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帰りの馬車で

 列車を見送ったあと、ディアナとヘレナは馬車に乗ってホテルへの帰途についた。


 ラダイアの静かな街を馬車はゆっくりと走りはじめる。


「シュテフルさん、朗らかで真面目で話しやすくて、良い方だったわね」


 ヘレナはふーっと息を吐きながら笑った。


「ええ、本当に」


 ディアナも笑って頷いた。

 先日会った警察があんな感じだったから尚更、シュテフルの善人さを感じてほっとした。


 それでもやっぱり緊張はしていたようでヘレナと二人になった瞬間、肩が凝っているのを自覚した。

 ホテルに帰ったら早く楽な格好に着替えたい。

 はしたなくない程度に両肩を上げて、少しだけ伸びをする。


 少しの間沈黙が続いて、馬車の車輪が石畳の上を走る音だけが聞こえた。


「はー、それにしてもラダイアって本当に静かな街ねえ!」


 突然ヘレナが明るい声で話し出した。

 ディアナは急な大きな声に少し驚いたものの、笑顔で、そうですね、と答えた。

 

「ねえ、ディアナさん、お夕食のあと遺跡の周りを散歩してみない?

せっかくラダイアにいるんだもの、少しくらい観光…」


 妙に明るいヘレナにディアナは面食らった。

 反応できないでいるうちにヘレナはトーンを落として言葉を止める。


「いえ、そんな場合じゃないわね。ごめんなさい。ねえ、ディアナさん」


 ヘレナのまあるい垂れ目がディアナを見つめてきた。

 目を瞬いて、はい、と返事をする。


「シュテフルさんの話、どう思った?」


 ディアナは、うっ、と息が詰まった。

 どう答えようか悩んで、ヘレナから目を逸らす。


 知りたい、知らなきゃいけない。

 そう思ってこの探偵ごっこを始めたのはディアナだが、いざ、ほんの少しだけ真実っぽいものが見えそうになってみたら、足がすくんだ。


 でも、やっぱり、シュテフルの話から思ったことがディアナにはいくつかあった。


「やっぱり、シュテフルさんの言っていた『タバコの匂いがするどころか香水のような匂いがした』っていうのと『ハンチング帽』と、それから考えすぎかもしれませんが『予約が急だった』ということが気になっています」


 ヘレナの顔を見ずに言ったが、彼女が、そうね、と頷いたのがわかって顔を上げた。


「グスタフさんがハンチング帽を持っていなかったのは確かなのよね?」


「ええ。彼の持ち物リストにハンチング帽なんてあったこともありません」


「それなら、工房を出たあとに買ったのかしら?

…いいえ、だとしたらその帽子がどこに行ったのかがわからないままだわ。

ああ、それと『予約が急だった』のが気になるのはどうして?シュテフルさんもおっしゃっていたけれど、急な予約というのはそう珍しいことじゃないでしょう?」


 ヘレナの問いに、ディアナはこの違和感をどう説明しようか少し悩んだ。


「えっと、グスタフが工房のお仕事でどこかに行くとき、前々から準備していることが多かったような気がして。ただ、いつも私には何も言わなかったものですから、グスタフが何か準備している様子でなんとなく察する、という感じで確実じゃないんですけど。

でも、グスタフの性格からして朝には工房を出ているんですから、そのまま午前中のうちには予約をするんじゃないかって思うんです。

でも、そうじゃないこともある、ぎりぎりのこともあるって言われたらそうなんですけど…」


 ぐだぐだしてしまった説明にも関わらず、ヘレナは、ふむと飲み込んでくれる。

 

「それは確かに、少し不自然な感じがするわね…。何かイレギュラーがあったのかしら。

それにやっぱりタバコの匂いも気になるわ」


 ディアナは、ええ、と強く頷いた。


「そうなんです。服を着替えても髪や肌についているのか、タバコの匂いがしていたんです、グスタフって。ましてや香水のいい匂いなんてするわけがないんです」


 そうよねえ、と頷くヘレナ。


「でもだから何、っていうのがわからないわ…!」


 ヘレナの言葉にディアナは、深く息を吐いた。

 シュテフルの話を聞いたときから引っかかっているのに、それが何を意味することなのかがわからない。

 こんなに強い違和感なのに、考えても無駄なことなのかもしれない。


 自分で始めた探偵ごっこだけど無茶してるわ、と思ってつい渇いた笑いが口から漏れた。


「ふふっ。

それにしても、香水にハンチング帽なんて、グスタフらしくない。まるで知らない人みたいだわ」


 グスタフが香水を選んで着けて、ハンチング帽をかぶって鏡を見ているなんてところを想像したら、どうしても笑えてしまう。


 おしゃれするにしても、なんで香水とハンチング帽?


「…それよ」


 ヘレナが静かに一言そう言った。


「え?」


「ディアナさん、それよ、きっと…!可能性あるわよ」


 ディアナにはなんのことか全くわからないのに、ヘレナはふんすふんすと鼻息を荒くしている。


「か、可能性…?なんのことです…?」


「だからね、ディアナさん。誰かがグスタフさんを名乗って、グスタフさんとして列車に乗ったんじゃないかしら…!」


 言われて、はて、と考える。

 

 行方のわからないハンチング帽で隠された顔。

 するはずのタバコの匂いがしないで、香水のいい香りがした。


「なるほど…。確かに、その方がグスタフ本人が香水をつけていたよりも納得ができます…。

シュテフルさんは、グスタフに会ったことがないから、声も知らない。

似たような背格好の男性なら朝グスタフを見つけたときにも気づけませんよね…」


 そこまで言ってから、ふと不思議なことに気づく。


「あれ、でもそれだと、その香水をつけた誰かは一体どこへ行ってしまったのでしょう…?」


 ディアナの疑問にヘレナは、そうなのよねえ、と勢いが削がれたように背もたれに寄りかかった。


「それにグスタフさん本人は一体どうやって列車に乗ったのかしら?シュテフルさんは一晩中グスタフさんの部屋には出入りがなかったって言っていたし…。

やっぱり違うのかしら…?」


 ヘレナは自信をなくしていったようで、眉がだんだん寄せられていった。


 ディアナとしては、この『乗車時グスタフ別人説』は真実なんじゃないかと思っている。それくらい、香水をつけたグスタフなんて想像ができないからだ。


 けれども、反対にそれでは説明のできないことも発生してしまう。


「でも、もし、何かの方法でグスタフのフリをした誰かが列車から降りられて、なんらかの方法でグスタフが列車に乗ることができたら、成立するってことですよね?」


「ええ、そうね。まあそれが難しいのだけれど…」


 ディアナもそう思う。

 ただ、自分ひとりで考えただけだと絶対に分からないので、ひとまず思い付きを口に出してみることにした。


「えーっと、それならグスタフも別の人のふりをして列車に乗り込んだとか。グスタフのふりをした人より前に別人を名乗って列車に乗って、先に部屋に入っておくんです。そうすれば、グスタフが列車に乗った方法は解決じゃありません?」


「でもそれだと、グスタフさんのふりをした人がどうやって降りたか、が謎のままよ」


「うーん、窓も内側から鍵がかかっていたとおっしゃっていたし…。部屋に隠し通路があったとか?」


「そんな通路、もしあったらシュテフルさんが知らないはずないと思うのだけれど…」


 ヘレナの言うことにディアナも全面的に同意だった。

 やはり、この考えはなにか違うらしい。


「じゃあ、グスタフのフリをした誰かは、シュテフルさんがドアを開けたときにそのドアの裏に隠れていて、シュテフルさんがグスタフに駆け寄った隙を見て客室から出た、とかどうでしょう。グスタフは、さっきと同じように別人のフリをして先に乗車していて」


 昔見た女探偵ものの劇はこうして犯人が密室トリックを完成させていたのを思い出した。

 自分で言って、その光景を想像して首を傾げた。


「あ、でも、グスタフと同じくらいの背格好の男性がドアの後ろに隠れるのは無理ですね…」


「そうね、列車のドアの大きさを考えると、小さな子どもならともかく、成人男性となればまずシュテフルさんが気づくわね。ドアが開ききらなくて」


 やっぱりそうか。

 ディアナは、うーん、とまた頭を抱えた。


「何か、魔法って使えないでしょうか…?グスタフのフリをしたひとが客室を出るときの姿が見えないようにする魔法とか、ないんでしょうか…」


 ヘレナはそれを聞いて、そうねえ、と考え始める。


「近いのは催眠魔法かしら。でも、私も詳しくないから確かなことは言えないわ…。

それに、もしその人が自分の姿を見えないようにする魔法を使ったとしても、シュテフルさんが《なぜか誰もいないのにドアが開いた》様子を見ているはずだわ。

それから、その人が客室を出てからどうやってドアの鍵を閉めたのか、も謎になってしまう」


 ヘレナは眉間にしわを寄せて考えながら、「ただ、もしかしたら」と言葉をつづけた。


「転移魔法、ならあり得るかもしれないわね…」


 ディアナは、はて、と首を傾げる。


「転移魔法ですか」


「ええ」


「転移魔法の基本的な仕組みはディアナさんも分かるわよね?」


「はい。えーっと、二つの魔法陣の間を移動できるんですよね。ラダイアのホテルと、王都のペトラーチェク商事にそれぞれ魔法陣を設置して物を置くと、離れていてももう一つの魔法陣の方に物が移動する、みたいな」


 ヘレナは、そう、と頷いた。

 その可能性を脳内で検討しているのか、それともディアナに対して慎重に言葉を選んでいるのか、いずれにしろ、少しの間沈黙した。


「まず、犯人は、どこかでグスタフさんを聖気で魅了した。

そのあと、ビルスレビヴでグスタフさんのフリをしてひとりで列車に乗る。客室内に魔法陣を持ち込んで、どこか列車の外に事前に設置しておいた魔法陣に転移。

今度はグスタフさんを抱えた状態で、さっきとは逆に列車の客室内に転移。

ドアと窓の鍵を内側からかけてから、転移魔法をもう一度使って逃走」 


「そ、そんなことが、できるんですか…?」


 ヘレナは、少し躊躇ってから首を横に振る。


「正直にいうと、分からないわ。転移魔法の知識があまりないから…。

でも、ほかの方法とは違って、この方法だったらシュテフルさんが言っていたことと矛盾する部分はないと思うの。

ほら、予約が急だったのも、本当はグスタフさんは全く別のところに行こうとしていたけれど犯人が急遽トリックにために使ったから、って説明ができるじゃない?」


 確かに、ヘレナが言った通りの流れなら、シュテフルから聞いた話やグスタフの人物像と矛盾はないように思う。

 そしてディアナは一つ思い出したことがあった。


「グスタフは誰かに会うためにユームレーに行ったんだと思ってました。それなのに、グスタフが来ないことについて誰からも連絡がなかった…。

もしヘレナ先生のおっしゃる通り、グスタフが他のどこかで用事を済ませたあとに転移させられたのだとしたら、辻褄が合います…!」


 自身の考えを裏付ける状況証拠に、ヘレナはほっとしたように眉を下げた。

 考えれば考えるほど、ヘレナの考えが正しいような気がしてくる。


 そして、この仮説は全く別の謎を呼んでいることにディアナは気づいた。


「ヘレナ先生、そうなると、グスタフが本当はどこに行っていたんでしょう…?」


 ヘレナは、そうなのよね、と苦い顔をした。


「それこそ手がかりが何もないわよね…。

ただ、それさえわかれば真実に大きく近づけると思うの」


 真実。


 そう言われてディアナはごくりと唾を飲んだ。ゾワっと鳥肌が立つ。

 

「どうかした、ディアナさん?」


 突然黙ったディアナにヘレナは心配そうに目を向けた。

 少し悩んで、ディアナは首を横に振った。


「いえ、なんでもありません」


「そう…?」


 ヘレナは心配そうではあるが、ディアナ同様沈黙した。


 ディアナは、グスタフの死が本当に殺人事件だったのだということを改めて感じていた。

 警察署に行って以来、その可能性が高いと思っていた。そして、転移魔法が使われたかもしれない、ということになってくると、これはもう、確実に誰かの作為だ。

 ディアナの幼馴染で、夫で、大切な人だったグスタフが、誰かの、なんらかの意図によって殺された。

 それをどうにか暴こうとしている。


 自分で始めた探偵ごっこだったが、それがどれほど怖いことか、ディアナはじわじわと感じ始めていた。


 そしてもう一つ気づいたことがある。


 転移魔法は難しい魔法だ。大学まで行っているヘレナでさえも詳しいことは何も知らない。

 転移魔法を学ぶことができる人は限られているのだ。しかもその限られた人でさえ、使用するには許可がいる。

 もしそんな魔法を犯人が使ったのだとしたら、『転移魔法を学べるくらい、特別な階級にいる人』が犯人だということになる。


 そんな人に殺されるなんて、グスタフは一体何をしたのだろう。


 夫の全く知らない一面が見えてしまいそうで、ディアナはそれも怖かった。


「…ヘレナ先生」


 ディアナの呼びかけに、ええ、とヘレナは優しく微笑んだ。


「転移魔法を学ぶことができる人って、どんな人でしょう?」


 自身の恐怖が伝わったらヘレナに『もうこんなことはやめましょう』と言われそうで、そうならないようにディアナは努めて普通に振る舞った。

 犯人の目星が何かつけられないかと思って尋ねただけだったが、ヘレナの表情が途端に曇った。


 それでもヘレナは、微笑んで答えてくれる。


「まずは、王族の方々ね。実際に修得されるかはご本人の希望次第だけれど、希望すればいつでも門は開かれるわ。国教会の司教様も確かそうよ。

それから、王立騎士団のなかでも魔法が得意な一部の優秀層とか、インフラ系の技術者とか。

その他の場合は、魔法の実力と人格的な問題がないかとを総合的に評価されて、個人ごとに判断されるの」


 ディアナは、ふうん、と聞いてふと思い出した。


「それなら旦那様は本当にすごい方なんですね。転移魔法が使えるとおっしゃっていたんです。許可が下りたなんて、実力も人格も問題ないってことですよね」


 なんの気なしに口に出してから、さっきヘレナの顔が曇った理由がわかった。

 

「…ええ、ほんとにね。フィリプさんて優秀だもの」


 ヘレナは、微笑んだままディアナに同意してくれた。

 でもその考えていること、ディアナには言わないでいてくれていることを察して、ディアナはまた唾を飲んだ。


 まさか、そんなわけはない。

 でもグスタフのまわりに転移魔法が使える人なんて他にいる…?


「あら、もうホテルね。

ディアナさん、一度お部屋に戻って、あとで一緒にお夕食にしましょ」


 馬車がグランドホテルの前で止まった。


 いつも通り朗らかなヘレナは馬車を降りて、伸びをした。

 それに続いて下りたディアナは、夕焼けのグランドホテルの豪華さに、やっぱり自分は場違いじゃないかしらと思った。

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