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乗り換え

 午前10時ごろ、ビルスレビヴの駅に到着したため、汽車から下りた。


 結局、ディアナもヘレナも王都を出てからビルスレビヴまでほとんど寝ていたから、とてもすっきりしている。


 二か月前にもビルスレビヴの駅で乗り換えをしたはずだが、当時のディアナには余裕がなかったために、全くその景色に覚えがなかった。


 新鮮な気持ちで、開放的なデザインのホームを歩く。


 ヘレナとユリエは何度か来たことがあるようで、ついきょろきょろしてしまうディアナとモニカをくすくす笑いながら見ていた。


 王都の駅は大理石を多用し、歴史を感じさせる重厚なつくりだったが、ビルスレビヴの駅はガラスやステンドグラスが美しい近代的な雰囲気で、王都で生まれ育ったディアナには異国のように感じられた。


 アーチ状のガラス天井を見上げるとつい口が開いてしまう。

 意識的に奥歯をかみしめながら、それでも美しいガラス越しの青空から目が離せなかった。


 ホームで少し待っていると、ユームレー行きの列車が到着する。


 王都の駅では、ヘレナに引きずられるように汽車に駆け込んだため、ディアナはどうすればいいのかわからなかった。


 ちょっと困ってヘレナを見ると、ヘレナはそれを承知のようで、苦笑して手招きをしてくれる。


「こっちよ、ディアナさん」


というヘレナにディアナは着いて歩く。


 ホームで乗客名簿を持つ車掌にヘレナは声をかけた。


「予約したパラツキーとペトラーチェクだけれど」


 ヘレナがそういうのを横で聞きながら、ディアナは貴婦人らしく見えるようにツンと澄ましていた。


 気をつけないと、ついきょろきょろしてしまう。

 ちょっと過剰に、貴婦人らしくしてみせたのだ。


「パラツキー様と、ペトラーチェク様……。お待ちしておりました。1号室にお乗りください」


 中年の男性車掌は手慣れているようであまり顔を上げずに、乗降口を示した。


 あんまり愛想はないけれど穏やかな声の方だわ、と思いつつ、ありがとう、と言うヘレナに合わせて、ディアナも《ありがとうございます》と礼を伝える。


 《1号室》まで歩いて、王都までの列車と同様に4人で座った。


 相変わらず豪華な客室だ。

 ディアナは座席の座り心地のよさにまずそう思った。


 見るもの、触れるものすべてが珍しくて、わくわくする。



「はーあ。やっぱりせっかくなら、もう少し頼んでみればよかったわ。ユームレー」


 列車が出発してから少しして、ヘレナはそう言って頬杖を突くように頬に手を当てた。


「ああ、そういえば、旦那様にお願いしたとき、先生が急にユームレーまでとおっしゃったので驚きました、私。あれは、なにかお考えがあってのことですか?」


 ディアナは微笑みながら尋ねてみる。


 結局、ユームレー行きは許可されなかったため、ディアナとヘレナの事前の打ち合わせ通りの旅行だが、ヘレナが突然ああ言ったことがディアナは気になっていたのだ。


 ヘレナは、一瞬きょとんとしてから思い出したようで、ああ、と頷く。


「本当に聞いてほしいお願い事を言う前に、別に叶えられなくてもいいような、少し無理なことを言うの。

 そうすると、本当に聞いてほしいお願い事を言ったときに、相手はこちらが譲歩したように思うから、向こうも譲歩してくれるようになるのよ」


 茶目っ気をたたえた目がぱちぱちと瞬かれて、ディアナはつい笑ってしまった。


「つまり、旦那様は、ヘレナ先生の話術にはまったんですね」


 さすがヘレナ先生。

 ディアナは、この茶目っ気たっぷりな女性が本当に好きだ。


 けれども、ヘレナは、それはどうかしら、と困ったように笑う。


「こんなの、商社の副社長様からしたら、交渉術にもならないようなレベルだと思うわ。

 一応ね、使ってみたけれど、結局あの人はディアナさんのお願いを断れなかっただけよ」


 モニカがくすくす笑う。

 手を口元に当てて控えめにしてはいるけれど、ディアナが気恥ずかしくなるには十分だった。


 顔を赤くして視線を泳がせるディアナを見て、ヘレナもくすくす笑う。


「あんまりからかっても可哀そうね」


と、ヘレナはこの話題を終わらせて、車掌を呼んだ。


 午前のお茶の時間だ。


―――――――――――――――――――――――


「それで、ディアナさん。グスタフさんの、その、事故について、少し教えていただけるかしら?」


 食堂車で昼食を終えたのち、1号室に戻るとヘレナは少し言いづらそうにそう切り出してきた。


 ディアナは、一度首を傾げた。

 お話したことなかったかしら、と思い返す。


 確かにヘレナに話した覚えがない。


 ライターの構造について習ったとき、ヘレナ先生はグスタフの事故についてはご存じないのね、と思ったことを思い出した。

 それ以来、特に事故について言及したことはないから、ヘレナが知らなくても不思議はない。


 ディアナは、ひとり納得して頷いた。


「もちろん、お話ししたくなければいいのよ」


 ディアナが少し沈黙したのを、ヘレナは話したくないのだと解釈したらしく、慌ててそういった。

 むしろ、ディアナの方も慌ててしまう。


「いえ、そういうわけではなくて。えっと、何からお話すればいいのかしら……」


 話すのは嫌ではない。

 ヘレナはこうしてグスタフの遺品を取りに行くのに付き合ってくれているのだから、ディアナとしてはむしろ話したかった。


 けれども、グスタフが亡くなったときの記憶は正直あやふやなところが多い。


 忙しくて、慌ただしかった。


 分かっている事実を伝えればいいのかしら、と思い直して頭の中で話を組み立てた。


「8月27日に、グスタフが寝台列車で発見されたって連絡をもらったんです。

 ビルスレビヴ発、ユームレー行きの寝台列車だったので、ちょうどこの路線で。

 前日から人に会いに行くって出かけていたんです」


 思ったより冷静に話せた。


 ヘレナも神妙な顔で聞いてくれている。


 ユリエとモニカは、席を外した方がいいのかしら、と悩んでいる風だったので、ディアナは、どうぞそのままで、と視線で促した。


聖気(しょうき)に魅了されて亡くなっているのをラダイアの駅のあたりで車掌さんに発見されて、ラダイア警察が捜査をしてくれたらしくて」


 ヘレナは口元に手を当てて、眉を寄せてくれている。


「そう……。差し支えなければ、その、事故っていうのは?」


 ヘレナの問いに、ディアナはちょっと答えに困った。


 けれども、あまり間を開けずに答える。


「彼が使っていたライターが、経年劣化で故障して聖気を発生させていた、と警察の方はおっしゃっていました」


 ディアナの答えに、ヘレナは、一旦


「そうなのね……」


と答えてから、首を傾げた。


「グスタフさんが使っていたライターって、確か、あの、マジックツールの?」


 ディアナは頷いた。


「はい。以前、先生に魔法陣を教えていただいたときに見た、あのライターと同じものです」


 ヘレナは、頬に手を当てながら首を傾げる。


 ディアナもつられて体ごと首を傾げた。


「マジックツールのライターよね?それが、経年劣化で聖気を発生させていたの……?」


 ヘレナのひとりごとのような言葉。


 ディアナも、あの授業のときから不思議には思っていた。

 ためらいつつ頷く。


「そう、警察の方は、おっしゃっていました」


 ヘレナの横で聞いていたユリエも、


「それは、どういうことでしょう……?」


と呟きながら、ちょっと眉を寄せる。


「……どういうことですか?」


と、モニカはきょとんとした様子でつぶやいた。


 その言葉にディアナがモニカを見遣ると、申し訳ありません、とすぐさま謝る。


 メイドが勝手に口をはさんだことを謝っているようだが、ヘレナもユリエも首を横に振るし、ディアナ自身も全く気にしていないので、大丈夫、と声をかける。


 異国からきた彼女は、この国の言葉を勉強していても、魔法に関する知識はほとんどないらしい。


「マジックツールのライターは、聖気が発生するだけの状態になるような故障の仕方はしないはずなの。安全のために、そう設計されているから」


 ディアナの簡潔な説明に、モニカは、へえ、と目を見開いてから、首を傾げる。


「え、でも、グスタフ様は、ライターの故障で聖気に魅了されていらしたのですよね……?」


 ディアナは神妙に頷いた。


「だから、ちょっと不思議なの」


 モニカは納得いかないようで、ちょっと唇を尖らせながら、頷いてみせた。


「ヘレナ先生、これってどういうことなんでしょう?」


 ヘレナ自身も納得いっていなさそうなのは明らかなのだが、ディアナは聞いてみた。


 なにか分かるかもしれない。


 ヘレナは、一度目をつむって、口を開く。


「そうねえ。警察のミスか、人為的にライターに手を加えられたか……。

 いえ、ごめんなさいね、分からないわ。警察署に行ったらきちんと聞いてみましょう」


 申し訳なさそうなヘレナに、ディアナは、いえ、と首を横に振る。


 《人為的にライターに手を加えられた》というヘレナの言葉が頭に残る。


 もしそうなら、それはつまり、事故ではないのでは……?

 

 ディアナは、頭に浮かんだその考えを、ひとまず振り払うべく、頭を振った。

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