それぞれの、母への想い
何処に穴を掘ろうかと素早く辺りに目をやるが、美しく整えられた花壇が並ぶ場所に来ていて、とても穴を掘れそうな場所など無い。
欲を言えばもっと向こうの、青々とした芝生の中一本の木がある場所まで行って、その根元に掘りたい。
などと考えていたら、嬉しそうなディオンルーク様の声がした。
「どうせ結婚するのなら、母と相性の良い方が良かったんだ」
それは、きっと、政略結婚を前提としている貴族の選び方だろう。
本来なら、本当に愛する人、自分好みの相手と結婚するものだ。
私は頷く。
それなら、きっと、私は合格だ。
今後もずっと、呆れられたり、失望されない保証はないけれど、私が侯爵夫人を嫌いになる事はない。
「母は厳しいだろう?」
「いいえ?」
言葉を続けそうだったのだが、それは違うので思わず否定して見上げた。
ディオンルーク様は、少し驚いたように目を瞠っている。
「お優しいですよ、とても」
「そうか?行儀指導が厳しくて、続かない令嬢も多かったと聞くが」
空いた方の手を後頭部にやって遠くを見るように頭を反らすが、私は首を傾げた。
「厳しい、というと何だか冷たい印象を受けるのですが……侯爵夫人には、とても穏やかで丁寧にご指導を頂いています。たとえ、その要求が高いとしてもそれは当然の事かと存じますので。……例えば理不尽な事は仰いませんし、見下すような言葉も目つきですらされません。心から尊敬出来る貴婦人でございますよ?」
「ふふ、そうか。君にはそう映るのだな」
嬉しそうな、照れくさそうなディオンルーク様の笑顔に、私は何だか懐かしい物を感じた。
心の中に芽生えたそれを、何だろうと照らし合わせたら。
ミリーだ。
私は彼がミリオネアと同じなのだと分かった。
思わずくすり、と笑みが浮かぶ。
「どうか、した?」
ディオンルークに尋ねられて、私は笑顔を向ける。
「ディオンルーク様の優しさは、わたくしの妹に似ているな、と思いまして」
「妹君と?」
「ええ。とても家族思いの子で、見た目が美しいだけでなく、中身もそれは美しい子なんです。恋人を連れて来ても、醜いわたくしを嘲る方であれば、その場で怒って叩きだしてしまうほど」
思い出して微笑むと、ディオンルークは足を止めた。
「そんな酷い男は、叩き出されて当然だ。それに君は醜くなんてない」
「へ?」
思わず私の口から洩れたのは間抜けな音だった。
いやいやいや。
醜いでしょう。
聞き間違え?
「君は愛らしいと思う。俺にとってはそう見えるよ」
「あ、あ……ありがとうぞんじます……」
奇跡?
奇跡よねこれは?
多分全人類の中できっと、この侯爵家の人々だけが特殊なのかもしれないわ。
何か魔法をかけられているのかしら?
もしかして呪いかもしれないわね?
いえ、違う。
アデリーナ様だわ。
彼女の影響で、きっと美醜の中の醜がちょこっとだけ平均とずれてしまったのね!
私にとってはとんでもない幸運なのではないかしら?
「母は若い頃、あまり身体が丈夫でなかったと聞いているんだ。だから、二人目の子供は無理だと。だから跡継ぎは俺しかいなくて」
「あの……わたくしはアデリーナ様に似ていると、お伺いしたのですが……」
だから、親しみを感じるのではないだろうか?と聞いてみる。
「そう。とても可愛がっていたよ。父と母の絆でもあったからね。だから、喪った時はそれこそ憔悴して、死んでしまうのではないかと心配するほどだった。……けど、君が来てから母が毎日嬉しそうで、俺も嫉妬しそうなほどだった。何時も何処か冷めた顔をしていたのに、あんな風に柔らかい顔をさせるなんて、君は魔法使いかもしれないと」
足を止めて、振り返る。
私も同じように、茶席を振り返った。
友人の公爵夫人と楽しそうにお話して、こちらに気が付くと小さく手を振る。
ディオンルーク様は大きく手を挙げ、私は会釈を返した。
「実は、わたくしも恥ずかしながら、侯爵夫人に母を重ねているのかもしれません」
辛い思い出を話してくれたディオンルークに、私も正直な気持ちを伝える事にした。
「母親?君の実母はまだご存命だろう?」
「ええ。……でも、愛されているのは理解しているのに、愛されていると思った事がないというか……無意識に母はわたくしを見下げてくるので、何というかわたくしが勝手に傷ついてしまうのです」
ディオンルークは、驚いたような顔をしている。
そりゃあ、実親に愛されないというか、微妙な関係というのは驚きますよね。
私だって、理解はしている筈なのに、心が拒否してしまう。
「侯爵夫人はとてもお優しい目を向けて下さって、たとえ花嫁に選ばれなくても、お側でお仕えしたいと思うほどでしたの」
「参ったな。母上に花嫁を取られるとは思わなかった」
花嫁、と言われて、また私の顔が熱くなる。
「その、ですけど、お言葉を交わす内に、ディオンルーク様も素敵な方だと、その、思う様になりまして……」
「そうか。それなら嬉しい」