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ラダイア警察署に行こう2

「私は、この事故の担当刑事だったコウトニーと申します。

 ご婦人方、グスタフ・ノヴァークさんの縁者でいらっしゃいますか」


 しゃがれた声は変わらないが、不機嫌そうな低い声ではなく、聞き取りやすい声で大男はそう名乗った。


 名前を聞くと、8月の末、確かにこの大男に会ったような気がしてくる。


「ええ。ディアナ・ノヴァーク。グスタフの妻ですわ。

 こちらは、親しいお付き合いのあるヘレナ・パラツキーさん」


 淑女らしく、穏やかに微笑みながらそう言うと、コウトニーは何も言わないまま、ディアナの頭の先から靴の先まで、視線を何度も往復させた。


 彼の思っていることが手に取るように分かる。


《こんな上等な服を着た女が?グスタフ・ノヴァークの妻?》


といったところだろう。


 ディアナだってそう思う。

 今日の服装は旅装のために普段よりは華美な装飾はないが、生地をパッと見るだけで上質なことが分かるものだ。


 寝台列車の2等客室で死んでいた男の妻とは到底思えないだろう、とディアナは自嘲気味に思った。


 けれども、コウトニーの視線は、礼を失する。


 ディアナは、ちょっとだけ顎をあげて、微笑みながら


「なにか?」


と尋ねた。


「……いえ、8月の末にお会いしたときとは、ずいぶん雰囲気が異なるなと」


 コウトニーの値踏みするような視線は変わらない。


 ディアナは、そうですか、と一言呟いて、微笑みを深める。

 なにも答える気はないぞ、と態度で示したつもりだ。先ほどのヘレナの毅然とした対応を真似してみる。


 コウトニーと少しの間、視線がかち合う。


 けれども、彼はまたしてもため息を吐いて、それから手に持っていた書類を背の低い棚の上に置いて、人差し指でとんと叩いた。


「こちら、グスタフさんの所持品リストです。

 事故当時に一度ご確認いただいているとは思いますが、今一度目を通して、こちらにあるもので間違いがないか確認をお願いします」


 前回はクリシュトフが確認してくれた。

 今回は、自分で確認できる。


 ディアナは、承知しました、と答えつつ、リストを手に取った。


 コウトニーはトランクを開いて、中身を見やすいように示してくれる。


 ディアナはヘレナにも少しリストを見せながら、小声で上から読み上げる。


 中型トランク。

 

 シャツ2枚。下着2枚。

 

 財布。

 

 本。

 

 ライター。

 

 懐中時計。

 

 以上だった。


 実際にトランクの中身を見て、見覚えのないものはない。


 本は見たことのないものだが《聖気学入門》というタイトルである。

 グスタフが持っていてもおかしくはない。


 もう一度、目を通しつつ指さし確認をしてから、ディアナは頷いた。


「間違いありません。どれも夫のものです」


 コウトニーは、では、とペンを手渡してくる。


「受け取りのサインを」


 ディアナは、はい、ととりあえずペンを受け取った。


 けれども、ずっと聞きたかったことを思い出して顔を上げた。


「あの、ひとつお伺いしたいのですが」


 コウトニーと視線が合う。

 質問をしてもいいとも、するなとも言わないが、片眉を不機嫌に上げた。


 それを無視して、言葉を続ける。


「夫の死因は、このライターの故障が原因だと聞いたのですが、どのような故障だったのでしょう?」


 ディアナは、トランクの中のライターを示しつつ、コウトニーに首を傾げて見せる。


 彼は、持ってきた資料をぱっと見て、ディアナに対して肩をすくめてみせた。


「経年劣化でしょうね」


 あっさりとそう答える。


 ディアナは、つい眉を寄せる。


「でも、それは……」


 おかしい。

 そうストレートに伝えると、コウトニーは機嫌を悪くして何も答えなくなるかもしれない。


 そう思って、言葉を続けられなくなった。


 助けを求めて、ヘレナを見ると、軽く頷いてくれた。


「経年劣化。どのような不具合を起こしたのか、詳しく教えていただけます?」


 にっこり微笑むヘレナは、有無を言わせない強さがある。


 コウトニーは再び片眉を上げてヘレナを見据える。

 けれども、一度目を閉じて気持ちを切り替えたのか、ちょっと微笑んだ。


「グスタフ・ノヴァークさんは、聖気に魅了されて、亡くなっていました。

 その場には、聖気を発生させるようなものは、これしかありませんでした。

 そうなると、これが原因だとしか、考えられないでしょう」


 ゆっくりと、言い聞かせるような言い方だった。


 節ごとに、ディアナは深く頷きながら聞いていた。


《考えられないでしょう》と言われて、深く頷いてから、《ん?》と思って、ヘレナと顔を見合わせる。


 ヘレナも、自分と同じように首を傾げているのを見て、自分だけが理解していないわけではないと少し安心した。



 どうもおかしい。



 ディアナが違和感を言語化するより前に、ヘレナが口を開いた。


「……では、このライターは特に壊れていないと?」


 そうだ、そういうことになる。


 まだ首を傾げた状態ではあるものの、ヘレナはそう言った。

 ディアナも、こくこくと頷いてコウトニーを見た。


 彼は、ぼさぼさの眉毛をぎゅっと寄せて、こちらを見下ろすように目を細める。


「そうは言っていません。状況からして、そのライターが壊れている以外考えられませんから」


 コウトニーは、何かおかしなことを言っているか、と言う風に、ふんと顎をしゃくった。


「それなら、このライターはどんな風な故障を?」


 先ほどヘレナがした質問ではあるが、ディアナはもう一度尋ねてみた。今度は、分かる答えが返ってくるかもしれないと思いつつ。


「経年劣化です」


 機械じみた、無機質な答え方をされた。


「経年劣化ではわかりませんわ。経年劣化して、どのような不具合を起こすと、聖気のみを発生させるようになるのかしら」


 ディアナよりも、ヘレナの方が短気なのかもしれない。


 語調や、彼女の指先が、ヘレナのいら立ちを物語っている。


「そういわれましても。状況から考えて、そのライターが聖気を発生させた以外に、聖気に魅了されるようなことはあり得ないのですから、経年劣化でないにしろ、そのライターが壊れているのです。

 もういいでしょう、サインを」


 コウトニーに促されるが、ディアナはそのまま流されるほど何も考えていない女ではなかった。

 首を横に振って、コウトニーを見上げる。


「でも、このライターが聖気を発生させていなかった場合、夫はどうして聖気に魅了されてしまったのでしょう?」


 ディアナとしては、失礼のないように丁寧に質問したつもりだったが、コウトニーは、はあっとため息を吐いた。


「当日、グスタフさんがいた個室にはグスタフさん以外誰も出入りをしていないと車掌が証言をしました。

 もちろん、聖気を発生させるようなマジックツールや魔法陣も客室内には存在していなかった。

 で、あれば、このライターが壊れたとしか考えられないでしょう」


 こんこんと言い聞かせるような言い方で言われると、そんな気がしてくる。


 けれども、実際にライターが壊れている様子はないのだから、それはおかしい。


 パッと見でわからない不具合が起きているのかもしれないが、コウトニーの《経年劣化》一点張りの様子を見るに、具体的な不具合は起きていないのだろう。


 コウトニーの威圧的な様子に圧されないよう、ディアナはなんとか冷静に考える。


「でも、ライターが壊れていないのですから、ほかの原因があるはず、だと、思うのですが」


 実際に口を開くと、だんだんと圧されて、声も小さくなってしまう。


「え?なんです、奥さん」


 コウトニーの威圧的な聞き返しに、ディアナはつい唇を噛んだ。


「いいわ、ディアナさん。行きましょう」

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