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《魔法工学の基礎》

 翌日にグスタフの墓参りを控えた土曜日、フィリプが用事で外出したため、ディアナはひとり読書をすることにした。


 簡単な児童書や初学者向けの教本のレベルから抜け出せそうで抜け出せない。

 表音(ヘルモ)文字は難なく読めるようになったが、表意(トハク)文字は簡単なものでないと読めなかった。


 けれども、ちょっとずつわかるようになる楽しさで、ディアナはいろんな本に手を出してみていた。


 それらの本の入手元はおおむねがフィリプの書斎である。


 フィリプに《書斎にある本はいつでも読んでいい》と言われているし、ヘレナもそれを推奨した。


 彼が大学で読んでいたような専門書はさっぱり分からないが、寄宿学校時代の教科書ならば少しは分かるようになった。


 ディアナは、ここ一週間、暇を見つけては夫の書斎から適当に本を選んで、読もうとしては挫折したり、読み切れて嬉しくなったりしていた。


 この日の夕方も、ディアナは、リビングのソファに座って、フィリプの書斎から適当に数冊選んできた本を、辞書を片手に読む努力をしていた。


 タイトルも読めない状態で持ってきたので、案の定というべきか、さっぱり読めなかった。


 どうやら政治学の本だということは分かる。けれども、表意(トハク)文字で書かれた単語が一つ分かったと思ったら、次の表意文字も読めなくて、辞書を引いたら、そこに書かれた言葉が読めない。


 結局、表音文字として読めたとしても、政治学の専門用語で、理解しなければいけない概念が多すぎてさっぱり分からない。

 そんなことを数ページ分繰り返したところでディアナはその本を読むことを諦めた。


 まだ私には早かったわ、と苦笑して、今度は《魔法工学の基礎》という本を手に取った。

 

 おそらくフィリプの大学時代の教科書だろう。

 ずいぶん読み込んだのか、ページの捲りやすい位置に手垢が付いているし、ぼろぼろと言っても過言ではない。


 どうせ最初から読もうとしても読めないので、ディアナは適当に開いたページから読むことにした。

 そのページが読めたらラッキー、くらいの軽い遊びだ。


 背表紙をテーブルに乗せて、表紙と裏表紙に手を添える。

 手を離したら、支えを失った本がぱっと開く。


 真ん中より、少し後ろのページが開いた。


 ページの三分の一ほどを占める図にまず目がいく。


「ライター?」


 ディアナは思わず声に出した。

 その図は、グスタフのライターによく似たものの構造を解説しているらしい。


 興味がわいて、ノートにメモを取りながら辞書を引き、真剣に読み解く。


 図を見ても、それに付随する前後の説明文を読んでも、確かにヘレナが言っていた通りの構造らしい。

 一般的なマジックツールのライターはみんなこの形なのだろう。


 故障についても、記述がないか探す。



 ……ない。



 やっぱりヘレナ先生が言っていた通り、故障するなんてことないのかしら、とディアナはちょっと首を傾げた。


 でも実際にグスタフのライターは故障したのだ。


 現物はほとんど見ていないけれど、警察が嘘を吐く理由もない。


 遺品はそのうち遺族(ディアナ)に返却されるだろう。

 そうしたら、どういう故障だったのか、調べてみよう、とディアナは考えた。


 図があったことで分かりやすかったのもあり、適当に開いたそのページを、ディアナはほとんど理解することができた。


 ほかのページを見てみようかしら、と考えながら、ディアナはペラペラ本をめくる。


 図のあるページ、図のあるページと思いながら、《魔法工学の基礎》をめくる。

 ぱっと目に入ってきた図のあるページで、めくる手を止めた。


 そのページを、ノートを取りながら読みたいので、ディアナは本を開いたままにできるようになにかおもりになるようなものを探す。


 ふと、《あら?》と違和感に気づく。


 さっき、ライターのページはおもりが無くとも、開いて背表紙を下にして置いただけで開きっぱなしになっていた。


 それなのに、今開いているページはそうならない。


 どうしてかしら、とディアナは《魔法工学の基礎》のページをぱらぱら捲ってみる。


 全体的に手垢のついた本ではあるが、紙の端にやけに濃く手垢のついているページがあることに気づいた。


 そのページを開いてみると、ライターのページだった。


 それに、このライターのページは、開き癖が付いていることにディアナは気づく。


 だから、適当にぱっと開いたらこのページになったのね、とディアナは納得した。


 旦那様、ずいぶん熱心にライターについてお勉強したのかしら、とちょっと可笑しく思いながら、ディアナはさきほどのページに戻って、ペンを手に取った。

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