セリヴォーン大聖堂
「本日は、預言者ヨダジュ様のお話をいたしましょう」
セリヴォーン大聖堂に、年老いた司教の落ち着いた声が響いた。
大聖堂内には、修道士と修道女、ディアナたち4人のほかは両手で数えられるほどの会衆しかいなかった。
「ヨダジュ様は、王子であったと聖書に記されています」
子どもの頃から礼拝のたびに何度も聞いている話ね、とディアナはと思った。
隣に座るラウラとマティアシュの様子をそっと見る。
2人とも視線はまっすぐ司教へと向けられていて、時折小さく頷いたりしている様子がある。
「赤い髪をしていたとか、背が高く、壮健で、見目麗しい青年であったとか、そうした語りを耳にしたことのある方もおられるでしょう」
反対隣のヘレナもまっすぐ司教に向けられている。
けれどもラウラたちとは違い、横顔からは何を考えているのかが全く分からなかった。
司教の説教に全く集中できないディアナは、なんだか泣きたいような苦しいような心地だった。
「しかし、そうした語りは、主として後の時代、ことに旧王朝の頃に好んで語られるようになったものです。代々赤毛の旧王家が、ヨダジュ様の髪色を赤として自らを権威づけようとしたと考えられています。
聖書そのものは、ヨダジュ様のお姿について多くを語ってはおりません。
なぜなら、大切なのはそのお姿ではなく、ヨダジュ様がどのように生きられたか、だからです」
穏やかな司教の語り。
平時であれば、ディアナももう少しだけ熱心に聞いていたかもしれない。
けれども、今は。
どうしてラウラは自分をここに誘ったんだろう、とぼんやり考えて、結論は出なかった。
「ヨダジュ様は、王子でありながら王宮を離れ、人々の間を旅されました。
王としてではなく、一人の人として、弱き者と同じ地面を歩かれたのです」
だいたい昼の礼拝に参加するというのも珍しい。
ここに来るまでにラウラが昼の礼拝への参加を日課にしていると聞いた。マティアシュも、可能な限り参加しているという。
セリヴォーンの土地柄、敬虔な信徒が多く、みんな昼の礼拝を守るのだろうか、と思っていたが、実際に来てみると思ったよりも会衆は少なかった。
「ヨダジュ様が旅の途中で病を得られたときの話は、皆さんもご存じでしょう。
皮膚は膿み、臭いもあり、人々は思わず顔を背けました」
足の悪い女の話だわ、とディアナは思った。
ヨダジュの旅の話の中でも、礼拝でよく取り上げられるエピソードの一つ。何度も聞いたことがある話だった。
セリヴォーンの司教様も、王都の司祭様と同じお話をなさるのね、とディアナは思った。
司教は話を続ける。
「そのとき、足の悪い一人の女がいました。
女は長く歩くことができず、道の傍らに座って過ごしていたと記されています。
女は布を取り、ヨダジュ様の膿んだ患部を拭いました。
それは勇気ある行いでしたが、恐れがなかったわけではありません。
ヨダジュ様は杖を振り、女の足は癒えました。女は立ち上がり、そして泣きました。
そのとき、ヨダジュ様はこう仰いました。
『恐れてもよい。しかし、見よ』」
やはり知っている話だ。
ディアナは、手元に視線を落とした。
見た目で差別をしてはいけない、という話だ。
「この言葉は、長く『外見により、差別をしてはならない』という教えとして語られてきました。どんな見た目をしていても、どんな立場の相手であっても、女がヨダジュ様にしたように、向き合って、真心を込めた対応をするようにと。
それもまた正しい解釈です。実際、とても難しいことです」
司教は時折会衆を見渡しながら、にこにこと話を続ける。
「けれど私は、ヨダジュ様はこう仰ったのではないかと考えています。
己の中に恐れがあっても、それを理由に顔を伏せてはならない、と」
ディアナは、顔を上げた。
指で弾かれたように胸の奥が跳ねた。
司教までの距離は離れているのに、顔を上げた瞬間目が合ったような気がした。
視線はすぐに外れて、司教はまた全体に向けて説教を続ける。
「女は、ヨダジュ様の爛れて膿んだ皮膚を見たとき、目を背けずに向き合いました。
しかし、ヨダジュ様の奇跡の力で立ち上がったときには、泣いて顔を伏せました。
女が泣いた理由を、歩けるようになった嬉し泣きだと解釈するのが普通でしょう。
けれども、私は『自分の力で立ち上がり、見えるものが増え、行ける場所が増えたことに恐怖したから泣いたのではないか』と考えています」
ディアナは、すっと姿勢を正して司教を見つめた。
改めて見る司教は、子ども向けの絵本に出てくる優しいドワーフのような容姿で、なんとなく可愛らしい雰囲気だった。
「これまで座ってすごしてきた女が立てるようになったとき、自身の2本の足の不安定さに恐怖し、その視線の高さに驚き、自分で歩く道を決めなければならないことに恐れを抱いても何ら不思議はありません」
ディアナは、足の悪い女を想像した。
生まれて初めて見る、少し高いところからの景色。
自分の足で立つ、初めての感覚。
これまで足が悪いという理由でできなかった、自分で道を決めて歩くこと。
ずっと願っていたことだけれど、それがある日突然実現したら、ディアナだったら喜びよりもまず先に怖さがくる。
自分の生きる世界がこれまでとは全く変わって見えて、体を預けていた地面とは距離ができて、自由と呼ばれる責任を背負うことになる。
ヨダジュ様の奇跡は、本当に女のためになったのだろうか。
ディアナはこれまで何度も聞いていた話に初めての疑問を抱いた。
司教は、話を続ける。
「そしてヨダジュ様は『恐れてもよい。しかし、見よ』と仰いました。その場にいた弟子や聴衆に対し仰ったのか、それとも泣く女に対し仰ったのか…」
ふうっと司教は息を吐いた。
大聖堂の空気が引き締まるのを、ディアナは感じた。
「神は人に試練を与えられます。けれど、神は人が恐れを抱くことを咎められません。
真に望まれないことは、恐れのために顔を伏せることでしょう。そして神は私たちの歩みを決して見捨てず、必ず導いてくださいます。
聖書には、そう記されています」
司教は、聖書をゆっくりと閉じた。
「今日の話はここまでです。
みなさん、お祈りをしましょう」
会衆は一斉に手を三角に組んで目を閉じる。
ディアナは、周りに倣って目を閉じる、その前に深く息を吸った。
祈りたい。
司教のお祈りのことばの間、ディアナは自分の心と向き合って、お祈りを捧げ続けた。
どうか、どうか、神さま。
私の心をご覧ください。
私は今、恐れています。
真実を知ること、その真実の暗さ、誰かを疑うこと。
本当は、全部投げ出して、泣き出して、両親や舅や夫に会いたい。
でも、どうか、最後まで私を、導いてください。
これ以上、私の大切な人が、怖い思いや痛い思いをしないですむように、導いてください。
恐れを抱いたままでも、真実を知ることができますように。
真実を知る恐怖に、顔を伏せずにいられますように。
そして、これからは、誰かを守れる私であれますように。
どうか、どうか、神さま、私の祈りを聞いてください。




