洋服を買おう
その日のディアナは、着せ替え人形になった。
朝食を終えた後、午前中のうちには、王都の一等地にメゾンを構えるデザイナーが、彼の手がけたプレタポルテを大量に引っ提げてやってきた。
ディアナは、数台の馬車に分けて運ばれてきたドレスの量と、素人のディアナにも《良い》とわかるほどのドレスの質に面食らった。
主寝室の横にある衣装部屋に運び込まれていくドレスを見て、面食らうディアナを横目にフィリプは満足そうに笑ってデザイナーに礼を伝えていた。
面食らっているうちに《さあ奥様、ご試着を》と言われて、メゾンのアシスタントらしき女性たちにあっという間に一着目のドレスを着せられる。
最近流行のS字型のシルエットで、繊細なシャンパン色のシフォンで作られたデイドレス。
コルセットが苦しくて、ディアナはちょっと泣きそうだった。
あれよあれよという間に、ドレスに合わせて髪型とメイクも少しいじられる。
《さあ奥様、こちらへ》と一階の応接間に連れて行かれて、そこで待っていたフィリプにドレス姿を披露すると、彼は目を見開いた後、顔を両手で覆った。
どういう反応!?とディアナが戸惑うと、デザイナーがフォローする様に、《奥様、素敵です》と微笑む。
それに心底から同意するようにフィリプは大きく頷いた。
実際、そのドレスはディアナによく似合っていたし、髪型とメイクも相まってディアナ自身も《これが、私…?》と呆気に取られたのだ。
デザイナーの褒め言葉にディアナは《ありがとうございます》と照れる。
「やっぱり思った通りだ…。こういう繊細なシフォン生地は絶対に似合うと思ったんだ。最高にかわいい」
フィリプは、その言葉とは裏腹に、ため息をつきながらそう言った。
「フィリプ様、それではこちら、お買い上げでよろしいですね?」
デザイナーはフィリプの様子を見てくすくす笑いながらそう言った。
フィリプは、顔を上げて、外ゆきの顔つきになり、《はい、ぜひ》と頷く。
それが合図だったかのように、アシスタントたちはディアナを再び衣装部屋に連れ戻した。
絶対高いものなのにあんなに即決なさって、やっぱり御曹司は違うのね…、とディアナはひとごとのように感じながら、2着目を着せられた。
ディアナの考える買い物とはあまりにも様子の違うフィリプの買い物に、ディアナはもうなにも言わずにひたすら着せ替え人形としてされるがままになる。
昼休憩を挟みながら、試着は午後のお茶の時間ごろまで続いた。
大量にありはしたものの、それでもフィリプがメゾンのプレタポルテの中から厳選したドレスたちだというから、フィリプのセンスで選ばれたドレスたちである。
ディアナは着せ替えられるたびにフィリプのセンスの良さにびっくりした。
ロイヤルブルーのレースでできたデイドレス、
フランボワーズのような赤の艶やかなサテンのデイドレス、
バッスルが特徴的なラベンダーパープルのウォーキングドレス、
ターコイズグリーンのサテンとベルベットのストライプが目を引くディナードレス、
ジゴ袖と金色の刺繍が華やかな青いディナードレス、
異国趣味な花のテキスタイルがなんとも珍しいデイドレス、
女性用のスポーツウェアとして最近流行りのピンクのブラウスと白いプリーツスカート、
それらに合わせられた帽子や靴や室内用のガウンや… 。
フィリプが選んだというものは品が良くて、ディアナ好みのものばかりである。
自分にセンスがあると思っているわけではないものの、フィリプはセンスがいい、とディアナは感動した。
一人でいれば、もしくはグスタフのような気心の知れた相手と二人きりであればドレス一枚一枚に《かわいい!すてき!》とキャーキャー騒ぎ立てただろうが、フィリプ・ペトラーチェクの妻として、ディアナはできる限り淑やかに振舞ったのである。
着替えてフィリプの前に行くたびに彼はディアナを褒めちぎった。
「さっきのとはまた雰囲気が違うね。こんな淑やかな美人が僕の妻だなんて、こんな幸せある?」
「回って後ろも見せて。ああ、花に誘惑される蝶の気持ちが初めてわかった。美しい花が目の前で風に揺られたら、自分のものにしたくなってしまうよ…!」
「その格好で外に出たら天からご覧になった神様はご自分のところから天使が一人はぐれてしまったと勘違いなさるだろうね。よかった、それが室内着で」
とこんな調子で褒めちぎる。
ディアナはキザな口説き文句に照れ笑いすることはあっても、鼻で笑うタイプの女性ではないため、フィリプの褒め言葉にただただ照れて恐縮した。
人前でこれほど褒めてくださるなんて《妻を虐げない》のレベルがやっぱり高すぎるわ…。
ディアナは、一度はそう考えたけれど、どちらかと言えば人前でこそ《夫に愛される妻》のポーズが必要だということにあとから気づく。
《あそこの夫婦は仲が悪い》なんて思われたらディアナはきっと人に軽んじられるだろう。
フィリプはきっとそう考えているのだ、とディアナは自分を納得させてフィリプの褒め言葉にただただ照れることにした。
フィリプは、ディアナが着たもの履いたものをほとんど全て買った。サイズが合わないという理由で靴と手袋をいくつか購入しなかっただけだった。
総額いくらになるのか、ディアナは想像も出来ないし、したくもなかった。
それでも、ちょっと考えてしまう。
このドレス、シルクサテンだわ…。
こっちのレース、繊細で相当腕の良い職人が編んでるみたい…。
こんなにふんだんに使っているってことは…。
もしかして、このドレス、時計工房の収益3カ月分くらい、したり、して…?
怖いので、ディアナは考えるのを辞めた。
グスタフの借金のために結婚したというのに、これほどお金をかけられてはディアナとしては借金が増えていく気分である。
これは旦那様に恥をかかせないための必要経費、必要経費…。
私のものじゃなくて旦那様の《妻》に必要なもの…。
そう自分に言い聞かせることで、恐縮する気持ちを押し込めた。
すべての試着を終えたあとの
「それでは、本日測らせていただいたサイズを元にオートクチュールをお作りしますね」
というデザイナーの言葉と
「ええ、よろしくお願いします。とびきりの、いいものを。イヴニングドレスとか、冬物のコートも欲しいですね」
というフィリプの微笑みに、より一層お金をかけられることを知ってディアナは少々ゾッとしたのであった。
お金持ちって怖い!
「新人発掘コンテスト」のキーワードをつけている以上、10/31までになんとか10万字投稿しなくてはいけないことに気づいたので、頑張ります。




