メスガキの恩返し
とある村に貧しいけれど正直者の青年が住んでいました。他人が困っていると手を貸し、簡単にだまされるためいつも貧乏でした。
文句を言うこともなく毎日炭を焼いて一生懸命働いていました。
ある日、彼はいつものように町へと炭を売りに行きました。
その帰り道のことでした。冷たい風が吹く中、若い鶴が一羽罠にかかってもがいていた。
青年にはその鶴に見覚えがありました。
炭を焼いているとき、空を見上げると飛んでいる姿を見かけることがありました。真っ白な翼を広げる姿を見るのが楽しみでした。それがもう見れなくなるのかと思うと青年は残念に思いました。
猟師に持っていた金を渡し、鶴を逃がしてもらった。
鶴が大空へと舞いどこかへ飛んでいく姿を見て、青年は満足気な顔で家に帰った。
その夜、青年の家の戸を誰かがノックしました。こんな時間に誰だろうかと不審に思いました。だけど、もしも迷い人だったら大変だと戸を引きました。
そこにいたのはきれいな黒髪にあざやかな着物をまとった少女でした。
「お兄さん、かわいいわたしがやってきましたよ♥」
青年は首をひねる。少女にはまったく面識がありません。
「やだな~、お兄さんがわたしのことをお金で買ったんじゃない」
自分がそんなことをしたのかと青年は罪悪感を持った。何度も断りましたが、強引な少女に押し切られてしまいました。
朝起きると、囲炉裏には火が燃えて鍋からは湯気があがっています。いい匂いがただよい、朝食が用意されていました。
「これはおまえが作ったのか?」
「うん、食べて、食べて♥」
「正直、家事なんてできないと思ってたよ」
艶やかな髪や雪のように白い肌。苦労しらずのお嬢さんにしか見えません。
「え~、信用ないな~。味もちゃんと保証するからさ」
おなかも減っているので青年は箸をのばした。
一口食べると、すぐにぱくぱく食べはじめた青年をみて少女はうれしそうにしています。
「男なんてちょっと早起きして味噌汁つくればいいだけとか、まじちょろ~い♥」
ごはんを済ませると、少女は上機嫌な笑みを浮かべながら、家の中をきれいにしていきました。
「どう? こんなに働きものでかわいい子と一緒なんてうれしいでしょ♥」
「わかったわかった、雪がなくなったらちゃんと自分の家に帰るんだぞ」
少女のことは家出中の娘なのだろうと思うことにしました。町への道中は雪深く、少女の足には辛そうです。春になるまで家に置いておくことにしました。
それから二人は貧しいけれど、騒がしい毎日を過ごしました。
ある日のこと、仕事で疲れた青年が囲炉裏の前でうつらうつらと舟をこいでいました。
「お兄さん、こんなとこで寝たら風邪ひくよ~」
反応はありません。
「それなら、イタズラしちゃおっかな♥」
少女はそっと顔を近づけました。
「えっと……お兄さん、おつかれさま」
囁くと、さっきまで閉じていたまぶたがぱちりと開きました。
「……そういうのは起きてるときにいってほしいな」
「お、起きてるじゃん。ずるい、だましたのね!」
少女の白い頬は真っ赤になっていました。
ばしばしと叩いてくる少女をなだめながら、よっこいしょと青年は腰を持ち上げました。
支度をすると、炭を一杯につめた籠を背負います。
「お兄さんは今日も炭を売りに行くの?」
「そうだな、今の時期が一番売れるからな」
「ふうん、毎日続けてるのにお兄さんの家って貧乏だよね」
「そんなこというと土産かってきてやらないぞ。それじゃあ、いい子にしてろよ」
「もう、子供あつかいなんて生意気~♥」
積もった雪を掻き分けていく背中を見送りました。
少女は知っています。青年が山の中重たい木を運んでいること。寒い中、炭焼き窯の前でじっとしていることを。
青年が帰ってくると、少女は青年に機を使わせてほしいと頼みました。
「お袋がいなくなってからずっと使ってなかったからな。糸を今度買ってきてやるよ」
「ありがとね、お兄さん♥」
青年が糸を買ってくると、少女は機のまわりに屏風を立てて見えないように隠しました。
「織ってる間、見ちゃだめだからね」
「まだ練習中ってことか」
「そんなこといって、出来上がったもの見たら腰を抜かすからね」
少女が失敗したところを見られたくないのだろうと察して、青年はうなずきました。
キコバタトン、キコバタトン。
少女が機を織りはじめて三日が経ちました。
「どうよ、見てみなさいこの出来映えを!」
出来上がった織物は見たこともない美しいものでした。青年が手に持ってみると羽毛のような肌触りと、雲のような軽さに驚きました。
「ああ、うん……これはオレの負けだな。たしかに大したもんだ」
「じゃあ、今日はこれを売りに行ってね。それと、帰りに新しい糸を買ってくるの忘れないでよ」
青年が町に売りに行くと、高い値段で買ってもらえました。初めて見る大金に青年は喜びました。
帰ってきた青年の様子に満足しながら、少女はまた機を織りはじめました。
キコバタトン、キコバタ……トン。
少女の織物は持って行けばいつでも高値がつきました。中には評判を聞いて、もっと持ってきてほしいとも頼んでくる者もいました。
しかし、青年は少女の様子を思い出して断りました。
「なにやってるのよ、もったいないな~。評判になってる今が売り込み時でしょ」
「そんなに無理するなよ。最近のおまえは働きすぎだ」
「そうよ、わたしは働き者だからね~♥」
それから少女は機織をするたびに目に見えてやつれていきました。肌は白いを通り越して青白くなっています。
少女のことが心配でしたが、彼女は大丈夫というだけで取り合おうとしません。
どうして彼女があんなに疲れているのか。見ないで欲しいと言われていましたが、機織中の彼女の様子を見ることにしました。もしものときは止めに入ろうとも考えていました。
キコバタトン、キコバタ……トン……。
屏風の隙間からそっと中をのぞきます。そこに見えたものに青年は体を硬くしました。
そこにいたはずの少女の代わりに一羽の鶴が機の前に座っていました。やせこけた鶴は長いくちばしで自身の羽を引き抜いては糸にはさんで機を織っていたのです。
「おまえは……」
呆然としながら青年がつぶやくと、鶴がはっとしたように振り向きました。
取り繕うように少女の姿に戻りますが、もう手遅れでした。
「ひどいよ、見ないでって言ったのに。さようなら……」
「おい、待てよ!」
飛び出した少女を追いかけた。
しかし、鶴の姿にもどり翼をはばたかせる彼女に追いつけそうもありませんでした。
「…………うぅ、羽抜きすぎて飛べない」
涙目になった少女がしょんぼりとうなだれていました。
「おまえ、あのとき助けた鶴だったんだな」
「うん……、前からお兄さんのこと知ってた。いつも空から見てたよ」
「オレも見てたよ。おまえが空を飛んでるとこ」
少女はうつむいていた顔をあげると、青年が真剣な視線を向けてきます。
「そう、なんだ。じゃあ、最初から言えばよかったのかな」
目の端に涙をためながら困ったように笑う少女の頭に優しく手を置きました。
「寒いだろ。家に帰ろう」
「うん……♥」
二人は手をつなぎ一緒に家に戻っていきました。
それからは以前のような炭を売る生活に戻りました。少女も羽を抜くことはせずにただの機織をして家計を助けます。
ある日、青年が山から帰ってくると、家の中が静かでした。いつもなら、おかえりと迎えてくる元気な声が聞こえてきません。
見ると春の陽気が注ぐ中、縁側に座った少女がほうきを手にしたまま寝ていました。
「寝てるのか?」
「…………」
少女は薄目を開けながら青年の反応を見ていました。どうやって驚かせようかとわくわくしています。
「よし、それじゃあいつもの仕返しでもしてやるか」
足音が近づき、手が伸ばされた気配を感じて少女は思わず目を開く。
「ね、寝てる間に何する気よ!」
顔を上げると、青年の手にはたっぷり墨を含んだ筆が握られていた。
「…………お、お兄さんのバカー!!」
少女の声が山の中で大きく響きました。
その声が聞こえると村人たちは温かい笑みを浮かべます。正直者で働き者の青年にようやくいい嫁が来てくれたのだと。