ジャンボ餃子のエグみ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
はふー、食べた食べた。
久しぶりにビュッフェに行ったけれど、こうもお腹ぽんぽこりんになるまで食べるのは、本当にレアケースだよ。こりゃあ数日間は食事控えめコースかなあ。
時間内、一定の値段で食べ放題……となると、ついつい詰め込もうとしてしまう。これもまた命の心理ってやつかなあ。
取れるときに、思いきり取っておく。次はいつ、どのような機会に恵まれるか分からないから。
野生においては特に大切な考えであり、この飽食な人間社会においても、いつまでもお店が存在してくれるとも限らない。順調に見えても、いかなるトラブルで閉店してしまうか読めないし。
食べ放題は、その名の通りに、決められた範囲内でなら個々人の自由でいろいろなものを食べることができるシステム。
店によってはテーブルからデジタルで注文できるケースもあるが、昔ながらの店員さんへじかに注文するスタイルだと、混乱も多い。
それらのトラブルもアナログなシステムの味かもしれないけど……ときに、思いもよらない事態を招く恐れもあるかもね。
ふー、電車を待つまでの間でも、ちょっと話を聞いてみないか?
以前にいとこが話してくれたことなんだけどね。
いとこは気の置けない友達と、年に数回、節目節目で飲み会を開いているんだそうだ。
その日のお盆明けにも、みんなが都合つく日を選んでね。とあるお店の食べ放題コースを楽しんでいたらしい。
行きつけのお店はいくつかあったが、いとこたちは新規開拓にも積極的。その日ははじめて訪れるお店だったらしい。
普段は食べるペースが早く、どんどんとメニューを頼んでいくいとこたちなのだけど、今回は比較的ゆるやかだった。
一品、一品のボリュームが、いわゆる学生向けのドカ盛り仕様だったからだ。
一皿でも2,3人で立ち向かうのがちょうどいいくらいで、それを参加人数分頼んでしまうと、必死に処理する時間と相成ってしまう。
飲み物はほとんど流し込むためにのみ使われ、コップの空けはなかなか早いもの。
どうにか第一陣が済んだ時点で、みんなはすでに各々の席で天井をあおぎながら、息をついている有様。
これでもって、第二陣を注文済みというのだから、勢いに身を任せすぎた。
いっそ、満腹中枢がこれ以上刺激されるより前に料理が来てくれないか、とも思う。
ヘタに間を置くと、身体が満足してしまって、これ以上を受け入れがたい気がしなくもないからだ。
ぼんやり周囲を見ると、お客は自分たちより若めな連中がちらほら。肉と炭水化物をメインにした料理たちをがっついて、いかにもパワフルな食事内容。
自分たちも、あれらをぱくつく時代があったっけなあ……と、いとこは懐かしげに彼らの食べっぷりを眺めていたのだとか。
そして、やがて届く第二陣の先鋒、餃子。
これはいとこ含めた6人に対し、12個と数は良心的だが、サイズが大きい。
ひとつあたり、両手をそろえてその上に乗せても、はみ出すんじゃないかというジャンボぶり。
「これはなかなか……」と、すでにお腹を叩きたくなっているおっちゃんたちは、お酢なり醤油なりラー油なりで、どうにか自らの食欲を奮い起こさんとする。
ニラにニンニクと、いったん取り入れてしまえば、今後の食を大いに助けるだろうものがたっぷり入った一品。ここは弾みをつけていきたいところだが……。
エグイ。
肉汁あふれるその餃子をかじったいとこの、第一印象はそれだった。
いわゆる、アクが強いという意味合いのほう。先にあげた薬味たちの風味が、激烈の喉奥、鼻奥にぶつかって、たちまち危険信号を発し出したんだ。
決して、まずいわけじゃない。むしろ、うまい。
が、それらの喜びとは別に、顔面の中をひりつきがかきむしって、どうにか涙をにじませて、気持ちばかりのデトックスを期待していく有様。
そうこうしているうちに、飲み下したあとの胃が、腸がふつふつと昂ってくる。唐辛子ベースの料理をほどよく突っ込んだ、あの調子だ。
食欲増進の狙い通りではあるが、これはいくらなんでもドーピングが過ぎる……!
「すいません、間違えました」
店員さんが寄って来るや、声をかけてきた。
このジャンボな餃子は、別のお客さんの注文だったというんだ。
いったん下げられたあとに持ってこられた餃子は、先のものよりずっと良心的なサイズ。味もまたちょいとニンニク多めな程度で、際立つものじゃない。
ほっと息をついているいとこたちの横で、あらためてくだんのジャンボ餃子が運ばれていくのが見えた。
いとこたちの座る席より、ずっと入り口側のテーブル席。一人だけの客の上に、その餃子たちは置かれた。
夏場にもかかわらず、帽子にコートにサングラスにと、黒ずくめで厚手の装備。見ているだけで、こちらがダラダラ汗を流してしまいそうだ。
彼はもくもくと、無反応でかの餃子を平らげていく。よほど食べなれている常連なのだろうか。
何気なく様子をうかがっていたいとこだが、自分たちが席をたつまでの一時間近く、黒ずくめの男はただひたすら、あのジャンボ餃子を注文し、頬張っていたとのことだ。
帰り際。
いったんは落ち着いていた胃腸の刺激、顔の奥のかゆみと落涙が、またぶり返してきた。
どうにか友達との別れ際までこらえたが、電車待ちのホームまで来るともう限界。ちょこちょこハンカチを目に当てながら、人の多いホームの乗り場のいずこか、ちょうどいいポイントを探して歩く。
けれど、そのまま数分後にやってくる予定の電車へ乗って、ゆうゆう帰宅とはいかなかった。
非常停止のボタンが押されて、しばし電車は足止めを食らってしまったからだ。
原因は線路への立ち入り。それも3名がいっぺんにだ。
彼らはいとこが背後を歩き抜けるや、いきなり大声をあげて周囲の注目を集める。
いとこ自身も見た時には、彼らはすでに線路めがけて走り出していたが、それでもその顔や両手、両足には、なかば皮膚が溶けたかのような穴が空いていたこと。
そこから、明らかに骨や血管や筋肉とも違う、硬質な金属をイメージさせるような、銀色の光がうずまっていたことを目にしたとか。
ホーム下へ飛び込んだ彼らだが、電車にひかれるどころか、押しのけられた最前列の人たちも、どこへ行ったのかを満足に確かめられてはいない様子だったんだ。
ちょうど彼らが走り出したのは、自分がジャンボ餃子のもたらしたものに苦しんでいたとき。
ひょっとするとあの餃子には、人の体内に入ることで、彼らの毒になるようなものが発せられるのでは……といとこは考えているらしい。
人の社会に溶け込みながら、明らかに人とは思えない金属製の何かをうずめた、存在を探し当てるためにね。