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ラダイア警察署に行こう3

「いいわ、ディアナさん。行きましょう」


 ヘレナの声に、ディアナは彼女の方を振り向いた。

 いつも微笑んでいる唇はきっと結ばれて、つんと顎を上げている。


 彼女の真意が分からなくて、首を傾げる。


「こんな田舎の刑事さんじゃお話にならないわ。王都の警察署に行きましょう」


 ディアナに対しては、嘘みたいに微笑んでくれる。

 その雰囲気に圧されて、はい、と頷いてから、また首を傾げた。


「明らかにおかしいもの、このライター。それを、ろくな説明もしないなんて」


 ヘレナの口調に、抑揚がない。

 

 しているでしょ、とでも言いたげな様子で、コウトニーはふんっと鼻を鳴らした。


 ディアナはコウトニーとヘレナをちらちら見つつ、どうすればいいのか必死に考える。

 けれども、いい考えは浮かばない。


「まだディアナさんは受け取りのサイン、していないわね?

 それなら、グスタフさんの遺品は警察の預かりのままです。王都の警察署に行って、しっかりお話を聞いてみましょう。

 こんな、女だからって下に見て舐めてかかってくるような田舎の粗暴者ではありませんから、王都の警察は」


「そ、そんなこと、できるんですか」


 ヘレナの剣幕に圧されつつも、ディアナはなんとか口を挟んだ。


「してもらうわ。

 (わたくし)、王都の警察署にはお友だちがいるのよ」


 すごい、とディアナは小声でつぶやく。


「ですから、コウトニーさん。

 せっかく出していただいて悪いけど、私たち、受け取っていきませんので、しまっておいてくださる?できるだけ丁寧に」


 眉を寄せた、コウトニーの睨みに、ディアナはちょっと怖気づいた。


 毅然と言い切るヘレナの背後に、つい身を隠してしまう。


「……パラツキー夫人、その《お友だち》というのは」


 睨みをきかせたまま低い声でコウトニーは言った。


「あら、ご興味がおありで?私のお友だちの、オリヴェルさんに」


 ヘレナがさらっとそういうと、コウトニーの寄っていた眉が一瞬持ち上げられ、すぐにまたぎゅっと寄せられる。


「オリヴェル・ベドナーシュ長官、ですか」


 長官という役職をディアナは知らないが、コウトニーの反応からして、トップに近いのかもしれない。


 ちらりとヘレナを見ると、ふんわり微笑んで、目を伏せていた。


「ご想像にお任せいたします。さ、行きましょうか、ディアナさん 」


 そう言って踵を返すヘレナ。


 グスタフの遺品に未練はあるが、それよりも警察にきっちり話を聞く方が優先だと、ディアナは内心で自分に言い聞かせる。

 いずれは戻ってくるのだ。


 後ろ髪をひかれる思いながら、入ってきたドアに向かうヘレナの後を追いかける。


「パラツキー夫人」


 コウトニーの不機嫌な声に、思わずディアナは足を止めて、振り返る。


 先ほどまでの、多少は丁寧だった声とは違い、もっと粗野で、猫をかぶるのをやめたのが分かりやすい声だ。


 呼ばれたのはヘレナだが、足を止めただけでコウトニーの方をほとんど見ずに、ええ、と頷いた。


「あんたはさっき、《女だからって下に見て舐めてかかってくるような田舎の粗暴者》と俺のことを評したが、こっちからしたら《庶民だからって下に見て舐めてかかってくるような都会のお貴族様》だよ」


 吐き捨てるように、コウトニーはそう言う。


 そういうことね、とディアナは内心納得した。


 以前会ったとき、これほどコウトニーの態度は悪くなかったように思う。

 コウトニーに限らず、ここの刑事はみんな、もう少し穏やかな対応をしてくれたはずだった。


 《都会のお貴族様》とコウトニーは言った。


 ディアナは、自分がそう見られていることを初めて自覚し、ちょっとだけ、唇を噛む。


 言われた当のヘレナは、あくまでコウトニーの方を振り向かずに、そうですか、と穏やかに言って、軽く礼をしてから歩き去る。


 ディアナは慌てて、失礼しました、と挨拶をしてからヘレナの後を追った。


――――――――――――――――――――


 警察署を出ると、乗ってきた辻馬車がそのまま待っていたので、それに乗り込み、ホテルに戻る。


「ディアナさん、本当にごめんなさい」


 走り出した馬車の中、ヘレナは深いため息とともにそう言って、ディアナに頭を下げた。


 謝られるような心当たりがなくて、ディアナの思考は一瞬停止する。


「ヘレナ先生!頭を上げてください!なんのことですか……!?」


 つい声がうわずる。


 ヘレナは、高ぶった感情を抑えるように何度か大きく深呼吸をしてから顔を上げた。


「私が、啖呵を切ってしまったせいで、グスタフさんの遺品を引き取ることができなかったでしょう……?」


「ヘレナ先生が、啖呵を切ったせいで、ですか?」


 ディアナになかった発想だ。

 つい、ほとんどおうむ返しをして、それから首を横に振った。


「とんでもないです!

 えっと、先生があんな風におっしゃってくださらなかったら、私はもやもやしたまま引き取ってきたか、引き取るときは言いくるめられて、あとからもやもやしたか、どちらかだったと思います」


 ヘレナをフォローするための言葉などではなく、まぎれもない本心だ。


「だから、その、グスタフの遺品を引き取れなかったことは、そりゃ多少は残念ですけど、なんというか、それよりも王都の警察署でお話を聞けることが、嬉しいです」


 うまくまとまらない。

 ディアナは、まとまらないなりに言葉にして、微笑んで見せた。


 けれども、ヘレナは、悲痛に表情をゆがめる。


「ごめんなさい、ディアナさん。それ、実は嘘なの」


 あまりにきまりが悪いのか、ヘレナはディアナと目を合わせない。


「嘘?」


 首を傾げて、どういうことですか、と言外にヘレナに問う。


「あのコウトニーとかいう刑事になんとかして一泡吹かせたくて、とっさに嘘が……」


 ヘレナはぎゅっと目をつむって、ごめんなさいね、とまた言った。


「ほら、男のひとにオリヴェルって名前、多いでしょう?

 だから、一人くらい警察の偉い人にオリヴェルさんがいるだろうと思って、言ってみたの。

 そうしたら、向こうがいい具合に誤解してくれて……」


 ほんとうにごめんなさい、とヘレナは繰り返した。


「す、すごいです、ヘレナ先生。そんな嘘がつけるなんて……」


 ディアナは、手を口に当てて目を見開く。

 ヘレナの頭の回転の速さに、ものすごく感動したのだ。


 けれども、ヘレナはそうは受け取らなかった。


 最大級の嫌味として受け取ったらしく、顔をさっと青ざめさせて、ばっと頭を下げる。


 それからホテルまでの数分間、ヘレナはひたすら謝りつづけたし、ディアナはそれをなだめ続けた。


 

 でも、王都の警察署に詳しい事情が聞けないなら、どうしたらグスタフの死因は分かるの?



 ディアナはヘレナをなだめながら、それが気になって仕方がなかった。

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