婚約破棄は了承致しますが、それとこれとは別ですので、訴えさせていただきます
よろしくお願い致します。
「エミリア・コートナー、今この場をもってお前との婚約を破棄する」
学園の卒業パーティーで、隣に侍らせた令嬢の腰を抱きながら、第二王子のシュテハン殿下が声高に宣言した。
「お前がスィミカに嫌がらせをしていたことは聞いている。そんな行いをする者を王子妃にすることはない。ここにいるスィミカこそ、我が妃に相応しい」
殿下は淀みなく続ける。シュテハン殿下にしなだれかかるようにして腰を抱かれている令嬢はスィミカというらしい。面識がないので、下級貴族の家の令嬢だろうか。
「おっしゃっている意味がわかりません。わたくしはスィミカと面識がございませんので、嫌がらせなど、できるはずがございません」
「面識がないなんて、ひどい…」
そう言ってスィミカが殿下にすがりつく。殿下が睨むように視線を寄越した。
「面識がないなどと嘘をつくな。お前はわたしとスィミカの仲に嫉妬し、彼女の持ち物を壊したり捨てたり、あげくの果てには階段から突き落としたそうではないか」
なんと悪辣な女なのだと殿下が続ける。
「お前のような女と婚約していたなど、虫酸が走る。お前との婚約は破棄だ。王子であるわたしの愛するスィミカを傷つけておきながら、平然としているなど許せない。今この場で彼女に許しを乞え」
衆人環視の中、テンプレ展開が続いていた。
そもそも、わたくしは本当にスィミカという令嬢は知らない。殿下の周りを飛び回っている女がいることは知っていたが、学生の間だけのこと。年頃の男性にありがちなつまみ食い程度の火遊びだと思っていたから、相手にしていなかった。まさか王子ともあろう方が、自分の立場を忘れて本気になるとは…。
婚姻は家同士の繋がりであることは、わきまえていると思っていた。
それに、持ち物を壊しただの、捨てただの。そんな程度で悪辣と思うなんて、殿下は本当に甘ちゃんの馬鹿坊だわ。
わたくしなら、階段から突き落とすなんて不確かな真似はしない。邪魔者は我が公爵家の力も使って徹底的に潰す。完膚無きまで叩き潰す。本当に邪魔なら、生かしてはおかない。
「殿下、わかりました」
わたくしの今の発言に、スィミカという令嬢が口の端を上げたのが見えた。やはり、猫をかぶっているようだ。
「婚約破棄は承りました」
「スィミカにも謝れ」
「それは致しかねますわ」
「なんだと?」
「わたくしはそちらの令嬢に対して、何もしておりませんもの」
「己のしたことを認めないのか。恥晒しめ」
「スィミカさんとおっしゃるそちらの令嬢の家名も存じませんのよ」
わたくしと殿下の会話に令嬢が割って入ってきた。
「エミリア様は私が下級貴族の娘だから、馬鹿にしているのですね!私の家名はサストです。サスト男爵家の娘です」
スィミカが殿下に抱きつくと、殿下が彼女の背を撫でながら睨んできた。可哀想に…などと言って慰めている。やはり、下級貴族家だった。
知らないはずだ。わたくしは公爵家の娘だから、交流があるのはせいぜい伯爵家までだ。
この茶番にも疲れてきたので、そろそろ終わらせることにしよう。
「男爵位を馬鹿になどしておりません。あなたのことを存じませんでしたので、家名を尋ねただけです。
ただ、どうしてもわたくしがあなたに嫌がらせをしたとおっしゃるなら、器物破損や傷害の罪で訴えていただいてかまいませんわ」
「訴えればいいなどと言って、本当に訴えたら家の力を使って握り潰すつもりだろう!」
殿下が吠える。
「まさか。そんなことができるとは思っておりませんわ。この国は法治国家です。公爵家の権力が法に勝るなど思っておりません。殿下は、王家の権力は法に勝ると思っておられるのですか?」
「なっっ……」
殿下は顔を真っ赤にして言葉に詰まっている。王家の権威が法に勝る。そう思っていたとしても、この衆人環視の中で認めることはできないだろう。王子として、それ認める訳にはいかないのだから。その分別はまだつくようだ。
「わたくしは、名誉毀損と姦通罪でお二人を訴えさせていただきますね」
わたくしの言葉を聞いた二人が、一瞬呆けた顔をしていたが、すぐに殿下が言葉を発した。
「は?…お前は何を言っている?」
「ですから、わたくしはシュテハン殿下と、そちらのスィミカ嬢を訴えます」
別に婚約は破棄でも解消でも何でもいいが、それとこれは別問題だ。きっちりやらせてもらう。
二人はわたくしの言葉が理解できないようだ。ため息が出る。仕方がないので説明してあげよう。
「まずは名誉毀損についてですが、このように衆人環視の中で、やってもいないことをやったと冤罪をかけられたのです。婚約破棄まで突きつけられ、わたくしの名誉は著しく傷つけられました。よって、名誉毀損で訴えさせていただきます」
「お前がスィミカに嫌がらせをしたのは事実だろう」
「事実ではありません。冤罪です。殿下はわたくしがスィミカ嬢に嫌がらせをしたと証明できますか?証拠がありますか?」
「……それは…ないが…。お前だって、嫌がらせをしていないという証明はできないだろう!」
「わたくしは、やっていないと証明できますよ」
「はっ、戯言を!どうやって証明すると言うのだ」
やっぱり馬鹿坊です。大切なことを忘れている。
「第二王子殿下の婚約者であったわたくしには、王家の影がついていることをお忘れですか?」
殿下がはっとした顔をする。
王家の影とは、所謂諜報部隊で、王家の人間の護衛のためにそれぞれについている。もちろん、シュテハン殿下にもついている。殿下の婚約者であったわたくしにも護衛と監視の目的で影がついていた。わたくしに影がつくのは公爵家から出て公爵家に戻るまで。殿下たち王族は区切りなくずっと影がついている。
影は対象の行動を日報のように毎日記録している。誰と会ったか何をしたのか、何を食べたのかまでを事細かく記載し、報告書として提出している。その報告書は公文書扱いであるため、改ざんは法令違反となる。しかし、王族にもプライベートは必要なため、あらかじめ要請すれば、重大事項でなければ報告書へ記載しないように目をつぶってもらえたりもする。
「わたくしの行動は影により報告されておりますので、記録の開示請求をすれば、スィミカ嬢に何もしていないことが証明できます」
殿下が項垂れる。
「次に姦通罪ですが、殿下はわたくしという婚約者がありながら、他の令嬢と浮気をされましたね。婚約者であるシュテハン殿下と浮気相手であるスィミカ嬢との逢瀬は、殿下の影により記録されております。肉体関係を持っていたことも、記録を見ればわかりますし、すでに確認済みです」
「王族の記録は機密扱いだぞ。何故お前がわたしの記録を閲覧できるのだ!」
殿下がまた吠えた。
「王族の記録でも、関係者なら開示請求は可能です。婚約者であったわたくしには、殿下の記録を見せていただく権利がございましたので。ですから、姦通罪についても証明できます」
そこで何かに気がついたのか、殿下が勢いよく顔を上げ嘲るように言った。
「姦通罪だと?わたしはまだお前と婚姻していないのだから、適用されないはずだ。何を言ってるんだ。バカめ」
何度目かのため息が漏れた。
本当に、本当に馬鹿坊だった。わたくしの予想以上だ。勉強はしていたフリなのだろうか。
「殿下、一昨年に法令が改正され、正式な婚約関係にあれば、婚姻に準じるとして姦通罪が適用されるようになったのですよ。ですから、わたくしたちの間においても姦通罪は適用範囲内です」
「誰だ余計なことをしたのは」
殿下が小声で舌打ちをしたから、教えてあげた。
「王妃様です。泣き寝入りする令嬢が減るように…と、王妃様が制度を改革してくださったのです。本当に素晴らしいことです」
にっこり微笑んであげた。
***
わたくしの婚約は、シュテハン殿下の有責で破棄となった。それについても賠償金をもらった。
シュテハン殿下とスィミカ嬢の両方を名誉毀損と姦通罪で訴え、もちろんわたくしが勝った。
シュテハン殿下の分は、王家から多額の賠償金をもらった。国庫からではなく、王家の私財から出してもらった。当然だ。
サスト男爵家はわたくしに賠償金を払いきれず、爵位を差し出した。公爵令嬢の名誉を傷つけた賠償金だから、男爵家が支払うにはだいぶきつかったようだ。あれだけ愛を囁いたシュテハン殿下は、スィミカ嬢が泣きついても助けてくれなかったらしい。わたくしは男爵位などいらないから、王家に返上してあげた。
シュテハン殿下は謹慎となり、今後の身の振り方で国王と王妃を悩ませているらしい。王位継承権は剥奪。公爵令嬢に冤罪を着せ、衆人環視の中での婚約破棄騒動。あげくに訴えられボロ負け。醜聞まみれの名ばかり第二王子の貰い手はいない。
わたくしは隣国の公爵家と縁付いた。新しい婚約者は優しく穏やかな方だ。
わたくしの、婚約破棄騒動から賠償金をもぎ取った話を聞き、興味を持ったらしい。どんな想像をしていたやら…初対面の時に、想像と違って可愛らしい方だったと感想をもらった。
わたくしだけを見てくれる新しい婚約者が夫になる日はすぐそこだ。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
<追記>
3/25日間7位になっていました。
読んでいただいた皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
誤字脱字報告もありがとうございます。
ジャンル間違い指摘もありがとうございました。