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新しい生活

 日を追うごとに腹痛も落ち着き、ディアナは週末を晴れやかな気分で迎えた。


 手紙の返事の、返事の、返事も届き、グスタフの月命日には工房のみんなと一緒に墓参りに行くことも決まった。


 実際にはまだ一月も経っていないのだけれど、ディアナがここに来るまでずっと一緒に過ごしてきたせいか、工房のみんなにずいぶん長いこと会っていないような気がする。


 《時計工房 ノヴァーク》に行けば、グスタフや両親に会えるような気さえしていたが、そんなことはないということもディアナはよく分かっていた。

 それでも、ディアナは工房に行く日を指折り数えて待った。

 フィリプに見られると申し訳ないので、彼がいないときに。





 

 グスタフの月命日をあと1週間と少し後に控えた金曜日、フィリプは仕事帰りに若い女性を自宅に連れてきた。

 

 事前にそうと聞いていても、ディアナは、サシャに案内されて応接室にやってきたその若い女性にちょっと驚く。

 

 異国風の顔立ちをした、ディアナより少し年下だろうその女性は、大きめのトランクを床に置いて、朗らかにディアナに挨拶をした。


「お初にお目にかかります、ディアナ様。今日からお世話になります、モニカと申します」


 異国風のなまりがありながらも、礼儀正しい様子にディアナはちょっと圧倒される。


 それでも、ディアナは頑張って、《よろしくね》と、微笑んで返す。


 モニカは、ディアナの身の回りの世話がメインではあるものの、サシャの補佐をするために、フィリプが新たに雇い入れたメイドである。


 ディアナにはよくわからないが、女主人の身の回りの世話をするメイドは、異国の女性の方が箔がつくらしい。

 

 モニカは、最近出稼ぎのためにこの国にやってきたが、もともと雇ってもらうはずだった家に経済的余裕がなくなり、急遽他を当たってくれと言われてしまったらしい。

 そのため、片っ端から大きな家を訪ねてみたものの、職歴も、推薦状もない状態では、なかなか雇ってもらえなかった。

 フィリプの実家にもそうした流れの一環で訪ねてみたものの、現在女主人はあそこにはいない。


 モニカを哀れに思った家令が、《それなら坊ちゃんのおうちに》と薦めたために、こちらに来ることになった。


 モニカの事情は、事前にフィリプから聞いていたけれども、礼儀正しくも年頃の娘らしくおしゃべりなモニカが、明るく楽しく自身の身の上話をするのにディアナは耳を傾けた。


 話を聞く限り、どうやらまだ16歳。

 

 ひとり母国を離れてどんなに心細いだろうか、とディアナは話を聞きながら心を痛め、優しくしてあげよう、と決めた。


「サシャ、モニカを部屋に案内してあげて」


 仕事着から着替えて、応接室にやってきたフィリプが、サシャに言う。


「承知しました、旦那様」


 軽く礼をして、サシャはトランクを持ったモニカを連れて応接室を出て行った。


 新しくメイドを雇い入れたのをきっかけに、サシャはこれまでのフィリプの実家からの派遣という形ではなく、正式にフィリプが雇うことになった。

 それに伴って、呼び名からも《若》が外れた。


 今までと少し変わるだろう生活に、ディアナは胸を躍らせていた。




 実際、モニカが来たことで、ディアナの生活は少し変わった。


 まず朝の身支度。


 これまでは大抵、フィリプが《今日ディアナに着てほしい服》を選んでいたが、そこにモニカが加わった。


「今日はこれにしよう」


とフィリプが選んだ服を示す。

 今までであれば、それに決定していたが、モニカは大抵そのチョイスに眉を寄せた。


「旦那様。お言葉ですが、昨日のドレスとそちらのドレス、色味こそ異なりますが、同じ種類の生地が使われていますし、なによりシルエットが似通っています。

どちらも奥様によくお似合いですが、今日はそちらのドレスでない方がよろしいのでは?」


などと苦言を呈す。


「それなら、モニカならどれを選ぶ?」


 フィリプは、一瞬言葉に詰まってから、大抵挑発的にそう言い返して、モニカにもドレスを選ばせる。


 モニカが選んだ服と、フィリプの選んだ服。


 モニカが来てから、ディアナは、その二択を毎朝迫られるようになった。


 ディアナは自分の衣裳部屋にある服はみんな気に入っている。

 もともとフィリプが選んでディアナがきちんと試着して選んだ服しかないのだから。


 だから、正直なところ、二人が選んだ服から選択を迫られても、ディアナはどちらでもよかった。


 どちらも素敵で可愛い。


「私は、どちらでも構いません」


と初日には答えたけれども、そうするとフィリプとモニカが《こちらの方がこう素敵だ》とか《そちらのものはそう素敵じゃない》と喧々諤々の大論争を繰り広げ始めるので、二日目以降、ディアナは反省してどちらかを選ぶことにした。


 けれども、フィリプの方を選べば、モニカが悲しい顔をするし、モニカの方を選べば、フィリプが残念そうな顔をする。


 どちらかを選びすぎてもいけないので、ディアナは服の好みよりも、ただただ《昨日とおとといは旦那様のを選んだから今日はモニカの服を選ぼう》ということなどを考えて、いい塩梅になるように選んでいた。


 ドレスを選べば、次は靴や手袋、帽子になるし、メイクや髪型にも話が広がっていく。


 大抵、帽子を選んだあたりでフィリプは出勤しなければいけない時間になるので、メイクと髪型は、モニカが好きなようにやってくれた。


 異国の女性が女主人の側仕えに望まれるのは、そのファッションセンスやメイクのセンスの良さによるのだが、実際モニカはセンスが良かった。


 ディアナが自分でメイクをすると、毎日代わり映えのしないメイクになるが、モニカがメイクをすると、ドレスに合わせて日々雰囲気の違う顔になる。


 異国情緒あふれる花柄のドレスを着れば、異国風に陰影の際立ったメイクをするし、淡いクリーム色のようなシフォン生地のドレスを着れば、主張しすぎないナチュラルなメイクをする。


 毎朝毎朝、ディアナはメイクをされるたびに、鏡を見ては、「これが、私…?」と新鮮に驚いた。


 授業のために来るヘレナも毎日「今日も素敵ね」と褒めてくれた。


 夕方帰宅したフィリプも、「普段のディアナも最高に可愛いけど、今日のディアナはまた雰囲気が違って、もう、本当に可愛いね」と褒めたり、帰宅してディアナの顔を見た瞬間、持っていたかばんを取り落として、赤面して絶句し、「可愛い」と一言呟くように褒めたり、日々違った反応で褒めてくれるので、ディアナとモニカで笑いあうのが日課となった。


 それから、夜、寝る前のディアナの髪に、モニカが小さな布をいくつも結びつけるのも、モニカが来てからの日課となった。


 初日、なんでこんなことを、とディアナは怪訝に思ったけれども、優しくしようと決めたばかりだったので、とりあえずモニカの好きにさせた。


 モニカは一生懸命、こうなるという説明をしてくれたけれども、ディアナとしてはその効果のほどは半信半疑ではあった。


 隣で聞いていたフィリプは、悔しそうに頭を抱えていた。

 曰く、「やり方は知っていたし、ずっとディアナにやってあげたいと思っていたんだけど、僕には技術がないんだよ!モニカ、できるの!?」ということである。


 モニカが、ディアナの髪に布を結び付けていく様子はそう難しそうでもなかったけれど、やってみると確かにちょっと難しい。

 慣れていないとできないわ、とディアナは思った。


 翌朝、結び付けた布を外してみると、ディアナのまっすぐだった髪が細かくウェーブしていた。

 ふわっとしておしゃれな印象になる。


「モニカ、モニカ、これ、すごいわね!ありがとう!」


 自分のまっすぐな髪は嫌いでもなかったが、ふわふわとウェーブしたかわいらしい髪型にあこがれもあった。


 気分が上がって、朝からはしゃいでしまう。


 モニカは、褒められて気分が良いのか、ちょっと赤い顔で、にこっと笑った。


「ありがとうございます、奥様」


 フィリプはフィリプで、複雑そうな表情で、眉を寄せて、


「可愛い。モニカ、それ、どこで習ったの?」


と尋ねる。


 モニカは、得意げに胸を張って、


「国の女性は、みんなやっていました」


と答えていた。



 モニカは、サシャ同様、住み込みのメイドとして、メイド部屋を与えられた。

 ディアナは、初めてできた同性の友人のような、もしくは少し年の離れた妹のようなつもりで、この異国から来たメイドをかわいがったのである。

次は、火曜日の更新を目指しますが、もしかしたら金曜日になるかもしれません。

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