お墓参りと思い出話
みんなでお花を買いながら教会に向かって、司祭に挨拶をして、お墓の前で三角に手を組んだ。
ディアナは、両親の墓の前で、心中で近況報告をした。
ヘレナに教わって文字が少しずつ読めるようになってきたこと、魔法もちょっとずつ分かるようになってきたこと、モニカというとてもセンスが良いメイドがメイクやヘアメイク、コーディネートをしてくれること、イヴァンという美形の貴族と話す機会があったこと……。
もちろん返答はないが、心配しないでね、と両親に告げる。
グスタフにも、グスタフの両親にも、同じように近況報告をした。
けれども、今の夫については、誰にも、何も言わなかった。
なんといえばいいのか、分からなかった。
みんなも同じように、死者との時間を過ごして花を供える。
太陽が頂上を過ぎて少ししてから、ディアナたちは《時計工房 ノヴァーク》に戻ってきた。
みんなで昼食を準備して、きれいになった作業場で昼食を食べる。
ディアナさん、ディアナさん、と見習いたちが嬉しそうに話しかけてくるから、ディアナも嬉しくて、彼らが最近の《時計工房 ノヴァーク》の話をするのに笑顔で相槌を打ち続けた。
グスタフとふたり、昔からよくこうして年下の子たちの話を聞いたり、彼らの面倒を見たりしてきたことを思い出す。
面倒くさそうに対応するグスタフの顔が思い出されてちょっと笑えた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
日差しが傾いてきたころ、ディアナは久しぶりの工房内をひとりで歩いて回っていた。
生まれてからずっと暮らしてきた場所だから、どこもかしこも思い出であふれていて、離れがたくなってしまう。
幼いころ、階段下のスペースでグスタフを無理やりお人形遊びに付き合わせたこととか、
料理をする母の手伝いをしたかったのに作業台に対して身長が足りなくて父が踏み台を作ってくれたこととか、
ディアナとグスタフの物心つく前に亡くなったグスタフの母の誕生日と命日には、グスタフの父が毎年花を買ってきて、玄関の花台に飾っていたこととか…。
些細なことが思い出されて仕方がない。
今までずっと《時計工房 ノヴァーク》がディアナの帰る場所だったのに、ここがもう我が家ではないということを、グスタフの母の誕生日や命日でもないのに玄関に花が飾られていたことで、ディアナは実感した。
作業場の後片付けを職人と見習いたち、ペシュニカ夫妻がやってくれている声が聞こえる。
手伝いを申し出たけど断られたので工房内の散策に来た。
けれどもやはり手伝った方がいいかしらと思って玄関から作業場の様子を覗いた。
ちょうど作業場からクリシュトフとヴラディーミルが出てきたところだった。
クリシュトフの手にはワインボトルとグラスが三つ。
どうしたのかしら、と首を傾げていると、玄関まで来た二人がグラスにワインを注いでディアナに渡してくる。
「作業場の片付けは?終わったの?」
ディアナはグラスを受け取りながら尋ねた。
クリシュトフとヴラディーミルは、それぞれなりにちょっと笑って肩をすくめる。
「お客様を一人にするとはなにごとですか、ってアデーラさんが」
「見習いたちは食事の間に十分喋ったから俺たちがきました」
別にいいのに、と思ってディアナは笑う。
けれども、確かに、職人二人とはあまり話せなかった。
アデーラに感謝しながら、ディアナは職人たちと乾杯をする。
しかし3人とも比較的しゃべらない質なので、乾杯後もなんともいえない沈黙が場を支配する。
「そういえば、ディアナさん、文字習っているんですね」
クリシュトフがそう言って沈黙を破る。
「あ、え、ええ。そうなの。旦那様がね、家庭教師の先生をつけてくださって」
手紙にも書いたことだが、ディアナは説明する。
そうおかしなことを言ったつもりはディアナにはないが、クリシュトフの眉間にしわが寄って、ヴラディーミルはにやっとからかうような笑みを浮かべてきた。
「ディアナさん、ペトラーチェク様のこと、旦那様なんて呼んでいるんですか」
クリシュトフの苦虫をかみつぶしたような言い方に、ディアナは口元を抑える。
「だって、ほかになんて呼べばいいのよ」
弟のような二人の前で、《旦那様》だなんて呼んだことが恥ずかしい。
けれども、半分開き直ってディアナは二人をちょっとにらんだ。
「そりゃ、確かにわかりませんね」
「やめてよ、ディディ。その顔」
にやにやしながらワイングラスを傾けるヴラディーミルをディアナは一層睨む。
ほんとうにここ数年で、生意気さと小憎たらしさが増したわ、とため息を吐いた。
「すいません」
ヴラディーミルの全く悪いと思っていなさそうな謝罪の言葉に呆れながら、ディアナもワインを飲む。
作業場にある柱時計が鳴った。
もう夕方だ。そろそろフィリプが来る頃だろう。
名残惜しくて帰りがたい。
「……それにしても、二人とも、本当に大きくなったわよね」
なんでもいいから、職人二人と話したくて、久しぶりに会った親戚のようなことを言った。
言いながら、二人はきっと笑うだろうな、と思いはしたが、案の定クリシュトフとヴラディーミルは顔を見合わせてから笑う。
「そりゃあねえ。俺、ここに初めて来たとき12歳でしたからね。もう9年か、10年くらいたちますもん。で
かくもなりますよ」
クリシュトフは彼にしては珍しくからっと大げさに笑った。
そうね、とつられてディアナも笑う。
一通り読み書きができるようになった状態で、田舎から出てきたクリシュトフは、当時からぎこちなくてかたい男の子だった。
来てから3か月くらいは緊張しっぱなしといった雰囲気だったクリシュトフに、良くしてあげなさい、と周りの大人から言われて、当時15歳のディアナは精一杯気を使ったのだ。
その頃は彼と話すときのディアナの目線は下に向いていたのに、見上げるようになってどれくらい経つか。
「それを言ったら俺だって、ここに来たときまだ8歳だったんですから。ていうか、ディアナさん、ここ出ていくときも同じようなこと言ってましたよね」
ヴラディーミルもそう言ってけらけら笑う。
「そうだった?でも、本当にそう思うんだもの」
ディアナは、ちょっと背伸びをして二人の頭頂部に手を伸ばし、自分の高さを比べる。
どう考えても伸びすぎだ。
「ディディが8歳ってことは、私そのとき10歳かしら?あのときはこんなに小さくて、泣きべそかいて、でもふわふわの金髪が天使みたいに可愛い子だったのにねえ」
今となっては天使のような愛らしさはどこへやら。
だんだんと生意気に不愛想に育ったし、成長とともに髪色も暗くなった。
冗談ぽく、残念そうに肩を落として見せると、二人とも、《成長しちゃってすいません》と茶化してきた。