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不機嫌な恋人旅館  作者: 雪紅葉
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メモの向こうは。

ちゃぶ台の周りをまわるようにして。

たまに逆回りになったりもして。私は部屋の中を歩き続けた。


すぐにこの旅館を去れ……?


不思議がさっそくやってきた。

よし、ここは探偵に徹しようワトソン君。


まず、私にこういうことをして得する人間を洗い出すってのが、相場と決まってるよね。


たとえば、この部屋に泊まりたかったのに泊まれなかった別の客が、僻んで手紙をよこしたとか?

もしくは、旅館の主人が客を選ぶ体質で、私を気に入らないから追い出そうとしているとか?

いや、これは旅館が仕掛けたミステリーツアーの一環で、やはり背後には大手広告代理店が……。

または、私の身を案じて何かの危険を知らせてくれた人?


楽しくなってまいりましたと言いたいところだけど。

でも、どれもしっくりこない。


部屋を明け渡してほしいにしても、危険と知らせるにしても、アトラクションにしても。

次の行動につながる内容を多少は書いてくれないと。

手紙を悪戯として私が取り合わない可能性もある。


この手紙は、なにか一時的な自分勝手で書いたようなものを感じて、人を動かす力を欠いている。


まあ、もちろん出て行くつもりはないし、これは様子見かなー。


あ。

様子見で思い出した。


<電話の呼び出し音>


『サイレントホース。私だ。連絡が遅いぞ』


「部長。すみません、旅館の様子がわかったら連絡を入れる約束でしたけど……って。なぜサイレントホース?」


探偵モードでなくても、中学生の頃に男子から名前をいじられた経験が蘇ってきて、ピンときた。


「ああ……もしかして、“ 静かな馬 ” で、サイレント…ホース、ですか」


部長は中学生レベルということがわかった。


『盗聴されていたらどうする! コードネームでやりとりするんだ静馬くん! あ! 名前言っちゃった!』


「あの、電話放題プランじゃないので、寸劇なしでお願します」


『うむ。ごめん。……どうかね、様子は』


「旅館自体は普通ですね。なんなら良い旅館です」


『上々だな。そういうところこそ、謎を隠しているものだ』


待ち合わせ場所の大きな駅からここまでの旅程と、館内を散策した所感、そして思い切って、立ち去れと書かれたメモの話、くわえて私の華麗なる推理を部長に披露した。


『まさに不思議ミステリーの渦中にいるわけだな! 感心・関心!』


この人はまったく。

安全圏から吠えるのが好きだなあ。


『ときにサイレントホース、目下(もっか)危険をはらんだ怪文書の件だが、君の推理は推理病というものだ』


私の華麗な推理を、推理病…だと……?


「あらゆる可能性を考えるのが病気なんですか?」


『いや、証拠を無視した憶測が多いと言っているんだ。その考え方では、宇宙人や地底人、アメリカ政府、私が嫌いな歯医者さんなども、容疑者候補に入れねばならない』


歯医者はさておき、確かに可能性を広げればきりがないか……。

「ぐぬぬ」


『真のオカルトの探究者こそ、今ある証拠から “ 現実的にオカルト ” をすることが求められる』


憶測呼ばわりしておいて、現実的にオカルトするだあ?

カチッと来た。


「ほほう? それで? 部長の推理を聞きましょうか」

さあ、どう出る? 安楽椅子探偵くん。


『よかろう。唯一の証拠物件から紐解こう』


お手並み拝見といきましょう。


『部屋に備え付けのメモとペンはあるか?』


宿泊施設には大抵、客室にメモ帳とペンが備え付けられているものだ。

テレビも電話もない部屋だが、この旅館も例に漏れず、メモ帳とペンがあった。


「ええ、ありましたけど……」


「紙を見てくれ。部屋のメモ帳と、その怪文書の紙は一緒か?」


まったく違う紙だった。

それに怪文書の紙は広げると漫画本くらいの大きさで、一般的に言うならメモ帳とノートの中間くらいの大きさ。

そう、「手帳」なんかに類する大きさだった。


「部屋の物とは大きさも紙質も違いますね……怪文書の紙は、そう、手帳くらいの大きさで……。手帳から破ったような跡も。でもだからなんだと…?」


『うむ決まりだ。宿泊客が犯人だ』


「え、ええええええ? 少しは推理してくださいよ。現実的と言うか短絡的です。手帳なんて宿泊客も旅館の人だって、誰でも持ってますよ」


『ううむ、いいかね静馬くん、あ! また名前言っちゃった!』


「現実を見てください。大学の弱小新聞部の通話なんて、誰が盗聴するんです?」


『おお、筋のいい返しだ。では続けるが……。確かに手帳は誰でも持っている可能性があるな』


「ええ」


『だが、()()()()()()()()()()わけではない』


「……ん、まあ? 言われてみれば」


『うむ。手帳の用途は様々だ。自分の活動のメモや、日記、出先で見た景色からポエムをしたためる趣味など、色んな人がいるだろう』


「そうですね、ありそうな話です」


『だがそうした人物の犯行である可能性はない。なぜならポエムや日記をしたためる人は手帳そのものを作品と捉える。一冊の本として扱うのだ。無造作にページを破るのは考えにくい』


「なる…ほど…」


『さて、手帳の用途の大半は管理目的だ。大抵は仕事のメモや、予定の管理、そこそこ大事なことが書いてある。つまり、行楽先には持っていかない』


「じゃあこの可能性も否決……ですかね」


『いや違うぞ静馬くん。仕事以外で持ち出さないものを、旅先に持ってきているということは……? と考えるべきだ』


「旅先が、仕事だった……?」


『その通りだ』


「行楽先で仕事って、私じゃないんですから」


『つまりそういうことだ』


「話が全然見えません、どういうことですか? わかんないですよ! 何が言いたいんです!?」


『整理しよう。ひとつ、怪文書と客室のメモは違う紙だ。つまり怪文書の紙は私物と見てよい』


『ひとつ、それを旅館に持ち込みをしているので、仕事目的の可能性が高い』


『ひとつ、手帳から千切ったような形跡があることから、メモを残した行動は突発的なものだ』


『ひとつ、匿名の割に足がつくことも想像せず、旅館のメモ帳ではなく自分の手帳を使った浅はかさからして、仕事歴は浅い人物』


「めちゃくちゃですよ~部長。いくら旅行でも手帳を習慣で持ち歩く人はいるでしょうし。ポエムを書くひとが、何かの理由で私のことが癪に触って追い出そうとしたとか。――または旅館の人が何かの理由で私を追い出したくなったけれど、公には言い出せないから、手帳から千切った紙を使ったのかも。かたや冷静に失敗する人も居ます、破った跡があっても、急いだとは限りません。可能性は絞れないですよ」


『見事な斬り返しだ静馬くん。そして? その可能性たちは、まず疑うべき可能性たちか?』


「え? ええ……? わかりません……。でもわずかな可能性でも、否定できない可能性たちです」


『静馬君。現実的にオカルトするとはこういうことなのだ。少ない可能性を諦めないのに、なぜ君は、一番可能性の高い “ まさか ” に目を向けない』


最初は部長の言っていることが荒唐無稽に思えていた。

人は手帳を旅先に持って行かない?

持ってきているなら仕事のはず?

紙の破れ方から焦りが見える?


そんなこと、全部決めつけで、100%じゃないはずだ。

でも、客観的にあらゆる可能性を疑う私の言い分のほうが、ずっと荒唐無稽だったのかもしれない。


「うぅ……でも、」


『相手は行楽先に手帳を持ってくる人物。つまり仕事でその旅館に関心があるんだ』


『相手は君がどんな人物か知っていて出て行くように促した。つまりその方が都合がいい立場にいる』


『そして相手は名乗れなかった。これが自己紹介みたいなものだ』


私は天井を仰ぎ、うな垂れて降参した。

「ああん、もーーーわかんないですよー! もったいぶらないで教えてください!」


『仕事で来ていて、君が新聞記者であることを知っていて、いなくなって欲しいが、その理由は言えない人物とは、どんな人だい?』


「私のことを知っている……その人も……新聞……記者…!?」


『よくできました、よくできました』

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