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王都到着

 こんこん、という音でディアナは目を覚ました。


 一瞬自分のいる場所が分からなくなる。

 すぐに馬車の中だと気づいて、窓にかかるカーテンを開けた。


 ノックの主は衛兵のようだ。

 窓を開けると、衛兵は軽く敬礼をした。


「おはようございます。ただいま検問を実施しています。身分を証明できるものをご提示ください」


 ディアナがバッグから旅券を取り出して見せると、衛兵はじっと見て、もう結構と頭を下げた。


「検問って、何かあったんですか」


 昨晩から続く胸騒ぎに、この検問。

 質問をせずにはいられなかったのだが、衛兵は首を横に振った。


「立憲記念日につき、検問を実施するようにとの王命です。

お通りいただけますのでどうぞ進んでください」


 きっぱりとそう言うだけの衛兵にディアナはそれ以上詳しくは聞けなかった。

 

 馬車が進み始めてからディアナは窓から顔を出して御者に問いかけた。


「ここはどのあたりです?」


「王都に入ったところです。王都に入るのに検問なんて珍しいですね」


 王都に入ったのか。

 ディアナは少し安心して、お礼を言って顔を引っ込めた。


 ラダイアのグランドホテルに一番早く王都に着ける方法を手配してもらったら、ラダイアからビルスレビヴまでは列車で、そこから王都までは馬車だった。

 ビルスレビヴに到着する頃にはすでに王都行きの最終列車は出た後。

 朝まで始発列車を待つより、夜通し馬車で走る方が早いとのことだった。


 改めてあたりを見ると、王都の端のあたりだった。景色に見覚えがある。

 この辺りまではディアナも来たことがあるエリアだった。


 夜明けから数時間は経っているだろう。しかしまだ街は起きていない様子だ。


 がらがらという馬車の車輪の音しか聞こえない。

 朝早いとはいえ、いくらなんでも静かすぎないだろうか。


 昨日読んだアルブレヒト宛の手紙が頭から離れない。

 

 ディアナは、今日のこの立憲記念日に、クジェルカ王朝の末裔が何かことを起こそうとしているのではないかと思えてならなかった。


 クジェルカ朝の末裔は代々現王朝により幽閉されていた。

 現在は、当代とその息子が存命のはず。

 けれどもディアナの子どものころ、その当代の息子が脱走したというのがニュースになった。

 それ以来、行方知れずのまま。

 

 けれども、ディアナはその末裔の居場所に心当たりがあった。

 それに、その末裔がグスタフとルドルフの殺害に関わっている可能性も高い。


 だからこそ不安だった。


 末裔は、クジェルカ家にとって忌まわしきこの立憲記念日を狙って何かするのではないか。


 アルブレヒトに宛てられた手紙はそれを予告していたのではないか。


 そして、あの手紙は『穢れた血を商いで飾り立てる者』に宛てられていた。

 アルブレヒトの息子であるフィリプにも送られている可能性がある。


 そう思ったらディアナはいても立ってもいられなくて、ラダイアを飛び出してきてしまった。

 ヘレナやモニカが心配するだろうから、ホテルのフロントに急用だから王都に帰ると伝言はお願いしてきた。きっと大丈夫だろう。


 ずっと目が冴えて眠れないと思っていたのに気づいたら寝てしまっていて、もう朝になっている。

 窓から空を見るに、夜明けから2時間くらいだろうか。


 ディアナは御者にフィリプと暮らしている家に向かうよう伝えた。


 とにかくフィリプに会いたかった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「奥様!? どうして!」


 ディアナが我が家のドアを開けると、すぐそこにサシャがいた。


「ただいま、サシャ。それは後で説明する。フィリプ様は? 寝室?」


 ディアナは話しながらも階段へ向かう。


「いらっしゃいません。国王陛下の使いを名乗る方が現れて旦那様を連れて行かれたんです」


 ディアナは、足を止めた。

 よく見ればサシャの目は赤いし声も震えている。


「なんですって?」


「今朝早く陛下の使いを名乗る男が2人でやってきたんです。

旦那様はその方々が国王陛下のご命令で市庁舎に出頭をというのを聞いて、おとなしくついて行かれたんです。

『まあすぐ帰ってくるよ』と軽くおっしゃって…。使者に『国王陛下はお元気ですか』なんて聞きながら」


 だからすぐにサシャが玄関に来たのか。

 フィリプが戻ったと思って飛び出してきたのだろう。


 けれども、疑問は尽きない。


「なんで国王陛下がフィリプ様を…?しかもどうして市庁舎に…?王宮とか警察とかならまだしも」


 ディアナは口に出してから、気づいて口を噤んだ。


 市庁舎は、旧王朝時代の王宮だ。


 サシャがわかりませんと首を横に振る。

 ディアナは最悪の予想が浮かんで、離れなかった。


 しかし、それを今口に出してサシャをより不安にさせるのは本意じゃない。

 おそらくディアナが来るまで心配で泣いていたのだろう。

 サシャは幼い頃からフィリプを知っているのだから。


「そう、ありがとう。それなら私は市庁舎へフィリプ様を迎えに行くわ」


 驚いたサシャが止めるのも聞かず、ディアナは家を出た。

 そのまま家の前で待たせていた馬車に乗り市庁舎に向かうよう伝えた。


 心臓が痛いほど鳴っている。

 脈が速くなって、走ってもいないのに呼吸が上がる感じがする。


 とにかく緊張と焦りで、叫び出したい気分だった。


 もしも、もしも本当に最悪なことが起こっていたら、間に合わなかったら。


 考えたくもない情景が頭に浮かぶ。

 

 仮に市庁舎に着いたとしても自分に何ができるのかはさっぱり分からなかった。

 

 それでもいま動けるのは自分で、フィリプを失いたくないのも自分だから、とにかく早く市庁舎に着いて欲しかった。


 ディアナのそんな願いとは裏腹に、まだそれほど走ってもいないのに馬車が突然止まった。


 どうしたのだろう、と窓から顔を出すと周囲には馬車や自動車が止まって立ち往生している。

 王宮前の広場へ続く大きな街道だというのに、事故でもあったのだろうか。

 そう思って進行方向を覗いてみると、数台の馬車が並んだ先に複数の男性が道路を塞ぐように立っていた。


 全員揃いの装束に身を包んでいる。

 国教会の聖職者風にも見えるが、質素を旨とするそれとは異なり、赤色を大胆に使ったローブのような服だった。


「これより先、馬車、自動車の立ち入りは禁ず。繰り返す、これより先、馬車、自動車の立ち入りは禁ず」


 男性のうちの1人が声を張り上げた。

 周辺から戸惑いとブーイングの声が聞こえてくる。


 ディアナは馬車の中に顔を戻して、深呼吸をした。


 やはり何かが起こっている。

 いくら立憲記念日とはいえ、王都のど真ん中で通行制限なんて経験したことがない。


 それに、あの装束。

 いったい何の組織なんだろう。


 ディアナはなんとなく自分が相手にするのは、クジェルカ朝の脱走した末裔ひとりだと想像していた。

 それだってディアナにはどうしていいかわからなかったのに、おそらく何かしらの組織が味方についている。


 こんな大きな道路で通行制限をしているのに来ないのだから、もしかしたらもう既に警察や軍も誰かに乗っ取られているのかもしれない。


 もしそうなら、フィリプに会いたいディアナには、頼れる存在がもういないことになる。


 気を落ち着けるために、もう一度深呼吸をしようとした。


 そのとき、ぱぁん、と何かがはじけるような音と、それに続いて人々の悲鳴が聞こえた。


「なに!?」


 ディアナが思わず顔を出すと、御者は御者台から下りるところだった。

 咄嗟に馬車のドアを内側から開けてやると、御者が中に滑り込んでくる。


「あの赤い服着たやつら、俺たちに対して攻撃魔法を仕掛けてきました!」


「なんですって!?」


「人には当たりませんでしたが、やつら、おそらく本気です」


 弾けるような音はその音だったのか。


「我々はあなた方を尊重している。

我々の指示に従えば、命を取ることはしない。ここにそのまま止まるか、歩いて進むかを選べ。

繰り返す。

我々の指示に従えば、命を取ることはしない。ここにそのまま止まるか、歩いて進むかを選べ」


 また先ほどの男性が声を張り上げているようだ。


 今度は先ほどと違ってブーイングの声は起こらない。

 男性の言葉は裏を返せば『従わないなら命はない』ということだから。


 ディアナは、目をぎゅっと瞑って深呼吸をした。

 

 目を開けて財布を取り出す。

 十分な枚数と思うよりも3倍多くお札を取り出して御者の手に握らせた。


「ビルスレビヴからここまで本当にありがとう。王都は、何か起こっているみたいね。

巻き込んでしまってごめんなさい。気をつけて帰ってね」


 御者が慌ててお札を数枚返そうとしてくるのを押し返して、ディアナは強引に馬車を下りた。


 外は寒い。


 周りの人たちは皆馬車や自動車の中だ。


 馬車をおりたディアナに、赤い服の男たちの視線が向いたのを感じる。


「進みます」


 ディアナは赤い服の男たちに向かって声を張り上げた。

 もうこれしかフィリプに会う方法はなさそうだ。




 ディアナと同じように、進むことを選んだ者は十数人程度だった。

 それでもあの場にいたうちの半分くらいだろうか。


 何が起こっているか好奇心に目を光らせている様子の者もいれば、不遜な態度で赤い服の男たちを睨みつけるような者もいる。


 封鎖されている道路を赤い服の男たちの先導によって歩く。

 歩いているうちに、他の道路からディアナたちと同じような集団が合流してきた。

 ディアナたちと同じでおそらく赤い服の男たちが魔法で威圧したのだろう。

 誰も彼もがおとなしく歩いている。


 先導する赤い服の男たちはどこに向かっているのか語らなかったがディアナは市庁舎だろうと確信していた。

 彼らの正体はわからないが、そうに違いないと思って歩いていた。

 けれども周りはそんな考えはないようでとにかく着いていってみている様子だった。


 赤い服の男たちは、讃美歌を歌いながら歩く。

 神への愛、国教会の首長たる王への忠誠を歌うもので、ディアナにはあまり馴染みがないものだった。


 数十分は歩いただろうか。


 集団が足を止めたのはやはり市庁舎の前だった。

 他の街道から歩いてきたであろう集団がすでにいたり後から合流したりと、市庁舎前には数百人規模の群衆が集まっている。


 門の前には普段はない演説台が設置されているし、普段であれば開かれている門が今日は閉じられている。


 正直これだけの人をここに集めて何が起こるのかについてディアナはそれほど関心がなかった。


 ディアナは、赤い服の男にどうにかフィリプに会わせてもらえないか頼もうと思って、彼らの中で一番地位が高そうな者を探すことにした。

 

 群衆の中を歩きながら、様子を見る。


 赤い服の男たちは皆市庁舎の前に一列に並んで、腕を組んでいた。数十人はいるだろうか。

 中でも一段と煌びやかな装飾を身につけた男がいる。壮年の男性で、最も市庁舎の門に近い位置にいる。


 ディアナはそっと群衆の最前列まで出て、目立つことを覚悟の上でその男の元まで話しかけに行こうとした。

 

 そのとき。


「これより国王陛下からのお言葉を頂戴する」


 赤い服の男の1人がそのように声を張り上げた。

 群衆からざわめきが起こる。


 国王陛下が市庁舎で?なぜ王宮ではないのか?

 それよりなぜ交通規制がされたんだ?

 あの赤い服の男たちはなんなんだ?


 そんなひそひそ話があちこちから聞こえてくる。

 

 ディアナは、赤い服の男に声をかけに行くのをやめて広場に作られた演説台を見上げた。

 最前列に出ていたこともあり間近にそれはある。


 すると市庁舎の門の奥から1人の男が歩いてきた。

 黒い軍服に身を包み、髪を帽子で隠すようにしている。

 顔はその帽子で隠れていてよく見えない。

 その男が近づくと、ひとりでに門が開く。


 赤い服の男たちは一斉に最敬礼を取った。

 

 男が壇上に上がると、ざわついていた群衆も静まり返った。


 明らかに国王陛下ではない男が、国王陛下と呼ばれている。


 その時点で何か大きなことが起こっていることを皆察したのだ。


 大衆が静まったのをみて、国王陛下と呼ばれた男は話し始めた。

 

「さて。王都の市民諸君」


 その声を聞いてディアナは鳥肌がたった。


 この声をディアナはよく知っていた。

 そうでなければ良いのに、ディアナの思い違いだったらいいのに、とずっと願っていたけれど、その願いは叶わなかったようだ。


「我は、ヴァーツラフ・ボフミル・ラドスラフ・フォン・クジェルカ=ルミナヴァ。

この国の正統なる王である」


 男はそう言って、帽子を取った。

 後ろで結んだ豊かな赤髪がふわっと風に靡く。


 旧王朝の、クジェルカ家の、末裔の証。


 集まった群衆は皆一様にあっと息を呑んだ。


「諸君が驚くのも無理はない。

行方知れず言われていた正統なる王が今目の前に現れたのだから」


 歳の頃は、20代後半くらいだろうか。

 背が高く、がたいもいい。少々武骨な印象ではあるが、整った顔立ちの男だった。


「我らは簒奪者ではない。

ましてや暴徒でもない。

王位を正統な後継者のもとに返還するように、王を騙る者へ要求をしたまで。

諸君らを騙し続けた王を騙る男は今は我らの保護下にある。近いうちにその首を刎ねられ、その罪を自らの血で洗い流すことになるだろう。


そして、王都の市民諸君、王都は我らが統制下にある。

王都内の主要な道路、王都へ出入りする鉄道や街道、設置されている転移魔法陣、行政府、立法府、裁判所、警察組織。

全て我らの管理下にある。

まもなくこの統制は王国全域へと広がる。

しかし、安心するといい。我らに協力する限り、諸君の命と財は守られる。


神のご意志が、憲法などという紙きれの法に宿るわけがない。

我らはその一心で立ち上がったまで。


さて、王都の市民諸君。行って、自らの家族や友人らに我らのことばを伝えたまえ。

王は戻った。神の意思である、と」


 赤い服の男たちから拍手が湧き起こる。

 

 群衆は、突然起こったクーデターに絶句しており、何も言えない者も多いが、赤い服の男たちに釣られてまばらに拍手が起こってはいた。


 ヴァーツラフと名乗った男はそう言って帽子を被り直し、演説台から降りようとした。


「国王陛下!」


 声を上げたのはディアナだった。


 その場にいる人間の視線が自分に集まるのを感じて体がかっと熱くなった。

 

 演説台から声を上げた者を認め、ヴァーツラフは先を促すように頷いた。


「恐れながら、私の夫フィリプ・ペトラーチェクが、市庁舎内にいると聞いて参りました!

どうか会わせてください…!」


 周囲のざわつきを感じながら必死に頭を下げる。

 

 ディアナはヴァーツラフの様子を見たくてたまらなかった。


 どう返事をするだろうか。

 どんな表情をしているだろうか。


 頭を下げたまま少し待つと、演説台の上から声が降ってきた。


「許可しよう。我の後に続いて来い」


 ぱっと顔を上げると、ヴァーツラフはすでに演説台を降りて市庁舎の門の中に入っていこうとしていた。


 ディアナは、その後を追って駆け出した。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 建物の中はしんと静まり返っていた。


 ヴァーツラフはディアナの方を見ずに歩いていく。

 歩幅が違うディアナはその後を必死についていった。


 意外にも、市庁舎の建物内にはほとんど人はいなかった。

 普段市庁舎内で働いている職員の姿も無いし、あの赤い服の男も廊下や階段にときおり見張りのように立っているだけでほとんどいない。叫んだり大きな物音をだしたりすればどこかから駆けつけてくるだろうが、死角となる部分は多そうだ。


 門の前に並んでいた男たちはそのまま市庁舎の外を見張っているようで、ヴァーツラフとディアナには着いてこなかった。


 誰もいない、長い廊下を歩きながら、ディアナは唾を飲みこんだ。


 聞くなら今だ。

 ひとつ大きく息を吸って、足を止める。


「ねえ」


 先を歩くヴァーツラフは立ち止まって、ゆっくり振り向いた。

 ライオンが牙をむく様に口元をゆがませている。


「誰に向かって口をきいている」


「あなた、ディディでしょ。

時計工房ノヴァークの職人の、ヴラディーミル」


 ディアナは、ヴァーツラフの表情の変化を一瞬たりとも見逃さないように、男の顔をじっと見据えた。


 ヴァーツラフは、ディアナの言葉に、虚をつかれたようで、一瞬目を見開いた。

 それから徐々にディアナを見下すように顎を挙げて、笑った。


「予想外だ。ディアナさん、あんたがそれに気づくとは」

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