ランチを食べよう
昼の礼拝が終わって、大聖堂前の広場に面した店にはいると、昼食を摂る研究者たちで混雑していた。
テラス席に案内された4人は、各々メニューを眺めた。
注文は手短に済ませた。
ヘレナは名物料理を店員に尋ねて山羊肉のハーブ煮込みを注文し、ディアナは「では、それと同じものを」と追加した。
ラウラは好物だというチーズ料理を選び、マティアシュは曜日で食べるものを決めているらしく、豆のスープを頼んだ。
店員が去ると、マティアシュはぐっと伸びをした。
「それにしても、今の司教様は良い説教をなさるね!」
明るく、心の底から言っている風なマティアシュに、他の3人も同意した。
「そうだね。足の悪い女の話をあんなふうに解釈なさるなんて、目から鱗だった」
あまり表情は変わっていないが、声音はとても明るいラウラ。
マティアシュは満足そうに頷いて、ディアナとヘレナに微笑みかけた。
「今の司教様はセリヴォーンに来てまだ4年くらいだけど、僕もラウラも何度も司教様のお話に救われているんだ。
僕らが悩んでいるときに、ちょうど欲しい言葉を礼拝で語ってくださる。
司教様はそういう不思議な力をお持ちなんじゃないかと思っているよ」
ディアナは、そうですね、と頷く。
本当に、心のうちを見透かされているのではないかと思ったほどだ。
するとマティアシュがイタズラっぽく笑った。
「ラウラはね、こんな感じだけどディアナさんのことすごく心配しているみたいなんだ。
だからわざわざ礼拝に誘ったんだよ。自分じゃどうにもできないから、司教様の力を借りようとしてね」
ラウラが、マティアシュの肩をばしっと叩いた。
「痛い!何するんだ!?」
「マティ、うるさい。余計なことを言うな」
耳が真っ赤になっているラウラにディアナもヘレナもつい笑ってしまった。
「ありがとうございます、ラウラ先生。
おかげで、勇気をもらえました」
ちゃんと頭を下げて礼を言うと、ラウラはきゅーっと顔を真っ赤にして、何か言いながらそっぽを向いた。
よほど照れ屋らしい。
ついヘレナと顔を見合わせて笑ってしまう。
それからしばらくは事件から離れた話をした。
マティアシュが修道院育ちなことや最近大聖堂付近に住み着いている野良猫の話、ラウラの生活が不健康なことについて、ヘレナの学生時代の話など、他愛もない話ばかりだった。
途中で料理が運ばれてきて、和やかに話しながら食べ始めた。
潮風を感じながら、大聖堂を眺める。
石灰を塗られた外壁は白亜に輝いていて、青い空とのコントラストが眩しかった。
つい見惚れていると、隣からヘレナに声をかけられる。
「ディアナさん、ちゃんと食べないとだめよ」
ディアナは慌ててナイフとフォークを持ち直した。
ヘレナの声音は、ディアナを諌めるというよりも、気遣うような調子だった。
ヘレナに心配をかけたくない。
ディアナは、山羊肉を口に入れた。
「…美味しいです!」
そう言うと、ヘレナは、そう、と微笑んで自身の食事に戻った。
「そういえばさ、ディアナさんってペトラーチェク商事と関係があるの?」
マティアシュが綺麗にパンをちぎって食べながら、呑気に尋ねてきた。
「え、ええ、まあ」
突然の質問にディアナは慌てた。
ラウラにも伝えているのだから別に隠すことではないが、急に自分に話題が回ってきて驚いたのだ。
マティアシュはぱっと目を輝かせた。
「そうか、やっぱり!
いやね、夏に王都でペトラーチェク商事の副社長にお会いしたんだよ。確かお名前は、フィリプ様、だったかな。
彼はすごいね、本当に。
ディアナさん会ったことある?」
「まあ、はい。実は今の夫です…」
「そうかそうか!」
マティアシュは大きく頷いた。
「聞いたところによると、彼は飛び級で大学を出たんだろう?
彼の論文を、僕はそうとは知らずに以前読んでいてさ、驚いたよ。
あの『同一基材における聖気伝導率可変化手法と、それが魔法陣発動特性に与える影響』の著者があんなに若い人だったなんてさ!」
そこで、ふと何かに気づいたように首を傾げる。
「あれ?」
俯いて考え出すマティアシュ。
「グスタフさんもディアナさんの夫で、フィリプ様も夫、ということは…」
顔を上げて、目を丸くしてディアナを見た。
「夫が二人…!?」
「気を使え、ばか!」
ラウラがマティアシュの頭をぽかっと殴った。
「痛い…!?ご、ごめんなさい…」
マティアシュは頭を抑えながら肩を落としてしゅんとした。
ラウラはパンをちぎって食べながら、まったく、と小言を言っている。
ディアナはラウラの勢いに驚いて少しの間言葉が出なかったが、小さく息を吐いて首を横に振った。
「いえ、お気になさらず」
そう言って微笑むと、隣でヘレナも、安堵したように息を吐いた。
それでもマティアシュはしゅんとしたままだったのでディアナはちょっと考えて話題を振った。
「旦那様とお会いになったんですね。どんなご用向きで?」
すると、マティアシュはぱっと顔を明るくした。
「そうそう。王都の魔法技術展示会だよ」
待ってましたと言わんばかりにマティアシュは語り出した。
「あれは本当にすごかった。国内はもちろん、国外の研究者まで集まっていてさ。
最先端の研究発表も多かったし、逆に旧王朝時代の技術を掘り起こす展示もあった。
市庁舎の敷地内にある博物館を貸し切って行われたんだ」
ラウラは半眼になりながらも、黙って聞いている。
「最先端といっても、派手な魔法ばかりじゃないんだ。
魔法陣の安定化とか、聖気の流れをどう制御するかとか、地味だけど重要な研究が多くてね。
僕の研究にも応用が効きそうな内容ばかりで、1日じゃ回りきれないくらいだった」
マティアシュはパンをちぎりながら、途切れることなく続けた。
「中でも一番人が集まっていたのは、旧王朝関連の発表だったかな。
ヘレナさんとディアナさんは、王都出身だから知っているだろう?
市庁舎、つまり旧王朝の王宮にある時計塔」
ディアナとヘレナはそれぞれ頷く。
市庁舎の時計塔には昔から馴染みがある。毎時鳴る鐘は市庁舎からずいぶん離れていてもよく聞こえるのだ。
「実はあれ、ただの記念碑的建造物じゃない可能性が高いらしいんだ。
内部構造を詳しく調べたら、建築用とは思えない魔法陣の層がいくつも見つかったとかで」
「魔法陣?でもそれって時計の維持管理のためじゃないの?」
ヘレナが問い返す。
「これまではそう考えられていたけれど、それにしては構造が過剰すぎるって疑問視する声はずっとあったらしいよ。
今回魔法陣の解析が進んで、時計塔全体が巨大なマジックツールとして利用されていたんじゃないかって説が出てきたらしい」
マティアシュは肩をすくめた。
「どんな用途だったかはまだ解析中らしいけど、とにかく複雑で大規模なものであったことは間違いない。
時計塔の解析が進めば、きっと旧王朝時代の魔法の研究がもっと進むだろうね」
ラウラが横からマティアシュを小突く。
「それよりフィリプ・ペトラーチェクに会った話だろう」
「あ、そうだった。
そう、その展示会にね、フィリプ様は主催者側としていらしてたんだ。
なんでもペトラーチェク商事が協賛として開催に協力をしていたらしいんだよ。
観測院の展示にも興味を示してくださって、ずいぶん色々質問されたよ。
朗らかで、にこにこしながら、面白い角度から質問してくるから僕もついむきになっちゃった」
元は研究者を目指していたフィリプのことだ。
それはもう楽しかったことだろう。
それと同時に、研究というものに対しての苦い思いも再燃したのかもしれない。
ディアナは、王都に帰ったら、展示会のことを聞いてみようと思った。
フィリプはきっと楽しく話してくれるだろう。
ディアナがフィリプのことを想う間にもマティアシュは喋り続けていた。
「夜にはね、王太子殿下主催の若手協議会が開かれたんだ。
王太子殿下が国内の優秀な若い世代と一緒にこの国の未来を考える会って体だったけど実際には立食パーティーだった。
ありがたいことに僕も招かれてね、当然フィリプ様もいらして、学生時代のことを色々話してくださった」
マティアシュはぺらぺら喋りながら、もぐもぐ料理を食べ進めている。
喋っている割に食べ方が綺麗でディアナは変なところに感心してしまった。
協議会の様子だったり、昼間の展示会の様子だったり、その展示会の発表の内容だったりに話は飛びながらも、本当にマティアシュはよく喋る男だった。
ディアナもヘレナもラウラも食べ終わったというのにまだ喋り続けるマティアシュを、ラウラが『研究室に戻るぞ』と立ち上がらせて、店を出て、研究室に戻る道すがらもよく喋っていた。
よくもまあこれほど口が回るものだ。
ディアナは、少々圧倒されながら、ほぼほぼ内容のわからない話を聞く。
ヘレナも、途中から飽きたようで道すがらの建物や植物を観察しているようだった。
ラウラに至っては、ディアナに小声で『ディアナ殿のせいだぞ、展示会の話をあいつに振るから。夏以来ずっとあの調子なんだから』と小言を言ってきた。
そう言われましてもとディアナはちょっと唇を尖らせた。
ラウラの研究室に戻って、ソファに座り、ラウラがハーブティーを淹れてくれた。
当然のように一緒にラウラの研究室まで来たマティアシュは、ハーブティーを飲みながらラウラに微笑みかけた。
「だからさ、本当に素晴らしい催しだったよ。またやって欲しいくらいだ。僕は何回だって行くよ。
ラウラも来ればよかったのに。すごかったよ」
そう言われてラウラは、はーっとため息を吐いた。
「何度も言っているだろう。
私はそんな王都でやる催しなんて華やかすぎて疲れるから行きたくないって。そりゃまあ興味がないといえば嘘になるが、それ以上に疲れそうだ。
それに、展示会は確か8月26日だったろう。グスタフ殿が来る約束をしていたんだから行けるわけ…」
ディアナはがたっと立ち上がった。
「…どうした、ディアナ殿?」
目をまん丸くしてラウラはディアナを見つめた。
「…王都のその展示会、旦那様、いえ、フィリプ・ペトラーチェク様も参加してらしたんですよね?」
同じく目を丸くしているマティアシュが頷く。
「う、うん、朝から、夜の協議会まで、ずっといらしたと思う」
「それって、それって、グスタフがここに来た、8月の26日のことなんですよね…?」
今度はラウラとマティアシュが揃って頷く。
「そのはずだ」
「うん、8月26日だった。それがどうかしたのかい?」
ディアナはヘレナの方を振り向いた。
「ヘレナ先生、これって、つまり旦那様にはできない、ってことですよね…!?」
ヘレナは口元が緩みそうになるのを手で隠しながら、慎重に首を横に振った。
「いえ、まだよ、ディアナさん。もし、フィリプさんが中座している時間でもあったら、その間にできないこともないんじゃないかしら。
転移魔法を使えば、王都からだってすぐ移動できるんだもの」
「そんな…」
ディアナはまたソファに座り込む。
ヘレナの言葉にマティアシュとラウラは顔色を変えた。
「つまり、グスタフ殿を殺した犯人がフィリプ殿だと疑っているというわけか。
マティの話を聞く限り、フィリプ殿はなかなか魔法の造詣が深いようだから有り得ないこともないと」
ええ、とヘレナが頷くと、ラウラはマティアシュに
「どうなんだ、マティ?」
と話を戻した。
マティアシュは少しの間沈黙した。
数十分ぶりのマティアシュの沈黙。
少ししてからマティアシュは顔を上げた。
「考えたけど、フィリプ様には無理だと思う。
午前中も早い時間から夕方まで展示会の会場にいらしていたし、その間ずっと各所に引っ張りだこだった。
展示会が終わってからすぐに夜の協議会が始まったし、パーティーは深夜まで続いていたよ」
マティアシュは、そうだ、と一つ思い出したようで、指を立てた。
「あの日のことは確か新聞に載っていたはずだ。ほら、ラウラにも見せただろう」
ラウラは、ああ! と思い出したらしく、弾かれたように立ち上がり、デスクの紙の山の中から新聞を取り出してきた。
「これか」
そう言って広げて見せてくれた記事は、新聞の紙面の半分ほどを占めるものだった。
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王都日報・八月二十七日付
王太子殿下、魔法技術展示会に終日臨席
立憲二百年を見据え、知と技術の未来を示す
昨日八月二十六日、市庁舎敷地内の博物館にて開催された「魔法技術展示会」は、王太子殿下の御臨席のもと、盛況のうちに幕を閉じた。
殿下は早朝より会場を巡り、国内外の研究者による発表や実演に熱心に耳を傾けられた。旧王朝時代の魔法技術に関する展示では、予定時間を超えて質問を重ねられる場面も見られ、その関心の深さが窺えた。
殿下および来賓の案内と展示内容の技術解説は、協賛商会が分担して担当し、ペトラーチェク商事副社長フィリプ・ペトラーチェク氏も随行役の一人として、各展示を回り研究者との橋渡しを務めた。会場では終日、同氏が各所で説明にあたる姿が見られたという。
夕刻からは若手実務者・技術者による協議会が開かれ、殿下は席を定めることなく参加者と意見を交わされた。深夜には関係者をねぎらう懇談会も催され、殿下は展示内容を振り返りながら和やかに語られた。その折も、主催側関係者が殿下に随行し、参加者紹介や議論の補足を行う様子が見られた。
本年は憲法制定から百九十八年。殿下は取材に対し「学問と技術は国の礎であり、二百年の節目に向け、若い力が結ばれる場を大切にしたい」と述べられた。
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「この主催側関係者っていうのがフィリプ様だよ」
マティアシュが文面を指差して言う。
「僕が参加したのは若手協議会までだったけど、それも夜10時過ぎまで続いていた。それまでフィリプ様はほとんどずっと殿下に付き添ってらしたよ。
懇談会は日付が変わってからも続いたと聞くし、フィリプ様も最後までいらしたはずだ。
仮に中座されていてもほんの数分のことで、ビルスレビヴやら、ここやら、行ったり来たりしている時間なんてなかったと思う」
マティアシュはにこっと笑った。
「それじゃあ、旦那様には犯行はできない…!」
「できないわ!少なくとも実行犯じゃない!」
「旦那様は、実行犯じゃなーい!」
ディアナはヘレナときゃーきゃー笑いあった。
グスタフのふりをした犯人が列車に乗ったのは夜10時前だ。
夜10時過ぎまでずっと王太子殿下に従っていたのなら、フィリプが列車に乗ることは不可能。
列車に乗ることが不可能なら、セリヴォーンからグスタフを列車内に転移させることは不可能。
少なくともフィリプは実行犯じゃない。
ヘレナと抱き合い、よかった、よかった、と互いに声を掛け合う。
それからふあーっと大きくため息を吐いてソファに身を預けた。
「マティアシュ先生、ラウラ先生、本当にありがとうございます。
お二人のおかげで、旦那様を疑わずに済むようになりました…!」
マティアシュもラウラも、腑に落ちないような、まんざらでもないような、なんともいえない表情をしながら頷いた。
「あー、うん、まあ、そうだな…?」
「これくらいならいくらでも…」
そうは言っても、まだ犯人はわからない。
フィリプだって実行犯ではないだけで、もしかすると、あまり考えたくはないけれど、計画して手引きをしたという可能性は残っている、のかもしれない。
それでも、幼馴染で夫のグスタフを、フィリプがその手にかけたという最悪のシミュレーションを止めることができた。
ディアナは、それが嬉しかった。
まだまだある懸念はわきにおいて、ディアナは一旦喜びに浸った。




