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第四章 それぞれの春 1 丸山武
よろしくお願いします。
「社長、おはようございます」
「あー、おはよう」
「昨日もお泊まりだったのですか?」
「まぁね」
この不景気の中、大きな取引が皆無に等しい。社長自らが営業に出ている。そのため家にも帰らない。家の中は、どんどん険悪な雰囲気になって来ているのが丸山本人にも分かっている。何の為の金儲けなのか、幸せの為の、家族を裕福にする為の金儲けだったのではないか?彼の妻は、娘の沙織に、彼に対する愚痴を言っているようだ。自分はいい。父親の悪口を聞かされる娘はどんな気持ちなのだろう、と娘のことを心配する。それでも営業を続けている。従業員は少ないが、彼らを路頭に迷わせる訳にはいかない。
「社長、行ってきます」
「うん、頑張ってな」
生きる事、やめる訳にはいかない。いつか大儲けをして、家族とゆっくり過ごしたい。間に合うか間に合わないか、分からない。
「いつかきっと」
彼はそう言うと机の引き出しから一枚の紙片を取り出した。
ありがとうございました。