2通の手紙
昨晩、セリヴォーンから戻ってすぐフィリプに手紙を送った。
込み入った事情だし急ぎだということもあり、ディアナではなくヘレナが書いた。
ライターの件に始まり、フィリプに黙って探偵ごっこを始めたこと、車掌に会いに行ったこと、セリヴォーンまで行ったこと、そこで判明したこと、洗いざらい全部。
昨晩も随分遅くに書いて出したのに、フィリプからの返事は早かった。
「フィリプ様はなんておっしゃってますか?」
ヘレナは手紙をディアナに渡しながらけらけら笑った。
「とりあえず、ラダイアにいていいみたいだわ」
受け取った手紙を見ると、いつもは綺麗なフィリプの字が殴り書きのように歪んでいる。
よほど急いでいたのだろうか。
『親愛なるヘレナさん、それから僕の可愛い妻ディアナ
手紙を読んだ。
正直にいうと、僕はとても怒っている。
なぜこんなに大事で、危険なことを僕に相談もなしに進めた?
やっぱり僕もいっしょに行けばよかった。
警察に行った段階で僕に相談しようとディアナに言ってくれれば、それかせめて鉄道会社に連絡をとるときにディアナを止めてくれれば
いや、過ぎたことを責めても仕方がない。
ディアナとヘレナさんはしばらくラダイアにいてくれ。
警備を手配する。
すぐにでも僕自身ディアナに会いに行ってどれだけ心配したか伝えたいけれど、僕は王都を離れられない。
少しきな臭い動きがあるんだ。
セリヴォーン観測院の件は、また後で進捗を伝える。
ディアナ、くれぐれも気をつけて。
ヘレナさん、ディアナにこれ以上危ない真似はさせないでくれ。次はない。
フィリプ』
読み終えたディアナは、わーっと声を上げた。
「フィリプ様、すごく怒ってますよね!?
ど、どうしましょう…!?どうしましょう…!!」
「落ち着いて、ディアナさん。
フィリプさんが怒っているのは私に対してよ。ディアナさんを止めなかった私に。
彼、あなたには絶対怒らないわよ。嫌われたくないから」
ヘレナは状況に合わないくらい笑いながら言った。
「あーおかしい。
あのフィリプさんがこんなに怒るなんて」
何もおかしくない。
ディアナは、数日前の自分を責めた。
あの温厚なフィリプを怒らせるなんて、よっぽどだ。
やはり最初から伝えるべきだった。
心配をかけたくないからと思っていたけれど結果的にはより一層心配をかけることになってしまった。
ディアナは、罪悪感と自己嫌悪でソファで項垂れた。
「ディアナさん、フィリプさんが怒ってることについては気にしなくていいわよ。
それよりフィリプさんのお父様はなんですって?」
本当にこの目の前の女性はあっけらかんとしている。
「フィリプ様と離婚しろ、とおっしゃって帰っていかれました」
ディアナは項垂れたまま答えた。
ヘレナは、それほど驚きもせず、あらあ、つ小さく呟いた。
「それでディアナさんはなんて?」
「するわけないと答えました」
聞かれるままに答えたら、ヘレナが、まあまあ!と高い声を上げた。
「ふふ、フィリプさんきっと喜ぶわね」
ヘレナが揶揄うようににやにやと笑ってくるのでディアナは初めて自分の発言がどう聞こえるかに気づいた。
「あっ違うんです、ただアルブレヒト様に腹が立って…!」
「え?でも離婚する気がないのは事実でしょう?」
「そうですけど、なんていうか…!」
やいのやいの言われてディアナは自分の顔が赤くなるのを感じた。
嘘みたいに和やかな時間。
まあラダイアにいろと言われたことだし、とディアナとヘレナは極力グランドホテルを出ずに過ごすことにした。
いつまでこうしていなきゃいけないかは分からないが、ヘレナと穏やかに過ごせる時間は居心地がよかった。
得体のしれない動きに巻き込まれてしまった恐怖を見ないふりさえすれば。
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ホテルに引きこもるしかなくなったディアナとヘレナは、フィリプが手配するといった警備が到着するのを待っていた。
夕方にはフィリプから2通目の手紙が届き、警備の人間が手配できたので9日、つまり翌朝には向かわせるとのことだった。
「さっすがフィリプ・ペトラーチェク。仕事が早いわ」
手紙を読んだヘレナはそう言って手を叩く。
ディアナも、そうですね、と相槌を打った。
警備の人間が来るということで、グランドホテル側にも話を通さないとならない。
フィリプの方で連絡はしているらしいが、ディアナたちからも直接話をしておこうということになった。
ホテルのフロントに出向き、警備が来る旨を伝えると、伺っております、とにこやかに対応された。
「ペトラーチェク様からご連絡があり、明日の午前中のうちには警備の方が6人いらっしゃると伺っております。
お部屋のご用意もできておりますので、ご心配いりません。
何かご不安やご不便がありましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください」
フロントの女性は、にこっと笑った。
6人も来るのか。
ディアナは内心驚いたものの、ペトラーチェク商事の副社長夫人としてすんっとしたまま、よろしくお願いします、と軽く挨拶だけした。
ヘレナとディアナは、それで部屋に戻ろうとしたが女性に引き止められる。
「先ほど清掃員がこちらの紙を拾いまして、処分してよいものか、ご確認いただきたく」
そう言って見せられたのは、真っ赤な一枚の紙に黒いインクで殴り書きされた手紙だった。
『アルブレヒト・ペトラーチェク卿
穢れた血を商いで飾り立てる者よ。
己の身に流れる血を忘れたか。
必ずや、裁きの時は来る。
赤き御髪の王は、紙切れの法により王権を断たれし忌まわしき日に、鐘の鳴る刻とともに帰還する。
偽りの王家は玉座より引きずり下ろされ、穢れた成り上がりは、王都より消え失せる。
神は血を忘れ給わぬ。
震えて待て。』
ディアナは内容を読んで、つい、ひっと声を上げた。
よく分からない文章だけれど、不気味なビジュアルに書き手の執念みたいなものを感じる。
「廊下に落ちていたものですので、アルブレヒト様がお捨てになったものかと思ったのですが、奥様にご確認いただく方がよろしいかと思い」
フロントの女性は実に申し訳なさそうだった。
彼女からしたら、アルブレヒトとディアナは義理の親子で親しいだろうと考えたのかもしれないが、そんな関係ではない。
ディアナは
「私には判断つきません。舅に直接ご確認いただけますか」
と丁寧に伝えた。
ヘレナとともに部屋に戻ってからも不気味な手紙の内容が頭から離れない。
「まあ、いたずらよ。
ペトラーチェク商事くらいの大きな会社の社長ともなれば妬み嫉みも日常茶飯事でしょうし。
重要だと思ってないから、落とすなり捨てるなりしていったんじゃないかしら」
ヘレナはあっけらかんとそう言った。
「でも、それにしては内容が不気味じゃありませんでした?
赤い髪の王がどうのとか、穢れた血がどうのとか」
「そうねえ、確かに一介の商社の社長に送りつけるにしては嫌に思想犯的よね。紙切れの法、とか、王権が、とか。
でも、アルブレヒト様に宛てられたものなんだからディアナさんは忘れましょ」
ヘレナは、夕食までの間少し昼寝をすると言って自室に戻っていった。
連日連れ回してしまったから疲れも溜まるだろう。
ディアナは少し申し訳なく思いつつ、自分も休むとモニカに伝えた。
ひとりになった部屋でディアナはベッドに倒れ込んだ。
昨晩もよく眠れなかった。
だから眠いはずなのに目が冴えてしまう。
ここ数日のことに加えてアルブレヒトの来訪に、先ほどの手紙のことも気になってしまう。
赤き御髪の王。
紙切れの法により王権を断たれし忌まわしき日。
赤い髪の王といえば旧王朝のクジェルカ朝だ。
クジェルカ朝の王権が終わったのは、現王家のパストルニャーク家が革命を起こして憲法を制定したから。
ヘレナの授業で教わったことが思い起こされる。
ディアナはベッドで仰向けになったまま、なぜ自分があの手紙が気になって仕方がないのかを考えた。
赤い御髪の王。
赤毛。
赤毛…。
ディアナは、ふと、自分の記憶に違和感を抱いた。
何かがおかしい。
あの人。
あの人は、あんな顔だった…?
あの人は、あんな声だった…?
違和感は考えるうちに不安へと変わり、不安は確信と変わっていった。
魔法に、かかっていたのかもしれない。
そしてアルブレヒトに宛てられた手紙を思い出す。
赤き御髪の王は、紙切れの法により王権を断たれし忌まわしき日に、鐘の鳴る刻とともに帰還する。
紙切れの法により王権を断たれた忌まわしき日。
つまり、立憲記念日は、明日だ。
ディアナは、ベッドから起き上がり、最低限の荷物だけ持って部屋を飛び出した。
ディアナの勢いに驚いている様子のフロントの女性に、こう告げた。
「一番早く王都に帰る手段をひとり分!今すぐ手配してください!」




