第四章 2 梅本一義
よろしくお願いします。
「先生、転勤なさるって本当ですか?」
一人の看護師が病棟の廊下ですれ違った時に声を掛けてくる。
「んー、そうだね、君にはお世話になったねぇ」
すれ違う度に声を掛けてくれる看護師達がいる。
そう、この世界、上司に嫌われると手術室にも入れてもらえなくなる。
手術室に入れてもらえない、イコール今以上の技術を養えない、と言うことになる。
彼の忍耐は限界に来ていた。
このままではいけない、もっと術式を覚えなくては。
出身大学の教授にも相談してみたが、転勤先が見つからない。
転勤先があるにはあるが、今のところ地方の病院しかない。
そこでは彼同様に新しい術式を望んでいるような病院だ。
彼は覚悟を決めて大学院の研究室に入ることにした。
夜勤のアルバイトで、妻と二人だけの生活は何とかなる。
今は病院で働くよりも、研究者として歩いて行こう。
学位を取って其の上で新しい転勤先を見つけよう。
だから今は学問の道を歩んでいこう。
彼は大学に戻り大学院生として研究員として始めていこうと決心していた。
そして、彼は医局に戻ると音のするくらいに、どさり、と椅子に倒れ込むように座り、缶コーヒーの蓋を開けた。
コーヒーを一口飲むと、しばらく天井を見ていたが、何かに気付いたように、一枚の紙片を机の引き出しから出した。
そして、じっと見つめた。
ありがとうございました。