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作業場の思い出

 シモンが身だしなみを整えて、再び下りてくるまでの間に、マトウシュとアデーラも作業場にやってきた。


「グスタフさんが一番長い時間を過ごしたのはこの作業場だと聞いたから、今日はここで集まれるようにみんなに片付けてもらったんだ」


 マトウシュはディアナにそう教えてくれた。


 集まれるように、と言った通り、作業場の真ん中に大きな作業台が配置されている。

 周囲に椅子が置かれているのを見ると、ここで会食になるのだろう。


 グスタフは幼少期からこの作業場でグスタフの父親やディアナの父親の作業を見ていたし、長じてからは見習いとして、職人としてこの作業場で一日の大半を過ごしていた。


 確かに、彼にとって一番思い出深い場所は作業場に違いない。


 グスタフが使っていた机と椅子はそのまま残っている。


 ディアナは、その机に手を滑らせる。


 ここで座って作業するグスタフに《夕食は何がいい?》とか《今度のお休み、ピクニックにでも行きましょうよ》と絡んでみたら、鬱陶しそうな視線を向けられたことを思い出す。


 それでも、彼は鬱陶しいものを振り払うことすら面倒だったようで、シチューがいい、とか、そうだな、とか、短く会話はしてくれたものだ。


 今思うと、真剣に作業している最中にそんなことで話しかけられて、よく怒らなかったものだ。



 ディアナは、今更だけどごめんね、と内心謝罪した。



 少しの間、グスタフとの思い出に浸る。


 未だに、こうしていれば彼が二階から下りてきてここに座って作業を始めるのではないかと思える。


 ちょっとだけ、ディアナは、胸が苦しくなった。


「シモンが準備をしたらお墓参りに?」


 ディアナは、胸の苦しさを誤魔化すべく、微笑んでアデーラに問う。


「そのつもり。ディアナさんのご両親と、グスタフさんのご両親のお墓参りもね」


 アデーラは、作業場にある椅子をディアナにすすめながら、自身も椅子に腰かける。


 男性陣はシモンの準備を手伝いに行ったらしく、女性二人、作業場に残されていた。


「アデーラさん、お心遣いありがとうございます。直接面識のない、グスタフや両親に、こんなに配慮してくださって……」


 勧めに従って、椅子に座りながらディアナは言う。


《時計工房 ノヴァーク》の経営者はもうペシュニカ夫妻だし、グスタフや両親や義両親がないがしろにされても仕方ないと思っていたのに、わざわざこんな風に配慮してくれている。


 その心遣いが嬉しくて、ディアナはちょっと泣きそうだった。


「いいのよ。それに当然のことだわ」


 アデーラの目元にしわが寄る。


 ディアナと同じ年の娘がいたと以前聞いた。

 ということは、ディアナの母と、そう年も変わらないだろう。


 実際、肌や手先は、同じ年ごろに見える。


 ディアナは、目をぎゅっとつむる。


 ほんの少しの間、目元の熱が引くのを待って、目を開けて微笑む。


「ありがとうございます。そうだわ、この作業場、とってもきれいになっていて驚きました。アデーラさんとマトウシュさんのご提案だって、シモンから聞いたんです」


 しんみりしすぎてしまう話題から、話を変えようと思って、ディアナはちょっと早口になる。


 アデーラは、そうね、と笑って、


「お父様のこと、クリシュトフから聞いたの」


と、しっとりした声で言う。


 ディアナは首を傾げる。

 

 どういう話のつながりなのかしら?


「父のこと、ですか?」


 ちょっと視線を泳がせてから、アデーラは作業場の隅にある背の高い棚を見遣った。


「あの棚に置いていた部品入れが落下してきて、それで亡くなったと聞いたわ。そういう事故を再発させないように、作業場を片付けましょうって言ったの」


 半年前に、ディアナの父は確かにそうして亡くなった。


 時計に使う部品をまとめて入れていた箱が、不安定な置き方だったのか、ディアナの父の頭を直撃するという事故だった。


 夕方、ディアナの父以外、作業場に誰もいない時間の事故で、誰が最後にその部品入れを棚に置いたのかも分からなかった。


 けれども、普段からその部品入れはそこに置いていたし、当時の工房長だったグスタフは、痛ましい事故だったということで話をまとめた。


 ディアナも異論はなかった。


 その事故のあと、頭より高い位置に物を置かないよう、作業場のものの配置の見直しを行ったが、ペシュニカ夫妻は一層きれいにしてくれたらしい。


「そうだったんですね……。父も、喜んでいると思います」


 神の御許に母といるはずの(ロベルト)を想いながら、ディアナはアデーラに頭を下げる。


 あまりに早い別れだったけれど、父は自分の死をただ悲しまれるより、そこからなにか反省をして活かしてもらう方を喜ぶ人間だったということを、ディアナは知っている。


「娘さんにそう言ってもらえてよかった。もしそうなら、私たちも嬉しいわ。みんなは、散らかっている方が作業しやすいって反発してきたけれど」


 ちょっと困ったように笑うアデーラに、ディアナも笑う。


 やっぱり予想通りだったわ。


 そうしているうちに、男性陣が階段を下りてきたので、アデーラとディアナも立ち上がって、玄関に向かった。


 お墓参りに行く時間だ。

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