久しぶりの再会
工房の奥、作業場に連れていかれたディアナは、はっと足を止めた。
綺麗すぎる。
ディアナがここにいたころ、この作業場はもっと乱雑な空間だった。
どこになにがあるかを把握しているのは職人たちだけで、ディアナにはまったくわからなかったし、なんなら職人たちもよく探し物をしていた。
それが今や、きちんと整理整頓されて、一目でどこになにがあるかを把握できる空間になっている。
床は塵一つなく掃除されているし、窓ガラスもきれいに磨かれていて午前中の澄んだ光がきれいに差し込んでいる。
「シモン、これは?」
ディアナが立ち止まったのでシモンはちょっと不服そうに唇を尖らせていた。
けれども、ディアナがそう問うと、得意げに鼻を鳴らす。
「みんなで片付けたんです。マトウシュさんとアデーラさんに言われて。それに今日、ディアナさんが来るのにもっときれいにしたんです」
ディアナは、へえ、と思わず声を漏らす。
見習いたちはまだしも、職人2人がそんなことを素直に聞くとは思えない。
一悶着どころじゃなく、もめただろうことが想像できてちょっと笑ってしまう。
「そう。みんな頑張ったのね」
シモンの得意げな顔は、ディアナに褒めてほしいときの顔だ。
微笑んでみると、シモンは照れたように顔を赤くして、ほほをかく。
「あれ、ディアナさんだ」
「ほんとだ!ディアナさんだ!」
アーモスとヴィートの声に振り向くと、階段を下りてきた二人が廊下を歩いてきている。
その後ろに、クリシュトフとヴラディーミルも続いてきていた。
懐かしい顔にディアナは感極まって、思わず口元を手で覆う。
「アーモス!ヴィート!クリシュトフ!ディディ!みんな、ひさしぶりねえ!」
みんなかしこまったような、洒落た服を着ている。
髪もちゃんと撫でつけて、まるで《ちゃんとした》紳士の集まりのようだ。
「お久しぶりです、ディアナさん。お元気そうで」
クリシュトフは、いつも通りのちょっと固い表情でひょこっと頭を下げる。
「ああ、いらしていたんですか。お久しぶりです 」
飄々としたヴラディーミルは、冗談ぽく大げさに頭を下げる。
アーモスとヴィートからもそれぞれ挨拶を受けた。
かわいらしい弟たちのような彼らだが、久しぶりに会うと、その体格の良さにちょっと圧倒されてしまう。
最近見慣れているのは、小柄な男性だから。
それでも懐かしい顔ぶれに、ディアナは嬉しくてはしゃいでしまう。
「みんな、どうしてそんなにおしゃれしているの?すごく素敵ね!」
階段を下りてきた4人の周りを歩いて回りながら、ディアナは褒めたたえる。
いつも作業着の彼らにしては、ずいぶん仕立ての良い服だ。
ディアナの賛辞に4人は、顔を見合わせてから笑った。
「ディアナさんに言われたくない。一番おしゃれしているひとに」
アーモスは、絵を描く構図を決めるかのように両手の人差し指と親指を四角形に組んで、その隙間からディアナを覗く。
からかうようなその調子に、つい照れてしまう。
けれども、気心の知れたアーモスに褒められると、照れよりも得意な気持ちの方が勝る。
「そうかしら?でも、素敵よね、このドレス」
ディアナは、くるっとその場で回ってみる。
アーモスと同じように、ヴィートも指を四角形に組んで隙間からディアナを覗く。
二方向から見られながらも、ディアナは気分良くポーズをとって見せた。
「グスタフさんが見たら喜ぶだろうなぁ」
ヴィートの呟き。
ディアナは、そうね、と頷く。
けれども、グスタフは別に私のドレスに興味はないでしょうね、と心の中で呟いた。
ドレスやアクセサリー、髪型のような、着飾ることに疎い彼は、ディアナが何を着ていても、何も言わずにただ頷くだけだった。
といっても、ここにいたころのディアナは、新しいドレスを頻繁に買ったり髪型を頻繁に変えたりしていたわけではなかったけれど。
ディアナは、グスタフの仏頂面を思い出して、笑った。
「ああ、みんな、グスタフのためにドレスアップしているのね」
やっとそこに思い至ってディアナは手を打つ。
「そういうことです」
ヴィートがそう言って胸を張る。
こうして髪を撫でつけていると、ずいぶん大人びて見える。
ディアナは、そうなのね、と微笑んで頷いた。
「シモン、まだ着替えていないのか。早く着替えてきなさい」
ヴラディーミルがちょっと怖い顔でシモンに言う。
確かにシモンだけはまだ着替えていないようで、いつも通りの作業着だ。
ヴラディーミルに怒られたことで、シモンははじかれたように階段を駆け上がっていく。
残った職人と見習い、ディアナの5人で顔を見合わせて笑った。
シモンの様子があまりにコミカルで。
それから5人で久々の再会を喜んだのである。




