと今も育ちつつあるので、あと十日ばかりすれば大きく育つと予想されております。その意味が提言くださった姫には分かるかと」
「ええ、食糧問題の解決とはいかないまでも、助けにはなるかと」
カトカは大きく頷いた。
そして、遠い目で故郷を見るかのように微笑む。
「我が辺境領は多くが寒冷地。麦も種類によっては耐えられますが、やはり植える時期、育てる時期は限られます。ですから、時期を選ばないタナーモはその空白期間を埋める事も出来るのです。貴女に感謝する人々が多くいる事を、お伝えしたかった」
たとえ思い付きだったとしても。
人を救ったり、喜ばれる行いが出来たのは良かった。
「有難う、カトカ。皆さんが喜んでくださって、嬉しく思います。貴女が来てくれた理由も分かって、良かったです」
少なくとも左遷や彼女への嫌がらせではなかったのだから、嬉しい。
彼女にとって良い環境であるように、私も主人として頑張ろう。
優秀な護衛騎士が付いたことで、私の行動範囲も格段に広がった。
孤児院や救貧院の慰問にも行けるし、貴族街でなら買い物も許される。
流石に、周囲は貴族だけといえど、エスコートもなしに飲食店に入るのは憚られたので止めておいたけれど。
小物を売るお店や、帽子屋なども覗いてみたが、どれもお高い。
身に着ける物は、贈るのに躊躇してしまう。
拘りや好みがあると、使ってもらえない。
私の実母はそうだった。
「有難う、嬉しいわ」
とは言ってくれる。
でも置き去りにされたり、埃をかぶった贈り物を見る度に胸が締め付けられた。
ミリーはそれでもあっけらかんとしながら言ったものだ。
「贈り物はあげて、お礼を言われた時点でもう忘れた方がいいんだよ。気持ちの問題だと思ってさ」
無理して使って欲しいとは思えないけれど、出来れば気に入ってもらえる物を贈りたい。
妹へのドレスはきっと喜んでくれる、と分かっているし、高い物でも一回着てもらえれば満足だ。
父と母は、それぞれ貴族として列席しても見劣りしない服は持っている筈なので贈らない。
代わりに、飾りに良い宝飾品を選んで贈った。
妹の婚約者のローガンの身体の採寸も、ミリーに言付けてお針子に出向いてもらったので、仕立ててもらった衣装は送ってある。
「ああ、そうだわ。カトカは普段から、騎士服を着ているの?」
「はい。裾の長い服は動きにくいので。ですが、どうしても女性同伴でないと行けない場所でしたら、きちんと着替えも用意致します」
にこりと爽やかな涼風のような笑顔を浮かべたカトカに、店員の顔が赤く染まるのが見える。
「今のところ、騎士服で問題ないから、貴女の服も買いましょうか」
「いえ、任務に必要な費用は陛下からも頂いているので問題ありません。それに専属のお針子と従者も連れてきて居りますから、大丈夫でございます」
用意がいい!
専属のお針子が居た方が、男女どちらの服を直すのにも丁度いいのね。
私は納得して大きく頷いた。




